早朝
次の日。身体中が痛くて起床時間より早く目が覚めたようだ。静かに起きると周囲の者はまだ寝ていた。
周りはまだ寝ているのでそっと宿舎から出た。
外はまだ肌寒く、しかし空気は澄み渡っていた。
早起きもいいものだな、と思った。
空気を思い切り吸い込み吐き出す。それを三度続けた所で探知に一人かかった。後ろに一人、か。
自分が目覚めたのだから誰かいてもおかしくはない。
───と
「見つかったのがワシでよかったな」
と声をかけられた。声から察するに昨日のおじさんのようだ。振り向いて
「おはようございます」
と答えると
「いや、そこはすいませんが正解だ」
ん、え?
「は、すいません」
とりあえず謝っておく。
「いいか、起床時間は決まっている。起床時間以外に怪しい行動をしている者がいたら疑われてしまう」
よく分からないので
「疑われる・・・というと?」
まあ、今時はないんだがと呟きながら
「そりゃ暗殺や内応、工作。裏切り行為と言ったほうがいいか」
「俺・・・いや私はそんなことしませんが」
「そりゃ分かる、する必要もないだろうしな。だが実際に戦いになれば分からん所だ」
ああ、後敬語はいらんぞと言われた。では、と答え
「なるほど、実戦においてそういうことが有り得ることは分かった。これは確認となるのだろうが、ルールとして決まっていることなのか?」
と、尋ねると
「そうだな、決まってはいないが今までそうだったと言っておきたい。昔なら問答無用で殺す所だろう」
「暗黙の了解、というやつ・・か」
「そういうことになるな」
「なら納得だ。やはりすいませんでした、と答えるのが正解だろう」
「頭を下げて済むうちはいいが、その首で責務を負えとなると話は別だろ?」
「まあ、この程度で責務と言われると困るし納得もいかないが・・・」
そうだろうな、と言いつつおじさんはニヤリとしながらこう続けた。
「そういう時代もあって、一応暗黙の了解で残っているということを覚えておけば良い」
なるほど、と話していてふと疑問に思った。
「おじさん、当然だろうが部隊長もいるわけだろう。全員ぐっすりじゃないか。油断しすぎでは?」
暗殺もあったし、裏切り行為もあったわけだろう。ならば見張りの一つも立てて然るべきではないか。
「ここにいる連中はほとんど実戦を知らぬよ」
「は?」
「第一次アルカディア戦争からもう何年経つか。二十年程度か?」
「大体それくらいになるかと」
「未だに人間と魔族が一つになることに納得していない者もいるし、それが理由で反乱している場所もある。またお前は知らないだろうがアルカディア大陸にもいくつか国が存在し、我が国は実はその中でも非力なのだよ」
「そ、そうなのか」
他国があることは知っていたが、国力はよく知らなかった。
「領土はでかいがな。しかしそれを活かしきれてない時点で国力はないに等しい」
領土の大きさは強さではない、ということか。
「重要なのはその領土から上がる収入と支出の割合ではないか?どうだ?」
「どうだ、と言われても」
「何、単純な話だ。領土が2つある国があって10個の金が得られたとする。もう一つ領土が一つの国があって同量の金収入があったらどっちが生産量が高いのかという話だ」
「一つの方・・か」
「これはとても重要な考え方だ。国という大きな視点からでなくても使えるのは分かるだろう」
「自分としては一人で二人の敵を殺せるのと一人で一人の敵を殺せるのならどちらがいいかという考えならわかりやすいが・・・」
と答えておいた
「まあそうだな。話ついでにもう一つ教えておこう。敵を殺すということは戦闘不能にさせるということだ」
なんだ、同じことじゃないのか?と思っていると
「似てるようで違うぞこれは。例えば足止めや攻撃不能にさせることも戦闘不能の一種だ。もちろん反撃を受けないのは殺すのが一番なんだがな」
面白いと思った。考えたこともない発想だった。黙って聞いているとおじさんはこう続けた。
「もちろん必殺の矢を放つことは大切だ。漠然に矢を射るのと必殺の矢を放つのではワケが違う。意識している矢とそうでない矢、どちらが上かは言うまでもないだろう」
それに無言で頷く。
「が・・・実際の所必ず殺せる、文字通り必殺の矢とはなかなか撃てない。風の影響は受けるし射程もある。的が多ければ当たるだろうが、それでも必殺足り得ない」
「それもそうか・・・」
「それを考えたら中距離攻撃なら魔術での攻撃の方が効率的だ。風の影響は受けないし、まあ規模が大きいので味方に当たる恐れはあるが」
兵を消耗品として扱うならそれが最も効果的ではあるがな、と続けた。
「人は消耗品扱いか・・・?」
思わず聞いていた。
「む?引っかかったか?それならお前は正常な証拠だ。いいか、人に代わりは利かない。中にはいくらでも代わりがいるだとか、お前のような兵はいくらでもいるという奴もいるだろうよ。ワシのように矢を運ぶおっさんだっていくらだっている、誰でも矢を運ぼうと思えば運べるだろ?だから代わりはいくらだっている」
「どうにもその考えは好かないが」
反射的に答えていた。
「まあ、最後まで話を聞け。せっかちなやつは嫌われるぞ?」
済まないと頭を少し下げるとおじさんは言葉を続けた。
「いいか、確かに矢を運ぶ人間はいくらでもいるのかもしれない。だがワシの代わりはおらんよ。お前の代わりも当然おらん。お前は周りに何を言われてもお前で居続けろよ」
それは当然だろう、と思った。それを口にしようとしたら
「当たり前のことだとワシも思う。だが今の世の中この考え方が出来る人間の方が極めて少ないのが現状だ。いいか、人は消耗品ではない。代わりの補充は利くようで利かない、この事を決して忘れるなよ。数字のみで人を計算すると痛い目にあうぞ」
「分かった、肝に銘じておこう」
「ではな、宿舎に戻れ。立派な将になれよ」
「分かった」
と反射的に答えてあれと思った。
いやいや、そこは「立派な弓兵になれよ」ではないのか?
それを尋ねようとしたらおじさんはもう元いた方に戻っていっていた。
まあいいか。単なる言い間違えだろうと宿舎に戻ってもう一度横に寝転がり目を瞑る。もう少しは眠れるだろう。
・・・あれ?
───あのおじさんこそ早朝に何をしてたんだ・・・?