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霧笛の戦野 ―失われた教室と、群雄の血戦―  作者: こまめ
第1章 いざ、あの素晴らしき世へ

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3/3

第二話 壊れた日々

 「先生、何なんですか。あれ」

 俺が訊ねる。田辺はもう一度外を見る。

 恐怖。混乱。それ以上に、自分の知識が告げている答えを信じたくないという顔。

 そして、震える声で言った。


 「……分からない」

 その時だった。

 私が話してきます。と資料館の職員の一人が、入口の扉へ向かう。

 「きっと何かの撮影でしょう。こちらから説明すれば――」

 「待ってください!」

 田辺は叫ぶ。だが、間に合わなかった。

 扉が開く。職員が外へ出た。

 「すみません! ここは資料館で――」

 次の瞬間。男の刀が、閃いた。


 「――え?」

 職員の身体が、ぐらりと揺れる。

 何が起きたのか、誰も理解できなかった。

 胸元から赤いものが滲み、職員はその場に崩れ落ちた。


 「…………」

 一瞬、世界から音が消えたような気がした。

 そして。

 「う、うわああああああっ!!」

 誰かの悲鳴が上がった。


 倒れた職員へ、別の武者が駆け寄る。

 槍が突き出された。

 一本。

 さらに一本。

 倒れた身体へ、何度も槍が突き立てられる。

 「いやあああああっ!!」


 女子生徒が叫ぶ。俺の胃がひっくり返りそうになった。



 あれは、演技じゃない。撮影でもない。

 本物だ。

 人が、本当に殺された。



 「閉めろ!!扉を閉めろ!! 早く!!」

 田辺は叫び、教師たちと数人の男子生徒が入口へ殺到する。

 

 その途端、外から何かがぶつかった。

 ドンッ!!と扉が震える。

 「うわっ!」

 「もっと押せ!!」


 ドンッ!!

 再びの衝撃。蝶番が悲鳴を上げる。


 「先生! 無理です!」

 「まだだ!! 絶対に離すな!」

 俺も倉田と一緒に扉へ駆け寄った。


 「大和!」

 「分かってる!」

 俺たちは必死に身体を押しつける。だが――。

 ドンッ!!

 遂に、扉が大きく歪んだ。

 「――っ!」


 次の瞬間。

 バキンッ!!

 鈍い音と共に、扉が吹き飛んだ。



 「うわあああああ!!」

 程なくして、無数の武者が雪崩れ込んでくる。



 「逃げろ!!」

 田辺の声が響いた。だが、遅かった。

 逃げ遅れた生徒の一人が、武者に腕を掴まれる。

 「嫌だ! 離せ!!」

 彼の体に向けて、刀が振り下ろされた。


 「いやあああああ!!」

 別の生徒が出口へと走る。

 その背中に槍が突き込まれた。



 俺は足が動かなかった。

 何だよ、これ。

 学校は? 部活は?

 さっきまで、ただの地域学習だったじゃないか。焼きそばパンがどうとか、部活が面倒だとか、そんな話をしていたじゃないか。

 なのに――。


 「大和!!」

 倉田の声によって、俺の意識は現実へと引き戻される。

 「逃げるぞ!!」

 その声に身体が動いた。俺は倉田の腕を掴む。

 その時だった。


 「……せん、せい?」

 大和は徐に立ち止まる。

 田辺が、展示ケースの前に立っていた。中には、古い日本刀が展示されている。その刀を見つめている。

 田辺は震える手で展示ケースを開けた。そして、刀を掴む。


 「……来い」

 「先生、何して――」

 「来るな!!早く逃げろ!!」

 田辺が刀を構えた。だが、その構えは剣道のものとはまるで違った。腰が引けている。足も定まっていない。刀を持つ手が震えている。

 それでも田辺は、一歩前へ出た。

 同時に目前の武者が襲いかかる。


 「うおおおおおっ!!」

 田辺が滅茶苦茶に刀を振り回した。

 ガキンッ!刃と刃がぶつかる。田辺は必死に受ける。踏み込み。間合い。体捌き。剣道のものとは全てが違う。


 「先生!!」

 田辺が押し込まれる。その瞬間だった。

 「そこどけえええええ!!」

 倉田が叫んだと同時に、何かが飛んできた。

 白い煙。轟音。消火器だった。


 「うわっ!?」

 武者たちが怯む。視界が一瞬で真っ白になる。

 「清重! 倉田! 走れ!!」

 俺は倉田の腕を掴んだ。

 「行くぞ!!」


 俺たちは煙の中を走った。資料館の裏口から外へ飛び出す。田辺も後ろから飛び出してくる。

 「こっちだ!」

 俺たちはものすごい速度で、山道を駆け下りた。

 後ろを振り返る。資料館の入口には、まだ武者たちの影が蠢いている。だが、その姿はすぐに木々の向こうへ消えた。


 その頃。

 資料館の反対側にある裏口では校長と教頭、そして館長が数名の生徒を逃がしていた。

 「こっちです! 早く!」

 館長が扉を開ける。

 「山を下りてください!」

 「でも、先生たちは……?」

 「私たちも後から行きます!だから今は走りなさい!振り返らないで!」

 生徒たちは震えながら山道へ飛び出していく。

 一人。二人。さらに数人。それだけだった。


 「……もう、これ以上は無理です」


 館長が呟く。

 気づけば資料館の中から、悲鳴が消えた。

 微かに、生々しい音が立つ。

 生きている者は、おそらくいない。


 「まだ中に――」

 「校長先生」

 教頭が首を横に振った。

 「行きましょう」

 「……」


 校長は拳を握りしめる。そして、最後に一度だけ資料館を見た。

 「……すまない」

 三人も裏口から飛び出した。


 振り返らなかった。

 今、戻れば自分たちも死ぬ。

 そう分かっていたからだ。





 十四時三十一分

 俺たちは山道を走り続けていた。

 「はぁ……はぁ……!」

 息が苦しい。肺が焼けそうだった。

 それでも足を止められない。いや、止めてはならなかった。

 「大和……!はぁっ、はぁっ、これ……どこに向かってんだ!?」

 「知らねえよ......っ!!」

 俺だって分からない。道路もない。電柱もない。住宅もない。知っている場所が、どこにもない。

 ただ、逃げる。それだけだった。

 やがて、田辺が後ろから叫んだ。

 「止まるな!」

 俺は振り返る。田辺も走っている。

 俺たちはそのまま、暗い山の中へ消えていった。


 そして――。

 俺たちが知らないところでも、同じように生き残った者たちが逃げ続けていた。

 校長。教頭。館長。そして数名の生徒。

 彼らもまた別々の道を選び、山の中へ姿を消していった。互いに、どこへ逃げたのかも分からない。誰が生きているのかさえ、分からない。


 ただ一つだけ。

 資料館に残された生徒たち。職員たち。そして、逃げ遅れた者たちは、誰一人として、生きて戻ることはなかった。


 俺たちはこの日、たった一時間前まで同じ教室で笑っていたクラスメイトを失った。

 そして、俺たち自身もまた、帰る場所を失った。


 ここがどこなのか。

 なぜ、こんなことが起きたのか。

 そして――

 自分たちが、いつの時代に飛ばされたのかさえ。

 わからなかった。

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