11.幸せ確定
翌日、昨日の詳細をエラードから聞いたオズワルトが、大きな箱を両手で抱えてアダリーシアを訪ねて来た。
「オズワルト様。これは?」
「エラードがレッドモンド侯爵令嬢に送ろうとした手紙の続きです」
「え? 続き?」
意味が分からないと首を傾げながら、アダリーシアは箱から封筒を一つ取り出した。封筒にはエラードが旅に出発してから最初に受取った手紙と同じ日付が記されている。便箋は十枚くらいありそうだ。一枚ずつめくりながらサッと目を通すと、そこにはアダリーシアを賛辞する言葉や愛の言葉が綴られていた。やや興奮気味に食い入るように読んでいたが「コホン」という咳払いで顔を上げた。するとオズワルトが気まずそうな顔をしている。
アダリーシアは手紙に夢中になったことが恥ずかしくなり、便箋を畳んでしまうと誤魔化すように居住まいをただした。
「エラードがレッドモンド侯爵令嬢に好かれようと寡黙な振りをしていましたが、手紙だと素になるようで心の声を書いてしまっています。ですがそのまま送ってレッドモンド侯爵令嬢がエラードを嫌いになってはいけないとこっそり抜いていたのです」
「ええっ!」
「結婚式が終わってから渡すつもりだったのですが、昨日のことをエラードから聞いて、大丈夫そうだと判断し持ってきました」
手紙を抜くのは酷い。それもエラードのためを思っての行動だと思えば非難できない。幼馴染としての思いやり、もしくは側近としての配慮かもしれない。
「オズワルト様はそこまでエラード様のことを思っているのですね」
男性同士の友情に感動していると、オズワルトは顔を顰めながら首を横に振った。
「もちろんエラードには幸せになってほしいのですが、そこまでしたのは事情がありまして」
「え、それはどのような事情ですか?」
「エラードにレッドモンド侯爵令嬢との婚約が破談になったら、私とリーゼロッテの婚約も破談にして道連れにしてやると脅されていたのですよ」
「まさか……エラード様は本当に脅したわけではなく、きっと言葉の綾ですわ」
「そうであることを願いますよ……」
オズワルトが遠い目でボソッと呟いた。
(あの真面目で優しいエラード様がまさか、ねえ? 幼馴染の気安さで言っただけよ)
オズワルトは謝罪の言葉を告げて帰っていった。
午後になると荷馬車を三台連れてエラードがやってきた。荷馬車は旅のお土産だ。思っていた以上に多くてびっくりした。使用人がせっせと屋敷に運び込んでいる。全部確認するのは大変そうだ。それよりもなぜか一緒にロゼットもいる。
「ロゼットがアダリーシアに余計なことを言ったと聞いたので、謝罪させるために連れて来た」
エラードは苛立たしげに吐き捨てる。いつもの彼なら感情を隠すのに、不機嫌を顕わにしている。もっともその感情は全部ロゼットに向けられているので、アダリーシアは怖くない。
「アダリーシア様、申し訳ありませんでした!」
不貞腐れた顔で頭を下げられた。どこか投げやりな物言いに、どう返そうかと迷う。もう、ロゼットに対して嫉妬心はない。挑発されたことに対する怒りもない。だが隣にいるエラードが魔王のようなオーラを出してロゼットを睨んでいるので、とりなした方がよさそうだ。
「私はもう、気にしておりませんわ。エラード様も気にしないでください」
「よかったぁ~。ありがとうございます!」
でも確かめておきたいことがある。
「ロゼットさんはエラード様をお好きだったのですか?」
ロゼットは考え込むように眉を寄せると、人差し指を唇に当てた。そして自分の中で納得したのか、ひとつ頷くと口を開いた。
「エラード様自体はあまり好きではありません。優しくないし、公の場所以外で話しかけてもほぼ無視で、オズワルト様に仲介させて返事をするんですよ。食後に旅のメンバーでお酒を飲もうと誘うと『これからアダリーシアへの手紙を書くから断る』とバッサリだし。私、ミス聖女になれたときにすごく浮かれたんです。周りもみんな旅の間に王子様と恋人になれると応援してくれていたのに全然そんな気配はないし。私、エラード様とは仕事の話以外したことないです。あまりに悔しいから最後にちょっと嫌がらせをしようと思ったのです」
「最低な女だな。アダリーシア。こいつを牢に入れようか?」
