アーガスは旅に出る
【古代政3993年・4の上弦】
太陽すら顔を出していない図書館。アーガスは早朝に起きていた。
ある程度の荷物をまとめた後、剣身がしまわれている『キングアーミー・ソード』を手に取る。
「行くのか、アーガス」
振り返ると、父親のゲイルがいた。
「もう起きてたのかよ」
「あんな襲撃があったばかりで、眠れるわけがないだろう……どうやら尚更、意志が固まったようだな」
父親のゲイルは目の前にゆっくりと近づき、彼の両肩に手を乗せる。
「これからどうするつもりかは知らないが……頼むから、これ以上、己の身を犠牲にするようなことはするな」
「……悪い。約束はできない」
まだアーガスの中で、憎悪の感情がうようよと彷徨っている。
「俺は、お前の空想論を信じていない。レオナが、こんな世界で無事だとは思えないからだ。だが……もしいるとするのなら……ここに連れ戻してこい。俺が言えるのはそれだけだ」
アーガスを見つめる目は、不安そうに泳いでいる。
しかしそれは同時に、父親の目でもあった。
「……ああ。わかった! 図書館の常連さん、特にリアやその父親にも宜しく伝えておくれ」
普段通りの陽気な笑みを浮かべ、アーガスは、持っていたグランドアーミー・ソードを背中にかけた。
外に待たせていた茶色の馬に跨りながら、青年はそれを宥める。これは、かつてレオナと共に跨った馬だ。
「父さん、達者でなっ!」
「……分かっている」
村の門の前で、ゲイルは息子を見送りに来た。溜め息を吐く様子は、本人よりも不安そうである。
「……アーガス。お前も、達者でな」
「おう!」
それを聞いた直後、彼は馬のロープを掴む。
「ハッ!!」と声を上げ、ロープで拍車を掛ける。勢い良く馬は前進し、大きな門を潜っていった。
門が閉まる時まで、こちらの様子を眺める父親が見えた。
「――王家を滅ぼすのは、見捨てた理由を聞き出してからだ」
復讐は、終わっていない。
アーガスの跨る馬は、グリム森林の森の中へと向かい、カステリの中心に佇む、地下王城『アインスワルグ』を目的地とした。
――パカリッ、パカリッ。
茶色の毛並みをした馬は、旅人アーガスを乗せ、森の中を風のように進む。
木々を通り過ぎる度、葉はザザーッと音を立てて飛び散った。
やがてその馬は、森から脱出する。その先に広がっていたのは……。
美しく、太陽の光で輝く、広大な草地。その向こう側には、歴史高く佇む、白銀に輝く特殊な煉瓦で建てられた城。
カステリの中心部、地下王城「アインスワルグ」だ。
青年はその光景に息を呑む。
だが一方で、こちらに見向きもしなかったという屈辱を、忘れてはならないと胸に誓った。
彼を乗せた馬は、やがて王城の門の前へとやってくる。
「名を名乗れ!」
真上から、よく響く門番の声がした。
馬に跨ったまま見上げると、城壁の上に立っていた門番兵が、胸壁から顔を出して、こちらを見下ろしている。とても高い城壁だ。
「アーガス……アーガス・レオ・グランカイン!」
「この王城に、何の用があって来た!」
緊張して発した言葉も、冷たくあしらわれた。あまり、旅人を歓迎する気はなさそうだ。
「国王に、オルディニス城への通行許可を貰いたいのですが!」
「オルディニスだと? 諦めろ!!」
門番はそれ以降、話を聞く気を見せなくなり、姿を隠して去っていく。
アーガスは城壁を見上げたまま、溜息をついた。
「面倒臭いな……」
諦めて手綱を引き、馬を引き返そうとさせるアーガス。やりようならいくらでもあるが、今はその時ではない。
すると、さっきの門番とは別の声が、城壁の上から聞こえてきた。
「アーガス殿!」
凛々しく響くような声に驚き、アーガスは壁を見上げる。
そこには厳つい表情の騎士が、胸壁から顔を出していた。
「お待ちください! 今、門を開けます!」
表情とは裏腹に、親切そうな騎士。しばらくすると彼の言う通り、すぐに門が開いた。
門の中へ入ると、青年は息を呑む。
本当に地下なのかと、目を疑うほど、文明的な光景が広がっていたのだ。
大きな山の地下に、上から木漏れ日の如く光が刺す、この遥かに広々とした洞窟。石レンガの建物がいくつも建っていて、あちこちの明るい松明が、薄暗い地下を強く照らしている。
すると横から、さっきの厳つい表情の騎士が現れた。
「アーガス殿。塔の村でのご活躍はよく聞いております。私はオルトス騎士団の団長を務める、ビルゲイン・アディユスと申します」
ビルゲインと名乗る彼は、鎧の胸に手を当ててお辞儀した。
その青い鎧を見て、アーガスはふと呟く。
「……青の騎士団か」
「はっ。ええ、左様です。我々をご存知だとは。恐縮です」
彼は目を閉じ、さらにお辞儀を下げる。
青の騎士団とは、王家直属の騎士団であり、全ての騎士の憧れである。ほとんどの所属騎士は、立ち振る舞いと剣技を、幼少期から教わっているという。
中でも団長格となれば、相当の手練れ。彼らが村を見捨てるものとは、あまりに想像もつかなかった。
「団長さんは、どうして俺なんかに律儀なんだ?」
「無論、サウスの件でのご活躍を耳にしておりましたから」
――サウスの件。
それを聞いたアーガスは顔を俯かせる。表情には、仄暗さが宿っていた。
「ところで、先程は申し訳ありませんでした。門番のケネディは…少々野蛮な所がございまして」
「え?いやいや!別にいいんだ。あ、それより、王様と謁見したいんだけど……」
「陛下との謁見をご希望ですか。しかし、なぜでしょう?」
アーガスはため息をついた。
「さっさと話がしたいんだ。悪いけど、お願いできるか」
ビルゲインは困惑気味だったが、「ええ、分かりました」と言って、よく目立つ奥の方の建物へと案内した。




