第69話 契約しました
突然声をあげた私を、みんなが怪訝な顔で見ている。
「チェリーナ、どうしたんだ?」
「チェリーナがますますおかしくなってく……。僕、心配だよ」
あんなにハッキリ聞こえたのに、みんなにはマーニの声が聞こえてないの?
(俺の声はお前にしか聞こえないぞ。お前の頭に直接話しかけているからな)
あ、そうですか……。
私もまだ整理できていないけど、とりあえずみんなに現状報告しておいたほうがよさそうだ。
「ええと……。じつは、ゆうべチェリーナとマーニはけいやくをしました。チェリーナがそなえものをする代わりに、マーニはこれからプリマヴェーラ家をしゅごしてくれることになりました……」
「ええっ!」
みんなが一様に驚いた顔をする中、マルティーナだけはきょとんとしながらもパンに手を伸ばしている。
マルティーナはやっぱり一人っ子だけあってマイペースだね。
「プリマヴェーラ家の守護を!?」
「まあっ!」
「なぜ急に仲良くなったんだ?」
「チェリーナ、供え物って何なの?」
みんなは驚きのあまり矢継ぎ早に疑問を口にした。
そんなにいっぺんに言われてもヒアリングが出来ませんけど……。
「マーニは、ここで出されるしょくじが気にいらないといっていました。それで、チェリーナにステーキを出すようにと」
「食事が? 今まで何を出していたんだ? セバスチャン、マーニに何を与えていたのか聞いてきてくれ」
「かしこまりました」
お父様に指示されたセバスチャンは急ぎ足で厨房へと消えていった。
そしてすぐに戻ったセバスチャンは、言いにくそうに報告をした。
「お待たせいたしました。実は、今まで残り物を餌として与えていたようでして……。お気に召さなかったらしく、それに口をつけることはなかったようです」
えっ、残り物っ!?
そ、それはこのプライドの高いマーニには屈辱だっただろうな……。
だから私の食べ物を横取りしてたのか。
「なんだと!? マーニは我が家の大事な神獣なのだ! 今後はマーニには最上級の食べ物を出すように徹底してくれ」
「はい。かしこまりました。今後は徹底いたします。神獣様、この度は失礼があり、大変申し訳ございませんでした」
頭を下げるセバスチャンだったが、マーニは見た感じは特に怒っているわけではなさそうだ。
まあ、今まで私のものを横取りして食べてたから、空腹ではなかっただろうしね。
(俺の食い物はチェリーナが用意するから、俺の分を用意する必要はないぞ)
「ええと、マーニの食べ物はチェリーナがよういするから、セバスチャンはよういしなくていいと言っています」
「チェ、チェリーナ? もしかして、マーニと話ができるのか?」
みんなは私とマーニに交互に視線を向けている。
「はい。けいやくしたので、話ができるようになりました。それから、マーニは大人の男の人でした。しんじられないくらいの美しさです」
「男の人って? マーニは人にもなれるの? 僕もマーニと契約したかったな」
私もお兄様が契約した方がいいと思ったんだけどね……。
「マーニは人がたにもなれますけど、そのすがたはけいやく者にしか見えません。けいやくの条件が、チェリーナが魔法でだした食べ物をそなえることなので、他の人はだめだと言っていました」
確かにうちで食べる普通の牛のステーキよりも、魔法で出した和牛ステーキの方がはるかにおいしいけどさ。
食べ物で契約者を決めるなんて、食い意地張りすぎだよね。
私があれこれ説明しているうちに、マーニはいつの間にかマルティーノおじさまの膝の上におさまっていた。
……マーニって隙あらばお父様かマルティーノおじさまにくっついてるのに、おじさん好きじゃないって本当なのかなあ?
別に隠さなくても、人を好きになる気持ちは自由だよ!
(俺は寒がりなんだ)
「え、何のかんけいがあるの?」
「チェリーナ、どうした?」
「マーニが、自分はさむがりだといっています」
(火魔法使いの魔力は暖かいからな。暖を取るのにちょうどいい)
ええーーーー!