「えっ! 嘘でしょう? アダリーシア様は許してくれたのになんで牢に入んなきゃいけないのよ」
「私は許すと言っていないが?」
「ええ……そんな……」
一見痴話げんかのように見えるが、ロゼットは青ざめて震えているし、エラードの瞳には優しさのかけらもなく氷のように冷たい。昨日は声だけだから誤解したけど、目の前で見ればエラードに恋情がないのが理解できる。
「エラード様。もういいではないですか。私これ以上二人が親しくしているのを見ていると、やきもち焼いちゃいそうです」
アダリーシアは眉を下げ悲しげに訴える。するとエラードは嬉しそうに目を輝かせた。
「そうか、焼きもちか。それは嬉しいがアダリーシアを不快にしたいわけじゃない。ロゼット。今回は許すからさっさと帰れ」
ロゼットに対するぞんざいな扱いに目を丸くする。焼きもちはエラードの怒りを収めるための口実だったが、心がモヤモヤするので嫉妬も少なからず本当にある。ロゼットは逃げるように帰っていった。
「アダリーシア。お土産はあとでゆっくり見てくれ。今は私と話をしよう」
「はい。あ、ぜひ旅のお話を聞かせてください」
エラードは鷹揚に頷くと思い出しながら口を開いた。
「最初に行った領地ではたくさんの菜の花が咲いていた。一面が黄色で、もしここにアダリーシアがいれば間違いなく花の妖精に見えただろう。私は想像した。花畑の中でアダリーシアが微笑む姿を。それだけで体中が多幸感に包まれた」
「は、は……い」
「次の領地では絹織物が名産品だったな。アダリーシアのドレスを作るために買い求めようとしたが、どの色にするか悩んだ。アダリーシアにはどの色も絶対に似合うから。結局、決められなくて全色購入したよ。その布で作ったドレス姿を見るのが楽しみだ。愛しい婚約者の贈り物を考えることの幸せを噛み締めることができたよ。ありがとう。アダリーシア。愛しているよ」
「は、は……い」
「その次の領地では――」
エラードは淀みなく続けていく。キラキラとした表情で楽しそう。それはいいのだけど、内容が想像していたものではなかった。もっと仕事重視の話になると思っていたのに、アダリーシアがメインになっている。しかも言葉に愛情がこもっていて甘い。甘すぎる。おかげでどう返事をしていいのかわからない。
(それにしても……エラード様ってこんなにしゃべる人だったの?!)
今までとはまるで別人のようだ。でも嫌じゃない。むしろ心地よいというか、安心する。でもこの光景には既視感が――あった。アダリーシアはその既視感に気付き、心の中ではっとした。毎日お母様にべったりするお父様の様子に酷似している?!
(違うわ。エラード様はお父様とは似ていない。私は絶対にファザコンではないはず。でもお父様が以前言っていた、「私の見立てではエラード殿下は私と同じタイプ」というのは否定できないかも……)
「アダリーシア?」
つい相槌がおろそかになってしまった。エラードが問いかけるように首を傾げた。
「いえ、エラード様のお話を聞いて、お土産が荷馬車三台分になったことに納得したところです。たくさん私のことを考えて選んでくれてありがとうございます。嬉しいです」
「そうか。喜んでくれたのなら悩みながら買ったかいがあるというもの。まあ、他の品も選びきれないから全部買ってきたが」
「………」
布だけじゃなく、他の物も全部買ってきた? それはちょっと買いすぎでは? この様子だと結婚したあとは無駄遣いしないように見張らないといけなさそう。そういえばお母様がお父様に、お母様へのプレゼントを買いすぎると叱っているのを思い出した。アダリーシアの未来も同じことになりそう。
目の前のエラードは満面の笑みを見せている。
心を許した相手には表情がとても豊かになるらしい。普段は王子としての威厳を保つために、無表情の仮面をつけるように心がけていたそうだ。そしてアダリーシアの前でも、好かれるために素の姿を隠し仮面をつけていた。
でも、もうアダリーシアの前ではその仮面を外すことができる。寡黙な姿も凛々しかったけれど、表情豊かな姿も魅力的だ。どんな姿を見てもアダリーシアはエラードのことが好きだ。
何はともあれ、アダリーシアが幸せになるのは確定している。
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