第70話 不穏な便り
わがまま王子に加えてわがまま狐の面倒まで見る羽目になり、これからどうなることかと思ったけど、今のところ特に問題は起きていない。
今日は約束通りお兄様たちが4人でフィオーレ伯爵家へ出かけて行ったので、私はこうしてクリス様と一緒に留守番をすることになった。
「お前と二人で話すのも久しぶりだな」
そうね、私はみんなを守ったり、新しい魔法具を考えたり、勉強する暇がないほど忙しいから。
あまり構ってあげられなくてごめんね?
「そうですね。せっかくだから何かしてあそびますか?」
「お前は、結婚しても王都には住みたくないんだな?」
えっと……。
会話のキャッチボールが出来てませんけど。
仕方ないから私が合わせるけどさ……。
「チェリーナはプリマヴェーラに住みたいです」
「それは出来ない」
えっと……。
出来ないなら、なんでわざわざこの会話をしようと思ったのかな?
「チェリーナはかぞくとはなれたくないです……」
一日でも長くここにいたい。
それが私の願いだ。
「……」
クリス様は何かを考えるように黙り込んでいる。
何を考えているのか分からないけど、私が家族と離れずに済む方法を考えてくれてるんだったらいいのにな。
神様、どうかクリス様にいい知恵が浮かぶように助けてあげてください。
その日の夜は、久しぶりにカレンデュラに会えて満足そうなお兄様と、初めて祖父母に会って興奮冷めやらないマルティーナが会話の中心になっていた。
「やっぱりフィオーレ伯爵領はいつ行っても美しいですね! 空の上から見ると格別です! カレンも、他のみんなも元気そうでしたよ!」
「ティーナのおじいちゃんとおばあちゃんもげんきだった! おばあちゃんは、おかあさんににててビックリしちゃったあ」
はしゃぐ二人とは対照的に、マルティーノおじさまは平静な顔を装いつつも、どことなく落ち込んだ様子だ。
サリヴァンナ先生はそんなマルティーノおじさまが気がかりなようで、二人の話に相槌を打ちながら、たびたびおじさまにそっと視線を向けていた。
「あなた、近いうちに絵師が来てくれることになったわ。ちょうど一仕事終えて、手が空いたところだったんですって。いろいろな作品を見せてもらったけれど、どれも噂通り素晴らしかったのよ。あなたの絵が出来上がるのが楽しみだわ」
「そうか。それは楽しみだ」
お父様は、喜ぶお母様を見て微笑んでいる。
絵が楽しみというよりは、お母様が喜んでいるから嬉しいって感じだね。
「ふふっ、きっと素敵な絵になるわね」
「ははは」
いつまで経っても新婚さんみたいな両親だけど、この二人は実は恋愛結婚なんだよね。
貴族の結婚は、親に婚約者を決められるお見合いパターンと、魔法学院で結婚相手を探す恋愛パターンの二通りが主流だ。
お父様は結婚相手は自分で探したいからとお見合いを拒否して、子どもの頃に婚約者を決めなかった。
そしてお父様が魔法学院に通うことになり、供も付けずに一人で王都へ向かって馬を走らせていた時に、お母様の実家のブレーザ伯爵領で盗賊に襲われているお母様の一行を助けたことが出会いだったと聞いている。
窮地に颯爽と現れ、あっという間に盗賊を倒したお父様にお母様が一目ぼれしたんだって!
