第十二話 惚れられました
「サト。あんた、学校卒業したらどうするの?」
高等学校の三年生の秋。
師匠にそう聞かれた。
別に隠すことでもないので答える。
「実家の手伝いをします。もちろん社中のお手伝いは今までどおりしますよ。ご安心ください」
にっこり笑って答えたら、師匠はそれはそれはイイ笑顔をなさった。
「進学はしないのね?」
「ハイ」
だって私、二十歳まで生きられませんから。
そんな言葉は口に出さず、うなずく。
「じゃあ、お願いがあるんだけど」
そうして、私は四月から高校の臨時教師になった。
「私、教員免許持っていませんよ!?」
「大丈夫! 必要なのは茶道が教えられることだけだから!
サトは免状も持ってるし、教室も持ってるから問題ないわ!」
「幼稚園児向けの教室じゃないですか!!
それも、師匠が側で見てくれてるからできてるんですよ!?」
「その師匠が大丈夫って言うんだから大丈夫よ!
お願いサト! サトになら安心して任せられる!
私をアメリカに行かせて!!」
抵抗したけど無駄だった。
高校だけでなく、他のいくつもの教室も丸投げされた。
多分、師匠なりに気を使ってくれたのだろう。
師匠も私が『呪いもち』で『二十歳まで生きられない』ことをご存知だ。
学校を卒業した私が気鬱にならないように、余計なことを考えないように、忙しくさせてくれようとしているのだろう。
その気持ちはありがたかったので、最後はあきらめて受けた。
高校の始業式。
先月まで私も高校生だったのに、何故か教師として紹介される。
周りの生徒は、生徒とはいえ同年代の男女だ。やりにくい。
校長にうながされ壇上に上がる。いくつもの視線にさらされる。
私は能力者だ。
強い霊力を持ち、様々なことができる。
私の持っている能力は、人間の感情を読み解くもの。
過去や未来を読み解くもの。
封印とか浄化とかもできるが、あれらは術式が理解できれば強い霊力があれば誰でもできる。
私が持って生まれた能力は、『先見』と呼ばれる予知能力と人間の感情や精神に関わるものだ。
だからこそ、こういうたくさんの人間にさらされるような場は負担だ。
人間の感情が刺さってくるようで、いくつになってもこういうのは慣れない。
数人は強い霊力を持った子がいるのがわかる。
その中で、特別強い視線を感じた。
気になってちらりと目を向けて、驚いた。
――あの男性、私に好意を持った――?
大きな男性だった。
太い眉は吊り上がり、それに伴うかのように目も吊り上がっている。
ゴツゴツした輪郭と、短い黒髪。
男性らしいたくましい身体つき。
学生服を着ているのがおかしいくらいの、大人びた男性だった。
街で見かけたらちょっと道を変えようかと思うような、こわい感じの男性だった。
それだけではない。かなりの霊力量だ。
おそらくは妖魔の討伐にたずさわっている。
そんな男性が、じっと私を見ている。
固まったようにまばたきひとつすることなく、顔を真っ赤にしてただ私を見ている。
さっきまではこんな気配は感じなかった。
私が壇上に上がって、彼が私を目に入れた途端、この気配。
一目惚れに違いなかった。
自慢ではないが、私は可愛らしく見えるらしい。
百五十センチもない低い背に童顔。
体型だってつるぺたのお子様体型。
小学生に間違えられることもしばしばだ。
十八歳でこれはどうかと自分でも思うが、周りは「かわいい」「かわいい」と言う。
中学時代はまだみんなとそんなに差異がなかったこともあり、男子から好意を向けられたこともあった。
だが、誰もが私が『呪いもち』だと知ると、恐れ、逃げた。
中には面と向かって不快感をぶつけてくる人もいたりした。
きっとあの男性も、私の見た目だけを見てあんな視線を送っているんだ。
私が『呪いもち』だと知れば、気味悪がって去っていくに違いない。
そう、思った。
授業で会うあの男性――静原くんは、いつも真っ赤な顔をしていた。
大きな身体をこわばらせ、私の一挙手一投足を見逃すまいとでもいうようにじっと見てきた。
こんなあからさまな好意を向けられるのは初めてで、困惑する。
とはいえ、こちらは教師であちらは生徒なのだから、適度に距離を保っていればいいと割り切っていた。
授業が終わって、呼び止められて話をすることもあった。
社交的な春日くんに引っ張られて私の前に立つ静原くんは、まるで巨大な壁のようだった。
大きいなぁ、と見上げる。
なんとか会話をさせようという春日くんに対し、静原くんは「う」とか「あ」とかしか言わない。
真っ赤な顔で身体を硬直させてうつむいている様子は、大きな男性なのに可愛らしく見えた。
時折顔を上げてちらりと私を見ては、また真っ赤になってうつむいてしまう。
…こっちまで恥ずかしくなるわね…。
ここまであからさまに好意を向けられて、他の先生方や生徒達が気付かないわけがない。
職員室に戻るたび、生徒達が雑談をしてくるたびに、静原くんがどんな男性なのかを話してくれるようになった。
どうも、聞かされる静原くんと私から見る静原くんが一致しない。
無愛想? やる気がない? 冷たい?
