第30話 魔の森の上空で
私が何の気なしに歌った歌で、思いがけない事態になってしまった。
一時はどうなることかと思ったけれど、お父様はこれ以上問い詰める気はないみたいで一安心だ。
それにしても、いつものおおらかなお父様とは違って、魔の森に関してはひどく過敏なような気がする。
前回魔物が大量発生した時、もう少しでエスタの街が襲われそうだったことがトラウマになっているのかもしれないな。
「さあ、魔の森へ行ってみようか」
お父様は私に手を差し出しながらそう言った。
「はい!」
私はその大きな手を掴んで、元気よく返事をした。
せっかくの機会だもん、しっかり見ないとね!
「では、俺たちは魔の森へ行ってくる。手が空いている者はトブーンの操縦の練習をしたらどうだ? なかなか面白いぞ」
お父様が騎士たちにトブーンの練習をしたらどうかと提案すると、いかつい騎士たちの目が子どものようにキラキラと輝いた。
「はい。まずは私から練習いたします」
ユリウスがすかさず立候補する。
「いや、私から」
「いえいえ、危険があるかもしれませんので、最初は私が」
わー、取り合いになってる。
トブーン、大人気だな。
気に入ってもらえてうれしいな。
「お前ら、先輩に譲れ!」
「いいえ、こういう新しいことは若手の方が得意ですから!」
「ああん!? なんだと? この俺を差し置いて一番乗りしようとはいい度胸じゃねえか」
あ、あれ?
何だか不穏な空気になってきたような……?
というか、ユリウス、化けの皮が剥がれて素になってるけどいいの?
「おい、お前ら。子どもじゃあるまいし、こんなことで喧嘩するなよ。みんな仲良く順番に使え。じゃあ、俺たちは行くからな」
お父様は呆れつつ、喧嘩にならないよう仲裁した。
私たち6人は言い争う騎士たちをおいてトブーンに乗り込むと、リモコンを操作して次々に空へと飛び立った。
上空から見下ろすと、障壁を隔てると森の様子が一変しているのがすぐにわかった。
どういうわけか、魔の森の奥へ進むにつれて、木々の色が異様に黒ずんで行っている。
「おとうさま……、なんだか木がくろくみえますね?」
「ああ、この辺りはまだそれほどでもないが、ずっと奥は木どころか空気までよどんで黒ずんで見えるんだ。魔素が溢れてそうなるんだよ。長い間魔素を浴び続けると、ただの獣でも魔獣になってしまうんだ」
ええ!?
生まれた時から魔獣なんじゃなくて、魔素を浴びると魔獣になっちゃうの?
先天的ならそういう種類の生き物なんだって思えるけど、後天的にそうなっちゃうのって、なんだかかわいそうな気がするな。
魔の森で生まれなければ、普通の動物として生きられた筈なのに……。
「まそがあふれないように、何かできないのですか?」
「それが出来たら苦労はないな。出来ないから、俺たちがこうやって命がけで魔物を食い止めているんだぞ。このエスタンゴロ砦には、何度も魔物に襲われてはその度に返り討ちにしてきた歴史が詰まっているんだ」
ん?
エスタンゴロ砦ってそんなに何度も襲われてるの?
「エスタンゴロとりでだけがおそわれるのですか? 他のばしょはおそわれないのに?」
「ああ、不思議なことにエスタンゴロ砦だけが狙われるんだよ。どうしてなんだろうなあ?」
それって……。
あのー、魔物でも何でも目はありますよね?
私たちがトブーンでエスタンゴロ砦に来るとき、ものすごく遠くからでもエスタンゴロ砦が見えてた。
魔物にもエスタンゴロ砦が見えるから、それを目印に来るんじゃないのかな?
