第31話 大人の飲み物
クリス様の美しい目を見つめていると吸い込まれそうだ。
やっぱり綺麗な人って、子どもの頃から綺麗なんだな。
大人になったら綺麗になれるって期待しない方がいいのかな。
いやいや、私はまだ諦めないよ!
私がブンブン頭を振っていると、お兄様が心配そうに私に声をかけてきた。
「チェリーナ、そんなに頭を振ったら余計おかしくなるかもしれないよ?」
は?
どういう意味ですか?
私の頭は今も昔もこれからも、まったくもって正常なんですけど。
「おにいさま、チェリーナの頭はおかしくありません」
「でも、病気にかかってからちょっと言動がおかしいよね? いろいろなことを忘れていたり、変なことを思いついたり。高熱が続いたせいだと思うけど、なんだか心配だな」
私そんなに不審に思われてたの?
ぜんぜん変じゃないのに、ひどいな。
「俺のことも忘れていた」
うっ、クリス様、根に持ってる?
不機嫌そうな顔してるな、ほんとごめんなさい。
「チェリーナのことは、頭がおかしくなったのではなく、さいのうが花ひらいたと思っていただければ!」
物事はポジティブに捉えないとね!
「……やっぱりおかしい」
「気が狂ってるな」
お兄様とクリス様が顔を見合わせて頷いている。
「そういういじわるなことを言う人には、もうチェリーナの魔法具はあげません! トブーンもおやつもなし!」
「えーっ! 僕専用のトブーンがほしいよ!」
「俺は元気になる飲み物が気に入ったぞ」
ふーんだ、知らないよ。
「おーい、チェリーナ。そろそろ昼時だから、この前のおべんとーを食べよう。みんなの分出せるか?」
声のする方を見ると、お父様が騎士たちの輪の中心から手を振って合図を送っている。
「お父様! おべんとーとは何ですか?」
お兄様が、耳慣れない言葉にいち早く反応した。
「ああ、アルジェント侯爵領に行った時に、チェリーナが魔法で出してくれた食べ物なんだがな。肉やら卵やらいろいろ入ってて美味いんだ」
おいしい食べ物と聞いて、みんなの目が期待に輝いている。
「はい! みんなでたべましょう! 外でたべるのですか?」
「いや、クリスティアーノ殿下にその辺に座って召し上がっていただくわけにはいかないからな。砦の中の食堂で食べよう。こっちだ、付いて来てくれ」
私たちはお父様の後について、ぞろぞろと砦の中へ入っていった。
石造りの堅固な砦の中はひんやりと冷たく、昼間なのに薄暗くてなんとなく不気味だ。
「ここが食堂だ。騎士たちは交代で食事を取るから、多めに出してくれるか? そうだな、200個もあればいいだろう」
「はい! のみものはどうしますか? りんごジュースに、ぶどうジュース、それからオレンジジュースと、つめたい紅茶がありますよ」
紙パックの文字を書き換えるだけだからね、いくらでも増やせるよ。
「そんなに種類があったのか? そうだな、それじゃ50個ずつにしてもらおうか。わざわざ好みを聞いて回るのは面倒だ」
「ちょっと待ったあーーー! お嬢、ぶどうジュースと言ったか?」
いかつい顔のユリウスが、目線を私に合わせるため身をかがめてきた。
鼻息も荒く、ぐいっと顔を近づけてくる。
ちょっと、近いし、暑苦しいし、うっとうしいよ!
「いったけど……」
「大人のぶどうジュースも出せると言うことか?」
「おとなのぶどうジュース?」
何それ?
苦みばしったぶどうジュース?
まずそうなんだけど。
「大人のぶどうジュース! 人はそれをワインと呼ぶ!」
ワインかよ。
最初からそう言え。
「たぶん出せるとおもうけど。赤ワインと白ワインのどっち?」
「出せるのかっ!? それならっ、どっちもだーーー!」
おおおおおおお!