お父様が15歳、お母様が12歳の時のことだ。
美少女に惚れられて悪い気がする筈もなく、お父様もすぐにお母様を好きになり、魔法学院に在学中は休みになるたびにお母様の元へ通ったそうだ。
お母様が魔法学院を卒業するのと同時に結婚して、出会ってから17年経ってもこの調子。
「いいなあ……」
白馬に乗った騎士に助けられるお姫様の物語みたいに素敵だよね。
私もどうせならこういう大恋愛をしてみたかったなあ。
しばらくは何事もなく平穏な日々を過ごしていた私たちだったけど、ある夜難しい顔で夕食の席に着いたお父様の様子で、何かがあったのだと見て取れた。
お父様は、みんなの食事が終わるのを待って話を切り出した。
「今日、アルジェント侯爵から手紙が届いた。治癒の魔法具について、神殿から探りが入っているそうだ。侯爵は知らないと突っぱねたが、神殿からの使者がもう何日も侯爵家の屋敷に居座って帰らないそうだ。悪いことに、どうやら街の噂も使者の耳に入ってしまったらしい」
お父様は眉をしかめながら手紙の内容を話した。
「お父様、街の噂って何ですか?」
お兄様が噂の内容を尋ねる。
「……ベールの聖女と軍神のごとき高位神官が、無償で治癒の魔法具を人々に分け与えたという話になっているらしいな。子どもと大男の二人組だったこともばれたようだ。治癒の魔法具はプリマヴェーラ辺境伯領で作られているとも噂されているらしい」
「ああー……」
そう言えば、そんな噂があるってアルベルティーニ商会で聞いたことがあったっけ。
私はすっかり忘れていたけど、まだ75日経ってないし覚えてる人がいても不思議はないよね……。
「もしかするとプリマヴェーラ辺境伯領へも使者が向かうかもしれないから、気を付けるようにと忠告の手紙が届いたんだ。自分たちを助けたばかりに、面倒なことに巻き込むことになって申し訳ないとも書いてあった」
そんなこと!
「チェリーナはこうかいしてません! たすけられる人を見すてるほうがこうかいします!」
「そうだな。俺もだよ」
ねー、と顔を見合わせてお父様と微笑み合う。
「あなた……。もし、神殿からチェリーナを聖女として迎えたいと言われたら……」
お母様が不安そうに顔を曇らせている。
だーいじょうぶですってー!
こんな時はあの人の出番です!
「おかあさま! しんぱいはいらないですよ。マーニが、チェリーナを王家からもしんでんからも守るといっていました! ね、マーニ? マーニ? マーニーーーー!」
……いないじゃん!
あの狐、どこ行った!
「……」
みんな、気の毒そうな目で私を見ないでっ!
こんなんじゃ、私がピンチの時に本当に守ってくれるのか不安過ぎるんだけど……。
「チェリーナは俺の婚約者なんだ。神殿の者になど連れて行かせないから安心しろ」
気まずい雰囲気が漂う中、クリス様が自信満々に言い放った。
クリス様!
たまには頼りになるんですね!
えへへ、婚約者が守ってくれるなんて、私お姫様になったみたいー。
「そうですね!」
「そうですわね。クリスティアーノ殿下の婚約者を無理やり神殿に入れることなど出来ませんわ。それを聞いて安心いたしました」
お母様も納得して笑顔も見せている。
「しかし、相手が正攻法で来るとは限らない。ならず者を雇って攫わせるような手段を取らなければいいが、念のためにいつでも結界のマントを身に付けられるように準備していてくれ」
「わかりました」
こうしちゃいられない。
早くアクセサリー型の結界を作り出さないと!
でも指輪は丸いから、適当に作ったら指にはまらないだろうし……。
ネックレスはチェーンが難しすぎるし、イヤリングなんてどこから手を付けたらいいのか分からないほど複雑な形をしている。
あっ、リボンは?
リボンなら定規で描ける上に、毎日身に付けられる。
ほどけやすいのが玉に瑕だけど……。
うーん……、一つは髪に結んで、予備をポケットに入れておけばいいかな。
「うん、そうしよう!」
「チェリーナ、何か思いついたの?」
おっと、また独り言が出ちゃったよ。
「はい。けっかいのマントにかわる小さいものを出せないかと思って、けっかいのリボンはどうかなと考えていたところです」
「おお、それはいい。リボンなら毎日身に付けられるな」
「そうね」
お父様とお母様もリボンの案に賛成している。
よしっ、これで結界のマントを出す前に人攫いに捕まる危険は免れた。
わはははは、悪者め、どこからでもかかって来るがいいーーー!