「誰ですかそれ?」と聞いたら「今のほうが『お前誰?』なんだよ!!」と力説された。
なんだろ? 恋のチカラってやつ? 気の迷いとか?
だからといって、私がどうすることもない。
周りはおもしろがってはやしたてているだけだとわかっている。
静原くんも私の事情を知ればきっと離れていく。
それだけ。いつものこと。
それなのに。
「――『呪い』…?」
母から聞かされた話に絶句した。
静原くんの家に代々伝わる『静原の呪い』。
ひとりの人間にとらわれて、その人以外は考えられなくなるという。
その『呪い』に、静原くんはとらわれたと。
相手は私だと。
よりにもよって『呪いもち』に『呪い』でとららわれるなんて、何の冗談かしら。
「それでね。『せめて見合いだけでも』っておっしゃっているの」
どう? とたずねる母に目を向ける。
視線が冷たくなるのは仕方ないと思う。
「私の『呪い』のことを――」
「ご存知よ。私が説明したわ」
……静原家の方はおかしいのでしょうか…?
退魔師の家系だから『呪い』くらいでおそれたりしないのかしら?
「お父さんはとうするの? あの人、絶対反対するわよ」
「黙っとく」
「は?」
「お父さんには知らせない。サトの邪魔はさせない」
母は本気だ。笑顔が冷たい。
「……教師と生徒なのに……」
「今はね。九月からは違うでしょう?」
次々に論破され、仕方なくお見合いすることになった。
そうして行ったお見合いの席。
大きな七五三のような静原くんが、いつものように真っ赤な顔で固まっていた。
この人、こんなに私のこと好きなのかー。
ちょっとうれしいのは仕方ないわよね。
誰だってこんなに好意を向けられたらうれしいと思う。
見合いの席で、けっこうあけすけにお互いの事情を話した。
本当に静原家の方は『呪いもち』でも構わないようで驚いた。
ふたりきりになって話をしようとしたら、静原くんは泣きそうな顔をしていた。
どうも私に断られると思っているらしい。
いつもは吊り上がっている眉が情けなく下がり、口元もふるふると震えている。
まるで犬がご主人様に怒られているようだ。
そう思ってしまうとなんだか大きなわんこみたいだとしか思えなくなった。
耳を伏せ尻尾を丸めて「きゅーん」と情けなく鳴いているように見えて、思わず笑みが浮かんだ。
思い切って正直な気持ちをぶつけてみた。
「私は『呪いもち』ですよ?
こわくないのですか? 気味悪くないのですか?」
「かわいいです」
即答だった。
この子、阿呆?
ハッと正気に戻ったようにあわてて口をふさぎさらに赤くなる様子から、ウソでも冗談でもなく本音だとわかる。能力で察するまでもない。
…やはり退魔師さんは感覚が違うようだ。
そう指摘すると、静原くんは少し考えて言った。
「俺が、ただの俺が、貴女を、かわいいと思っています」
『ただの俺』という言葉が、妙に心にささった。
『呪いもち』でも構わないと言う。
「自分も『呪い』にとらわれているから」と。
それなら。
『呪いもち』同士なら。
死ぬまであと二年足らず。
それだけなら、付き合ってあげてもいいかしら。
付き合わせても、いいかしら。
「――わかりました」
私の言葉に大型犬がぴょこんと顔を上げる。
「私が死ぬまででよかったら、おつきあいいたします」
「ほ…本当ですか!?」
途端に大喜びする大型犬。
ちぎれんばかりに振られる尻尾が見えるようだ。
こんなに喜んでもらえるなら、死ぬ前に善行を積むことができていいのかもしれない。
生暖かい目ではしゃぐわんこを見守る。
と、突然、静原くんはなにかに気付いた。
ハッとした様子に何事かと思ったら。
「さとこさん! 好きです!!」
――は?
今更?
え? あれだけ好き好き光線出しといて、今そのことに気付いたの?
え? この子、やっぱり阿呆の子?