「おとうさま……。エスタンゴロとりでが大きくてとおくからでも見えるから、まものが目印にしてやってくるのではないでしょうか……」
「……えっ? ……いや、しかし。いやいや、砦がないと危険だ。そうだ、砦は絶対に必要不可欠だ」
お父様は、エスタンゴロ砦が悪目立ちしているせいで魔物を引き寄せているとは思いたくないようで、砦の必要性を必死に自分に言い聞かせている。
でも確かに、ターゲットを1箇所に集中させるという意味では、砦は役に立っている。
「はい。チェリーナもとりではひつようだと思います。どこがおそわれるか分からないよりずっといいです。戦いにそなえることができますし」
「そうだろう! エスタンゴロ砦は我がプリマヴェーラ辺境伯領の誉れなのだ!」
砦の必要性はわかったけど、こんな森の中でお父様が火魔法を放ったら大惨事になりそうだよね。
「あの……、もし今魔物におそわれたとしたら、おとうさまはどこで戦うのですか? どこまでも森がつづいていますが、ここで火魔法をつかうのですか?」
私がそう言うと、お父様はハッとした表情になった。
「そうか! 父上が木を切って備えろと言ったのはそういう意味か! 俺が思い切り火魔法を放てるように、予め木を切り倒して戦いの場を用意しておけと言うことだったんだな!」
ああー……、あの歌、まだ引きずってましたか……。
お父様は、おじいさまからのメッセージを解読できたと思って一瞬喜んだものの、すぐに表情を引き締めた。
「ーーと言うことは、魔物が襲ってくる日が近いと言う事なのか!?」
アイ ドン シンク ソー!
とは、言いたくても言えない……。
どうしよう……。
でもまあ、お父様が戦いやすいように場を整えるのは別に悪いことじゃないよね?
すぐに襲われないとしても、いつかは来るんだもん、無駄にはならないと思うな。
そうだ、なんか嘘ついてるみたいになっちゃったお詫びのしるしに、私の魔法で整地するのに協力してあげればいいんだよ。
わあ、我ながらいい考えだな!
「おとうさま! チェリーナの魔法でなにか役にたつものがだせないか考えてみます! かんたんに木をきりたおせる魔法具とか!」
チェーンソー的なものとか出せるかもしれないし。
曲線を上手く描けるかどうかわからないけど、ちょっと頑張ってみます。
「おお、それはいいな。早速、強制労働の連中をエスタンゴロ砦に集めるか」
「きょうせいろうどう?」
「そうだ。うちの領は、人殺し以外の罪人には強制労働をさせて罪を償わせているんだ。こんな辺境では、たとえ罪人でも男手は貴重な労働力だからな」
へえー、そうなんだ。
砦の騎士さんたちが、私の歌のせいで余計な仕事をする羽目にならなくてよかった。
人殺しじゃないなら、チェーンソー的なものを持たせてもきっと大丈夫なんだよね?
いや、罪人にチェーンソーなんて人殺しになることを推奨してるようなものかも。
もっと安全かつ、効率よく木を切れる道具を考えないとな。
悪いことした人たちには、それを使って思う存分罪を償っていただきましょう!
そうして魔の森の視察を終えた私たちは、エスタンゴロ砦へといったん戻った。
お父様は早速砦の騎士たちに、エスタンゴロ砦前の魔の森を整地する計画を話した。
歌の内容とお父様の解釈がぴたりと一致することに戦慄している騎士たちの姿を見ていると、申し訳ない思いでいっぱいになってくる。
インチキ占い師になった気分だ……。
私は複雑な思いを抱えながら、クリス様とお兄様の隣に並んで、話し合う騎士たちを遠巻きに眺めていた。
「おい。お前は……、本当に神の声や死者の声が聞こえるのか……?」
いえ、まったく。
「チェリーナはゆめを見ただけです……」
こんな適当な返事じゃ、ごまかされてくれないかなと思いながらチラリとクリス様の顔を見る。
すると、神秘的な紫色の目が見透かすようにじっとこちらを見ていた。
あの……、どちらかというと、クリス様の方が神の声が聞こえちゃう系な人に見えますね?