そんな理由だったの!?
まさかの暖房器具扱い……!
「火魔法つかいの魔力はあたたかいからすきなんだそうです……」
「えっ……、そ、そうなのか」
「てっきり懐いてくれてるのかと思ってたな」
ほらー、お父様とマルティーノおじさまがしょんぼりしちゃったよ。
「でも! おとうさまとマルティーノおじさまは、プリマヴェリオにうりふたつだからなつかしいとも言っていました。二人をとくべつにすきなのは本当です」
私はデキる子だから、すかさずフォローします!
「なんだって!」
「俺達がプリマヴェリオに!?」
お父様とマルティーノおじさまは嬉しそうに顔を見合わせた。
プリマヴェーラ家を創設したヒーローに似ていると言われて、子どものような笑顔を浮かべている。
「お父様、プリマヴェリオの肖像画はないのですか?」
「残念だが、1,500年ほど前の人物だからなあ。最初は肖像画があったかもしれないが、時が経てば劣化するものだし、絵師がいなければ新しく描き写して残すことも出来ないしな。エスタンゴロ砦が出来る前は、ここは絵師が気軽に来られるような場所じゃなかったんだよ」
私もどんな人か見たかったけど、お父様自身もプリマヴェリオの肖像画が残っていないことをとても残念に思っているようだ。
「それなら、これからお父様とマーニを一緒に描いてもらえば、初代プリマヴェーラ辺境伯の在りし日の姿を再現できますね!」
「あらっ、チェレス、それはいい考えね! 早速絵師を手配しましょう。そうだわ、フィオーレ伯爵領にいる絵師の腕が素晴らしいという噂を聞いたことがあるのよ」
お母様は手を打ってお兄様の案に大賛成している。
「お母様、そろそろフィオーレ伯爵家へ遊びに行きましょう! 前からの約束ですし、絵師を手配するのにも都合がいいです」
「そうね」
「ヴァイオラ。フィオーレ伯爵家へ行く時は、マルティーノとティーナも一緒に連れて行ってくれ」
お父様はなぜかマルティーノおじさまとマルティーナを同行させるようにと言った。
えっ、なんで?
みんな行くなら私も行きたいけど?
「なぜ俺とティーナも?」
指名されたマルティーノおじさま自身も不思議そうだ。
「……ティーナの祖父母がフィオーレ伯爵領で暮らしている。ティーナの顔を見せてやれ」
「……っ!」
マルティーノおじさまはビクリと肩を跳ねさせると、そのまま言葉もなく項垂れてしまった。
もしかしたらニーナさんの両親は、娘の駆け落ちが原因で使用人の仕事を辞めざるを得なくなったのかもしれない……。
お父様は追い出したりしないと思うけど、プリマヴェーラ辺境伯領に居辛くなって自ら出て行ったのかも……。
「ティーナのそふぼってなあに?」
マルティーナは自分の名前が出たことは分かったが、祖父母の意味がわからなかったようで首を傾げている。
「ティーナのおじいちゃんとおばあちゃんという意味よ」
「わあ! ティーナにおじいちゃんとおばあちゃんがいるの? いつあえるの?」
「そうね、近いうちに会いに行きましょう。フィオーレ伯爵領はお花がたくさんあって、とても美しいところなのよ」
お母様は、マルティーノおじさまの動揺した様子をごまかすように明るく言った。
ーーニーナさんの両親に、ニーナさんが亡くなったことを伝えないといけないよね……。
婚約者を捨てて駆け落ちした結果、ニーナさんは亡くなり、ニーナさんの両親はプリマヴェーラ辺境伯領を出ることになってしまった。
マルティーノおじさまはきっと責任を感じているだろうな……。
なんとなく暗い気持ちになっていたところへ、マーニのイラついた声が頭の中に響き渡った。
(おい! いつまで待たせるんだ! 早くステーキを出せ!)
……いくら神獣でもさあ。
ちょっとくらい空気読んでほしいよね!?