ひえっ、興奮した騎士たちが一斉に雄たけびをあげだした。
もー、なんなの?
「チェリーナ、赤ワインと白ワインを200個ずつだ。子どもたちは好きなのを選ぶといい」
お父様までウキウキしてる!?
お弁当は200個なのに、飲み物を400個出すの?
ワインごときで浮かれちゃって信じられない!
まったく、しょうがないな。
ワインなんて飲んだことないし、よく分からないから"おいしい赤ワイン"と"おいしい白ワイン"でいいや。
「ーーーポチッとな! 出しましたけど、おいしいかどうか分かりませんよ?」
「おお、味見は任せろ! おい、お前ら。一杯だけにしとけよ? 午後も仕事があるんだから、一つは残しておいて夕食の時に飲め」
騎士たちはお父様の言葉を聞いているのかいないのか、大喜びで赤白一つずつワインを手にとって行く。
あんなもので大喜びするなんて、大人ってよくわからないな。
「クリス様、おにいさま。のみものは何がいいですか?」
「元気になる飲み物」
「じゃあ、僕もそれ」
うんうん、イチゴミルクのほうがよっぽどおいしいよね!
それから私は自分達用の飲み物と、ハンバーグ弁当を200個出してみんなに配った。
ハンバーグ弁当も好評だったけど、騎士たちにはワインの方がとてつもなく美味しいと大評判でした。
腑に落ちない……。
ふあ……、お弁当を食べてお腹がいっぱいになったら眠くなってきた……。
お父様たちは仕事に戻ったから、さっきの騒ぎが嘘のように砦の中はシーンと静まり返っている。
ちょっと横になってお昼寝したいけど、食堂の木の椅子じゃ背中が痛くなっちゃうよ。
「おにいさま、どこかにソファはないのでしょうか……」
「チェリーナ、眠いの? 僕も眠い……。今日は早起きしたからね」
「俺も眠い……」
三人揃ってうつらうつらしていると、クリス様の護衛騎士の一人がサッと食堂を出ていった。
護衛騎士はすぐに戻ってくると、隣の部屋にソファがあると教えてくれた。
そして三人で部屋を移動して、部屋の奥の壁に飾られたあるものを見たとたん、私の眠気はいっぺんに吹き飛んだ。
「あ、あ、あ、あれはっ!」
「えっ?」
「マルチェリーナ様? どうかなさいましたか?」
私が大声を出したせいで、クリス様の護衛騎士が部屋の中を見回して危険がないか確かめている。
あっ、仕事増やしてすみません。
「あれっ! あれは何ですか?」
「ああ、あれは戦斧と言う武器ですよ」
私の指さした先を見た護衛騎士が教えてくれた。
「木をきるものですよね?」
「いえ、あれは武器ですので、木は切りません」
本当のことを言ってください!
「きりますよね?」
「……はい。斧は木を切るものです」
ほらっ!
思った通りだ!
木を切るならあれがぴったりじゃない。
何より、直線的なフォルムが素晴らしい!
だいたいチェーンソーなんて、名前からしてチェーンで出来てるんでしょ?
丸っこい小さいチェーンを一つ一つチミチミ描くなんて、そんなの私に出来るわけないもん。
でも、斧なら絶対いける!
なんか、刃の部分が反ってるけど、そこは無視して直線で描けばいいし。
よーし、そうと決まれば早速ペンタブの出番だ!
私はポケットから定規を取り出して、目の前の戦斧をお手本に斧を描いていった。
そして描きあがった絵を拡大すると、持ち手の部分に、"一撃で木を切り倒せる"、"人間には当たらない"と書き込んだ。
使う人が悪いことをしないように、念のため人間を攻撃できないようにしてみたよ!
「できたっ! せーの、ポチッとな!」
カラン!
石の床の上に、一本の素朴な斧が落ちて来た。
「やったあー! さっそくおとうさまの所にもっていきます!」




