第十三話 大型犬は阿呆の子です
外側から見た玄治の評価と、変化していくサトの気持ちをお楽しみください
『静原の呪い』というのは、本当らしい。
夏休みの間、小間使いのようにあちこちの用事に引っ張り回したけれど、文句一つ言うことなく私に従っている。
むしろうれしそう。なんで?
私と一緒にいられるだけでうれしい?
やっぱりこの子阿呆の子だわ。
同席する社中の皆様に事情を話し彼を紹介する。
最初は彼の容貌に恐れおののいていた皆様だったが、すぐに「良かったね」とおっしゃる。
どなたの目から見ても、彼が私にべた惚れなのは一目瞭然のようだ。
厳つい顔立ちなのに私にでれでれとする大型犬は、すぐに社中の皆様に可愛がられるようになった。
あれね。阿呆な子ほどかわいいって言うやつね。
「いやいや。サトちゃん。あの子、なかなかやるよ?」
「よく動くし、気も利く」
「すっと気配を消すところなんか、只者じゃないよ」
「力持ちだし、何頼んでも気持ちよく受けてくれるし」
「いい人つかまえたね。良かったね」
…どうやら大型犬がポンコツなのは、私の前限定のようだ。
社中での評判は、学校で聞いた彼の評判とも酷似する。
無口無愛想だが、何かと気が利く。
用事を頼めば嫌な顔ひとつせずすぐに対応してくれる。
でかくて恐ろしげだが、実は面倒見が良い。
そんな男性が、私の前でだけはポンコツになる。
それだけ、愛されてるということらしい。
そんなの。
意識、してしまう。
夏休みに会うのは週にニ、三日だったが、会えば必ず真っ直ぐな好き好き光線を向けてくる大型犬に、ひねくれ者の私も次第にほだされていった。
見合いのあの日。
「私が死ぬまででよかったらおつきあいいたします」と宣言した途端に元気になった大型犬は、そのままの勢いで保護者達のいる部屋に戻った。
そこで詳細を詰め、夏休みからおつきあいすることになった。
大型犬のうれしそうなこと。
満面の笑みとはこのことかと言いたくなるくらいの笑顔を浮かべ、ちぎれんばかりに尻尾を振っていた。
さっき『北の黒鬼』とか言われてなかった? 幻聴?
どう見ても『黒い大型犬(だいぶ阿呆)』なんだけど。
「『呪い』で人間が変わったんだって」
母が静原家の皆様に聞いた情報を教えてくれる。
「あれだけ好意を向けてくれるなんて、女冥利に尽きるわね。サト」
そうね。そうとも言えるわね。
私が『呪いもち』でも構わないなんていう奇特な人だしね。
でも、なぜかしら。
『男性に好かれている』というより『大型犬になつかれている』としか思えないんだけど。
「あ。それはお母さんも思った」
「確かに犬っぽい」
「いいじゃないの。サトを守る護衛犬ができたわ」
母も祖父母も同意見のようだ。
そして大型犬を連れ歩くように助言される。
「お父さんはどうするのよ」
「「「黙っとく」」」
母と祖父母が全力でごまかすという。
そんなに上手くいくかしら?
普段は温厚でおとなしい父だが、母や私がからむと途端に人間が変わる。
まだ小学生の頃、私に「呪いがうつる!」と暴言を吐いた男子は下校中父に連れ去られ、薄暗くした寺の本堂で地獄絵図を手にした父に壁際に追い詰められ、微に入り細に入り地獄の話を聞かされた。
その上で「ウチの娘に暴言を吐いた貴様は地獄行きだ」と、呪咀ともとれる発言を繰り返し聞かされ精神的に追い詰められた。
「ヤンチャ坊主で有名だった少年が人間が変わったように大人しくなった」と、地元で話題になった。
当の父は「説法をしただけです」とけろりとしていた。
我が父ながら「この人ヤバい」と思ったものだ。
そんな父が私に許嫁ができたと知ったら。
おつきあいする男性を連れていたら。
あの大型犬、死ぬんじゃないかしら?
会ったらいつも「自宅まで送る」と聞かない大型犬。
「父に会ったら殺されるわよ?」と言うこともできず、仕方なく送られる。
だが、いつ父にバレるかと気が気でない。
それなのに大型犬は「一分でも一秒でもサトさんといたいから送らせて欲しい」と母の前で真っ直ぐに言う。
やっぱり阿呆の子だわ。
親の前でそんなこと言う?
母は口を押さえて気配を消したが、内心では「キャー! キャー!!」と大騒ぎしているのが伝わってくる。
こういうとき能力者は嫌ね。
心の声が丸聞こえなんだから。
ちなみにこの大型犬の心の声はいつも「サトさん大好き!」か「サトさんかわいい!」で占められている。
会うたびに好き好き光線にさらされる。
もうそろそろ観念したほうがいいかもしれない。
お盆を前にしたある日。
久しぶりに主座様がお見えになった。
ここ数年は開祖様のお墓参りにいらしても我が家に立ち寄ることはなかったのに。
挨拶もそこそこに主座様がニヤリと笑う。
「さっきサトの許嫁に会ったぞ」
え。どこで。なんで。
は? 開祖様のお墓?
山を探る許可を出した? おじいちゃん?
祖父をにらむ私を見て、主座様は楽しそうに笑う。
「なかなかいい人材を見つけたな。よかったな。サト」
「は?」
なんのことかわからない私に「なんだ。お前も気付いていなかったのか」と主座様はあきれたように笑顔でおっしゃる。
「あれは土属性だぞ。
金属性のサトを生かし、水属性の妖魔にとっては最も苦手な相手にあたる」
その言葉に、祖父母も母も息を飲んだ。
それは。
それはつまり。
「おまけになかなかの退魔師だ。
私の言葉にもへこたれない。
体捌きも霊力も並以上。
あの静原の跡継ぎだっただけはある」
そして主座様はニヤリと笑い。
「あの男ならば、封じた妖魔、斬れるかもしれんな」
私達が一番聞きたかった言葉をくださった。
「あの男が昔視た、サトの『運命の相手』なんだろうな」
そういえば、昔そんなことを言われた。
五歳の私が、主座様に告白したとき。
「君の相手は私ではない」とおっしゃった。
そして「『運命』が動くのは十八歳」とも。
今、私は十八歳。
あの大型犬が、主座様のおっしゃった私の相手なのだろうか。
私を『呪い』から救ってくれる人なのだろうか。
『呪い』から助かるためにあの人を利用するのは申し訳ない気がする。
でも、あの人が私の『運命の相手』かもと聞いて感じるのは、ほのかな喜び。
金属性の私を生かす土属性だと聞いて感じるのは、妙な納得。
あの人の側は心地いい。
あの人の側ではうるさい雑音も聞こえない。
あの人の側では見たくもないものを見なくてすむ。
あの好き好き光線が、私を害する様々なものを弾いているようだった。
「あれほどの男はなかなかいないぞ。サト。よかったな」
主座様に再度祝福されたが、ひねくれ者の私は曖昧に笑うしかできなかった。
明日で完結です。
もう一日おつきあいくださいませ。




