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静原の呪い〜『呪い』にとらわれた彼と『呪いもち』の彼女〜  作者: ももんがー
『呪いもち』の彼女
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第十四話 甘美な『呪い』

 仕方ない。認めよう。

 私はこの人を好ましく思っている。



 あれだけ好き好き光線にさらされては、ほだされるのも仕方ないと思う。


 師匠や社中の皆様は私が「変わった」と言う。

「表情がやわらかくなった」「明るくなった」と。


 祖父母や母は私が「のびのびしている」と言う。

「息がしやすそう」「(らく)そう」と。


 それはどれも、この大型犬のおかげだ。




 四月に出会って、もうすぐ半年。

 私に慣れたのか、大型犬は私の前で固まらなくなった。

 好き好き光線は相変わらずだが、真っ赤になって身動きできなくなることも、口がきけなくなることもなくなってきた。


 少し落ち着いた大型犬は、包容力のある頼りがいのある男性だった。


 まだ小学生の頃、戦争にお父様を取られた。

 立て続けに叔父様達も戦争にとられ、生活も、退魔師としての仕事も大変になった。

 それを、長男だからと必死で家族を支えていたという。


 お父様のご弟妹(きょうだい)の家族が同居することになり、働き手も増えたが子供も一気に増えた。

「十六人兄弟の長男です」と聞いたときには驚いた。

 一人っ子の私には考えられない生活だ。

 十五人の弟妹の面倒をみながら、退魔師の修行をし、実戦投入された。

 そうやって、主座様も認める実力と面倒見の良さが身についたようだ。


 戦争が終わっても誰も帰って来なかった。

 十五人の弟妹にとって彼は父親代わりになっていた。


 そんな父性と包容力の塊のような男性が私を甘やかしてくる。

 一人っ子のひねくれ者に敵うわけがない。

 歩くときは必ず護衛のように私のほんの少し前を歩く。

 話をするときは少しかがんで私に顔を寄せてくる。

 ちらりと見ただけで視線に気付き、ニコリと笑う。


 大きな身体と大きなこころに包まれて、守られていると感じた。

 甘える甘美を知ってしまった。



 仕方ない。認めよう。

 私は、この人に甘えている。

 この人を好きになってしまっている。




 誰一人として、私自身でさえ、私が二十歳をすぎて生きているとは思っていなかった。

 それなのにこの人は見合いのあの日に言い切った。


「おばさんになっても、おばあさんになっても、ずっと、死ぬまでずっと一緒にいてください!!」


 あ。阿呆だ。

 そう思った。

 話を聞いていないのか。現実を見ていないのか。

 阿呆の子だから仕方ない。そう思った。



 誰一人考えなかった未来を、この人だけが信じていた。




 一日一日、カレンダーが薄くなっていく。

 それに反比例するかのように私の『先見』は具体的になっていく。

 私が死ぬのは、おそらく来年の秋。

 この人といられるのはあと一年。


 それならこの一年を楽しもう。

 たくさん思い出を作ろう。

 苦手だけれど、恥ずかしいけれど、ちょっとだけ甘えてみよう。

 世間一般の許嫁のように。



 そう思って、二人であちこちにでかけた。

 手をつないだ。笑いあった。抱き上げてくれた。

 彼の側では常につけている仮面もはがれてしまう。

 何匹も(かぶ)っている猫も逃げ出してしまう。

 それでも変わらず私のことを「かわいい」と言う。

 目が悪いのか、アタマが悪いのか。

 阿呆の子だから仕方ない。

 そんな阿呆の子を好きな私もだいぶ阿呆になった自覚はある。



 彼の側は居心地がいい。

 あたたかくて、安心する。

 それでも時折、(くら)い陰が落ちる。

『呪い』の気配に身がすくむ。

 そんな私を彼は見逃さない。


「サトさん、好きだよ」

 やさしく甘い言葉をかけてくれる。


「ずっと一緒だよ? 約束だよ?」

 甘い約束で縛ってくる。


 その約束は、まるで『呪い』のように私を縛る。

 甘美な『呪い』にとらわれた私は、その瞬間は死の恐怖を忘れる。



 甘やかして。こわいことを忘れされて。

 ずっとぎゅっと抱きしめていて。

 ひねくれ者の私には、そんな願い口に出せないけれど。



 ひねくれ者の私が照れくさくて口に出せない願いも、彼にはいつもお見通しだった。

 なんでわかるのかしら?

