1・初
『今日の最高気温は34℃でーす』
冷たいお茶を飲みながらテレビに目をやると、最近人気のアナウンサーがそう伝えていた。
「34℃......外出たくないなぁ」
私こと、風上月音は、ソファにゴロゴロしながらちょっと鬱になっていた。
夏本番になり、毎日汗だらだら。
この季節、本当に仕事が嫌になる。それでも行かなければ行けないのは、生きるためなのだからしょうがない。
大人って辛いぜ!
......
「バカなことを考えても全く楽しくならないこの季節、私は嫌いだ......」
なんてよく分からないことを呟いていると、机の上に置いてあった携帯が震えだした。
メールかな?
「亜季だ」
ソファから起き上がり、携帯を開いた。ちなみに私はまだガラケーなのです。お金が無いからね......
『同僚が1人帰ったからあなた変わりに出勤』
「え............?」
いや、今日私休みなんだけれど。なんて言い訳が通るわけないよなー。
はぁ......
「......行くか」
重い腰を上げ、しぶしぶ用意を始めた。
働くって、嫌だなぁ。
「来たよー亜季」
「おお。 休みなのにわざわざごめんね」
「いいってことよ」
何かとお世話になっているし、仕方ないよね。亜季の頼み事だし。
今日は私以外にも休みが多いのか、いつもよりオフィスが静かだ。こんな人数じゃ仕事も溜まるわな。
「さぁさぁ、まぁ座りなさい」
「......」
なんて思っていたけれど、多分亜季が私を呼び出した理由は違う気がする。この女、濱辺亜季の顔を見れば、嘘ついてるってことはだいたい分かるからね。
言われた通り、椅子に座る。
「さて......月音、あなた私に何か報告はない?」
「さ、さぁね」
こいつ......どこまで顔広いんだよっ! まさか私のストーカー何じゃないかと疑うくらいの情報力だ。
しらばっくれた私が気に食わなかったのか、亜季は、
「じゃあ質問を変えるわ。彼氏とはどうなの?」
「......!?」
やっぱり気付いてたか!!
本当にこの同僚には敵わないなぁと思う。いつもいつも私の一歩先を歩く亜季。こんないい女なのに彼氏が居ないのは性格のせいなのか、はたまた作らないだけなのか。
作らないだけなんだろうな............
「......言わなきゃダメ?」
「拒否権があると思って?」
命令らしい。いつから私より上の位になったのだろうか。知っている限りじゃ、こないだまでは同僚だったのにな。
なんて思いながらも、これまでのことを全部話してしまう私なのである。
「よかったじゃない」
「うん。勝ち組の気持ちが分かる気がする」
「なんじゃそりゃ」
なにやっていてもどこにいても、彼のことを考えるだけで幸せ気分。
彼を見ているだけでついニヤけてしまうのだ。
なんか私がストーカーみたいだな......
なんて考えていたら、亜季がとんでもないことを言い出した。
「もう泊まった?」
「ぶっ!?」
流石に吹いた。
「な、な、な、なに言ってんの!?」
すると亜季は、「はぁ......」と、あきれたような溜め息をついた。
「あんた......何歳よ。 別におかしいことじゃ無いでしょうが」
「そ、そりゃそうだけど......まだキスもしてない」
「ぶっ!?」
今度は亜季が吹いた。
「あんた何歳よっ!?」
「だって会える時間もそんなにないし、急にそんなこと言われても!」
「............生殺しとか絶対止めなさいよ」
本日2度目の溜め息をつく亜季。
だって! だって! 恥ずかしながら私、男の人と付き合ったことないんだもの......
いや、告白されたことは何度かあったけれど。全部断ってきた。自分が好きでもない相手とつるんだって、何も面白くないと思っていたのだ。
恋愛経験の無さに友達を呆れさせ、彼氏に我慢をさせてるかもしれない自分が少し嫌になった。
「そう言う亜季はどこまでしたことあるの?」
ここは恋愛の先輩として質問に答えてもらおう。外面完璧女の実力を見せてほしい。
「さて、ご想像にお任せします」
「おいっ」
私の話は散々聞いといて自分はそれかい!!
なんて女なんだ本当に......
カランカラン。
毎度お馴染みのドアを開けると、これまたお馴染みの可愛い鈴の音が鳴り響いた。
「月音!」
ニコニコと嬉しそうな顔で私の彼氏、もとい浅木竜也が駆け寄ってきた。
いや、ちょっとお店で名前呼ばれるの恥ずかしいんだよ!? 他にもお客さん居るよ!?
「適当に座ってて」
「うん。分かった」
赤くなった顔を隠すように、下を向きながら窓側の席に座った。
あの後、一応本当に仕事があったらしく手伝ってあげたのだ。現在4時pm。
ふと、キッチンの方に目をやる。
浅木さんは、色々したいと思っているのかな?
そんな疑問が浮かびあがってきた。別に嫌がっている訳ではないのだ。私だって、浅木さんに触れていたい。できるだけ近くに居たいと思う。
でも、いざとなると腰が引ける。ちょっとだけだけれど、怖いと思ってしまう。恋人になってから何度かそう言う場面はあったけれど、全部スルーで通ってきてしまった。
流石に私が悪い。
「お待たせ」
浅木さんがカップを2つ持って来た。
「お客さんいるけど、飲んでていいの?」
「いいのいいの。 常連さんだから」
あれ? それって本当にいいの?
と一瞬思ったけれど、口には出さずにおいた。
「浅木さん、近いうちに休みある?」
「えっ?」
急に切り出した私に驚いたのか、口を開いている。
「......あ、来週の日曜とか」
「ふーん」
今までの自分を反省。前に進もう。そう決意をし、
「その日、どこか行かない?」
私がそう言うと、浅木さんは声をあげて笑い始めた。
「くくくっ!!」
「ちょ、ちょっと! なによ!!」
「い、いや、だってさ。 くく......顔が」
「顔?」
どうしたのだろうか?
私の顔、変だった? なにそれ結構傷付く......
「デートの約束するだけで、凄い赤くなってるから。初だなーって」
「っ!?」
多分、今の言葉でさっきの2倍は赤くなったんじゃないかと思うくらい頬が熱くなった。
一頻り笑って満足したのか浅木さんは、
「そうだね。うん。どこか行こうか」
「! うん!」
それでもこう返事がきけただけでそんなことは吹っ飛んだ。全身から、なんか嬉しいオーラが出そうだな。心が踊った。
次の日曜日、何着ていこうかなぁなんて考えながら、カップに口を着けた。