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この町のネコ、やっぱりおかしい  作者: 大西さん
失われた投稿たち
20/41

民俗学研究ノート

故・藤原教授の遺品より 執筆推定:1987年〜2024年


◆猫鳴島の「仮名の里」


日本海に浮かぶ猫鳴島ねこなきじま。本土から船で3時間の孤島。 この島のある集落では、今も子供に本名を教えない。 生まれてすぐに与えられるのは「呼び名」だけ。 本名は紙に書かれ、神社の奥深くに封印される。


1923年、この掟を破った家族がいた。 都会から移住してきた教師一家。 「迷信だ」と笑い、息子に堂々と「正人」という名を与え、呼んだ。


三日後の朝。 家族は全員、布団の中で発見された。 生きていた。 だが、人間ではなくなっていた。


古老の証言: 「目ぇが縦になっとった。爪が伸びて、舌がざらざらで。でも一番恐ろしかったのは、あの子が自分の名前を忘れとったことじゃ。『正人』と呼んでも振り向かん。ただ『にゃあ』とだけ」


その後、一家は山に消えた。 四つん這いで。


以来、掟は一層厳格になった。 現在も、住民票には偽名が記載される。 役所も黙認している。 知っているからだ。 名前を呼ばれることの、本当の恐ろしさを。


◆霧深県旧・猫ヶ洞村の「名無し講」


中部地方の山間部、霧深県きりぶかけんに1950年代まで存在した集落。 現在は廃村。


ここでは毎年、「名無し講」という奇祭が行われていた。 村人全員が面をつけ、その日だけ名前を捨てる。 朝から晩まで、誰も誰を名前で呼ばない。


記録によれば、この風習の起源は平安時代。 ある夜、村に美しい女が現れた。 村人の名前を次々と呼び、呼ばれた者は猫になって彼女についていった。


残った者たちが気づいた。 名前を知られなかった者だけが、人間のままでいられたと。


最後の名無し講は1956年。 その年、一人の若者が酔って本名を叫んだ。 翌朝、村は無人だった。 ただ、無数の猫だけが残されていた。


調査に入った役人の報告書: 「猫の数、約200。村の人口と一致。全ての猫が、同じ方向を向いて座っていた。まるで、何かを待っているかのように」


村は地図から消された。 だが、今も満月の夜には、廃村から祭囃子が聞こえるという。 そして、それを聞いた者は、自分の名前を忘れ始める。


◆影森地方の「子交わしの風習」


東北の影森地方かげもりちほう。 今も密かに続く風習。 生まれた子供を、他の家族と「交換」する。 戸籍上は実子だが、育てるのは別の家。 そして、決して本当の親の名を教えない。


この風習が始まったのは、江戸時代中期。 ある年、村の子供たちが次々と失踪した。 共通点は、親が子の名前を呼んだ直後に消えたこと。


生き残った子供たちに聞くと、 「お母さんじゃない何かが、名前を呼んでた」 「声は同じだけど、目が違った」 「四つ足で追いかけてきた」


以来、血縁と育ての親を分離することで、 「本当の名前」を誰も知らない状態を作り出した。


現代でも、この地域の子供たちは奇妙な遊びをする。 「本当の名前当てゲーム」 でも、決して当たらない。 当たったら、その子は次の日にはいなくなるから。


◆月影島の「真名封じの洞」


南方の小さな離島・月影島つきかげじま。 古来より聖なる島とされ、その奥地に「入ってはならない洞窟」がある。


伝承によれば、そこには島民全員の「真の名前」が封印されている。 石板に刻まれ、決して光に当ててはならない。


1972年、本土復帰の際、行政が調査を試みた。 洞窟で見つかったのは、おびただしい数の石板。 そして、調査隊の一人が懐中電灯で照らした瞬間—


調査隊の記録はここで途切れている。 後日発見された彼らは、全員が「猫化」していた。


島の神女かみんちゅの言葉: 「名前は魂の形。それを知られることは、魂を握られること。大和の人たちは、それを忘れてしまった。だから、猫に戻される」


今も島では、子供に「仮の名」しか与えない。 真の名は、死ぬまで本人も知らない。 いや、死んでも知らない。 あの世でも、名無しのままでいる方が安全だから。


【現代における名前隠し】


2024年3月の調査より


驚くべきことに、これらの風習は形を変えて現代にも残っている。


ネット上でのハンドルネーム文化


子供の名前を SNS に載せない親たち


通称やあだ名で呼び合う若者文化


意識的にか、無意識的にか。 人々は本能的に理解している。 名前を晒すことの危険性を。


そして今、祢古町現象によって、その本能が呼び覚まされている。


ある母親の証言: 「最近、子供の名前を呼ぶのが怖いんです。呼ぶと、誰かに聞かれている気がして。それも、人じゃない何かに」


別の証言: 「夜中に目が覚めると、誰かが私の名前を呼んでいる。でも、その声は私自身の声。窓の外から聞こえてくる」


【最後の記録】


藤原教授の日記より・2024年3月25日


もう理解した。 名前隠しの風習は、防御ではなかった。 時間稼ぎだった。


「それ」は最初から知っている。 全ての名前を。 ただ、呼ぶ順番を待っているだけ。


そして今、その時が来た。 一斉に、全員の名前を呼び始めている。


私も聞こえる。 私の本当の名前を。 産まれる前から持っていた、もっと古い名前を。


それは人間の名前ではない。 もっと原初的な、音そのもの。


「にゃあ」


ああ、そうか。 これが、私たちの本当の名前だったのか。

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