 私、そんなに表情(かお)に出てるのかしら?

 大型犬は犬だけに嗅覚が優れているのかしら。

 それとも彼のあふれる父性のたまものかしら。

 なんでもいいわ。一緒にいてくれるなら。


 一緒にいて。手をつないで。私を包んでいて。

 私が死ぬまででいいから。

 



『先見』の秋が近づく頃には、二人でいるときには手をつなぐのが当たり前になっていた。

 大きな手。指も太くてゴツゴツしている、戦う人の手。

 手をつなぐと、私のちいさな手は彼の手にすっぽりと包まれる。

 その温かさが、圧迫感が、心地いい。

 お互いの霊力が溶け合う感覚が心地いい。

 指をからめるときは手をいっぱいに広げないといけない。

 それでも彼の長い指が私の手をからめとってはずれないことに安堵する。



 手をつないで。ぬくもりを分け合って。

 お互いを感じて。


 もう、離れられない。

 とらわれたのは、私のほうだ。

 まるで『呪い』のように。



 死ぬのがこわい。

 ひとり死ぬのがこわい。

 この人と別れるのがこわい。

 こわい。嫌。死にたくない。


 主座様のおっしゃったとおり、この人に妖魔を斬ってもらえばいい。

 きっと本人も喜んで駆けつけてくれる。

 そうは思うが、そのせいで彼が死んだらと思ったら頼めなかった。


 彼を死なせたくない。

 痛い思いも、苦しい思いもさせたくない。

 彼は私の大事な人だから。

 彼のことが好きだから。


 見合いのあの日、彼は言った。

「貴女がいない世の中なら、生きていても仕方ありません」


 うれしい。

 そこまで想ってもらえて、うれしい。

 でも、連れていけない。

 私も好きだから。


 きっと「好き」と伝えれば、この人は喜ぶ。

 尻尾をぶんぶん振って喜ぶ。

 でも、ひねくれ者の私にはそんな言葉、とても口にできない。

 そんな私が情けない。歯がゆい。

 私が言えない分をおぎなうかのように、彼は私に告げる。


「サトさん。好きだよ」

「大好きだよ」

「ずっと一緒にいてね」


 その言葉に満たされる。

 大型犬のような彼が私に甘えている。

 かわいい。愛おしい。大好き。


 でも、ごめんね。

 もう時間なの。

 もうお別れなの。

 この一年半、しあわせだった。ありがとう。


 さようなら。



 何も伝えず、いつもどおりに彼と別れ、『先見』の日を迎えた。







 温かいなにかに包まれている。

 大きな身体。愛しい気配。

 世界で一番安らぐ場所。

 ここは。この気配は。


 目を開けると、彼の腕の中だった。

「おはようサトさん」

 のん気に言う大型犬。

 可愛い、私の。


 ハッと意識が覚醒した。

 何もかも、終わっていた。


「ね? 言ったとおりだったでしょう?

『一発ぶちこんだらおしまいだ』って」


 あ。阿呆の子だ。

 久しぶりにそう思った。

 そんな単純なもんじゃないわよ。

 私がどれだけ苦しんだと思ってるの。


 言いたいことはいっぱいあるのに、でてくるのは涙ばかりだった。


「ありがとう! ありがとう!! 玄さん、ありがとう!」

 わあわあ泣いて、叫んで、ぐしゃぐしゃの私を、彼はいとも簡単に包み込む。



「約束だよ? 死ぬまでずっと一緒にいてね?」

「うん。うん。約束」



 甘美な約束が私を縛る。

 まるで『呪い』のように。

 私は、私達は『呪われし二人』なのだ。









「――サトさん?」

 まぶたを開けると、じっとこちらを見つめる眼差しと目があった。

 私の愛しい大型犬。

 ずいぶんと年老いた。もうすぐ九十歳になるものね。

 それでも眼差しはあの日と全然変わらない。

 壇上から見た、あの眼差しと。


「――夢を、見ていたみたい」

「どんな夢?」


 そっと右手を差し出すと、すぐに握りしめてくれる。

 お互いしわしわになった。

 それでも昔と変わらず包み込んでくれる。大きなやさしい手。


「昔の夢。貴方と、出会った頃の夢」

「――懐かしいね」

 しわくちゃの顔をさらにしわくちゃにして、彼が笑う。


「玄さん」

「なに。サトさん」


「ありがとう。

『静原の呪い』にとらわれてくれて。

 私を助けてくれて。

 ずっと一緒にいてくれて。

 ありがとう」


 彼がやさしく笑う。

 いつもそう。彼はいつも私を包み込んでくれる。


「嬉しかった。しあわせだった。満たされていた。

 ありがとう」


 少しでも感謝を伝えたくて、思いつくままに言葉を贈る。

 つないだ手から彼が喜んでくれているのがわかる。

 こんなとき能力者は便利ね。

 言葉にしなくてもわかるんだから。


「――お礼を言うのは俺のほうだよ」


 彼もやさしい声で言葉をくれる。


「俺の『呪い』につきあってくれて、ありがとう。

 ずっと一緒にいてくれて、ありがとう」


 ニコリと微笑む大型犬。

 ああ、可愛い。

 私の愛しい貴方。

 ありがとう。私、しあわせよ。


「でも、ごめんね。サトさん。

 俺、ひとつ間違っていた」


 突然の告白に目を見開く。

 死の間際の告白? あまりいい話ではなさそう。

 覚悟して言葉を待っていると、彼はやさしく頬をなでてくれる。


「『死ぬまで一緒にいて』ってお願いしたけど。

 あれ、間違いだ」


 そして年老いた大型犬が甘えてくる。


「死んでも、一緒にいて」


 それは、なんて甘美な約束。


「貴女の一周忌まで済ませたら俺もすぐにそっちに()くから。

 ちょっと向こうで待ってて」


 また、簡単そうに。

 年老いても阿呆の子は阿呆の子ね。

 でも。


「――そうね」


 それは、とてもいい提案ね。


「死んでも一緒にいてくれるの?」


「ずっと一緒にいたいよ。

 死んだあとも。生まれ変わったあとも。ずっと」


 また生まれ変わって、貴方と出会う。

 それは。


「それは、素敵ね」


 微笑む私に、彼もうれしそうに微笑んだ。


「俺は『静原の呪い』にとらわれているから。

 あきらめて、付き合って?」


 そうね。

 私達は『呪われし二人』だから。


 仕方ない。認めよう。

 私達は『呪い』にとらわれている。

 お互いを縛る、甘美な『呪い』に。


「――わかったわ」


 昔のように指をからめて手をつなぐ。

 弱々しい霊力が互いに溶け合う。

 温かい、大きな手。

 私を包み込む、私の唯一。


「待ってる」

「うん」



「おやすみなさい。玄さん」

「おやすみ。サトさん」




 「死ぬまでずっと一緒」という約束は果たした。

 次は「死んでも一緒」の約束を果たさなければならない。


 甘美な『呪い』にとらわれて、彼のぬくもりに包まれて、私は幸福な気持ちで旅立った。

これにて完結です。

おつきあいいただきありがとうございました。


拙作『霊玉守護者顛末奇譚』で、二人の孫が登場します。

おじいさんおばあさんになった二人も少しだけ登場します。

よかったらこちらもよろしくおねがいします。

説明多めの初投稿版と、説明をごっそりはぶいた改訂版があります。


明日からはこの『霊玉守護者顛末奇譚』の番外編を投稿します。

引き続きおつきあいいただけるとうれしいです。

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