還りたい場所
「どうしてあなたは無駄なものが好きなの?」
隣を歩く女性が言った。
そう地表を二人は歩いていた。
さらに珍しいことがあるとしたのなら、研究院の指定の濃紺の制服でもなかった。
「せめてロマン、と言い換えができないのか?
シユイ」
ディエンは苦笑をした。
陶器のように滑らかな肌には白が似合うと思っていたが、黒も良く似合っていた。
黒は女の美しさを最大限に引き立てる。
そんな昔の言葉があった、とディエンは頭の引き出しから出す。
「効率から外れるじゃない。
こういうのはナチュラルにしかわからない感覚なのかしら?」
シユイは不満を零す。
故郷の船や薔薇の研究院で過ごしていても、この環境に身を置くのは苦痛だろう。
惑星出身のヤナだったら別の感想を持つかもしれない。
ディエンですら途惑いの方が大きい。
「君がズレすぎなだけだろう」
ディエンはプレーンとは言い難いレンガ道を歩いていた。
レンガは色は複数の色があって、見事なフラクタル。
「悔しいわ。
否定はできないもの。
歌ってそんなに素晴らしいものかしら?」
金褐色の髪を揺らしてシユイが尋ねる。
「子どもじみた執着かもしれないけどね」
ディエンは言った。
無音恐怖症だと判明してから、よりその分野の研究に傾倒していった。
「高等生命体はヒトの耳の可聴領域で歌うのでしょう?
ディエンの専門の研究分野ね。
薔薇の研究院のトップの最大の研究対象。
積み上げてきた論文の数も素晴らしいけど、出した功績だけでも十二分。
歴史が塗り替えられるかしら?
世紀の瞬間に立ち会えるのね。
ドキドキするわ」
シユイの声は弾んでいる。
星のことになるとヘーゼルの瞳の輝きはさらに増す。
永遠の恋人が星なのかもしれない。
「どうせなら論文じゃなくて俺にドキドキして欲しいところだよ」
勝ち目のない戦いにディエンは弱音を零す。
「たまにドキドキしているわよ。
でも居心地が良い方が多いわ。
十年以上も離れていたはずなのに、すっかり私の日常になっているみたい。
また別離の時が来たら、泣くだけじゃすまないかもしれない」
最後だけ声のトーンが落とされた。
シユイがディエンの隣に引っ越してきてから、何をするのも一緒だった。
ディエンがシユイの傍にいる理由が欲しくて、追いかけたのが原因だった。
シユイが興味を持ったものはすべて知識として手に入れた。
真珠の研究院に行くのも夢ではなく、リアルだとなった時に、ディエンは無音恐怖症だと診断されたのだ。
音のない世界で長時間、過ごせない。
最先端の完全無音の設備が揃っている真珠の研究院では精神に異常をきたす。
研究員になるために幼年学校に通っていた時は、ディエンは一般的には義務教育にいるような子どもだった。
いくつものスキップをして勝ち取ったチケットを手放せなければならなかった。
「有機物の死は乗り越えられないものだ。
考え方によっては、無機物であっても愛着があったら、一緒に天国へ行きたいと思うらしい。
そこまで感情移入していたら、高等生命体なんて分野を専攻にはできない。
イレギュラーが多いのは計算の内だ」
ディエンは微苦笑した。
科学者たちの価値観は常とは異なる。
有人の惑星ですら放棄することも、破壊することもある。
『意識集合体』の選択に逆らうことはできない。
「天国ね。
人類が捨ててきてしまったものね。
『地表主義』なら違うのかしら?」
シユイは小首を傾げる。
それに合わせて金褐色の巻き毛が揺れる。
「ヤナは信じているようだよ。
少々、変わった経歴の研究員だからね」
ディエンは言った。
「じゃあ、困った時は神頼みをするの?
神さまなんていない、と結論が出ているのに。
結論ありきの定義をするほど存在なんて非現実すぎるわ」
人類が宇宙に飛び出す前から議論されていることをシユイは言った。
「そういうのがロマンがない、というんだ。
荒唐無稽な考えから、ここまで高度な科学が発展したんだ。
インスピレーション。
脳内のひらめきは霊感との差異はない」
様々な発明には『神』の介在があった。
そう言ってもいい。
錬金術から始まった科学史。
酸化しない安定した金属を人為的に作成できないものか。
それに挑戦するのは、大いなるロマンだっただろう。
「私たちの脳内のブラックボックスは3割もあるもの。
さすがに専門家でも生きている人間の脳を輪切りにして人体実験するわけにいかなかったみたいね。
確か……」
「『人権保護団体』の反対が大きい。
良き隣人を造り出したとは思えないほどの慎重さだな。
『意識集合体』の総意だろう。
どちらにしろ、俺たちは退場していく運命だ」
ナチュラルの間では常識になっていることをディエンは口にした。
進化のサイクルは人間ならばおおよそ30年。
それほどの短期間で入れ替わる。
ディエンたちは最後の世代になることだろう。
「人類は太古の黄金惑星を放棄にしたことで延命したのよ。
でなければ、ここまでホモ・サピエンスが支配種でいられなかったでしょうね。
どれぐらいのスパンで世代交代が起きたかしら?」
頓着せずにシユイは言った。
デザイナーベイビーだから、ではなく。
研究員にありがちな価値観だった。
感傷よりも、純粋に知識と好奇心の方が強く働く。
「太古の黄金惑星ね。
それこそ楽園だろう」
楽園を歩きながらディエンは言った。
閲覧許可が出ているデータから知った知識でも、体験は違う。
観察が研究の初歩だとされる理由だろう。
「楽園の定義は?」
「墓場だ。
魂が行きつく場所だろう。
結局、人類は宗教――神から離れられない」
皮肉なものだとディエンは思った。
「イールンなら違うのかしら?」
「友だちなんだろう?
訊いてみればいい」
ディエンは言った。
良き隣人――人工生命体にとっての楽園の定義はなんだろうか。
魂が還る、など詩的な言葉を使うのだろうか。
彼らは宇宙を動かす人型のパーツでしかない。
寿命――耐久年数が来たら、適切に『意識集合体』の手によって廃棄される。
有用な情報が脳内あればコピーされデータとして『意識集合体』に蓄積されていく。
「そうね。機会があったら訊いてみるわ。
薔薇の研究院は無駄なものが多いわね。
確か『ロマンは、一見無駄に見えるものに宿る』だったかしら?
シンパシー持ちの研究員が在籍して、あなたの恩人でもあった。
タオ研究員は、偉大なる研究者であり、先達だと思うわ」
シユイは頷いて、それから言った。
「彼がいなかったら、俺は研究をしていなかっただろうな。
薔薇の研究院に拾ってもらえたのだから」
ディエンはすれ違っただけの研究員を思い出す。
すでに第一線を退いていたものの、死ぬまで研究を続けていた。
彼の功績は素晴らしく、研究史に名を刻んだ。
研修生になる前のディエンのレポートを読んで、薔薇の研究院に招聘したのだ。
判断基準は的確だったのだろう。
おかげで嬉しくもないのにディエンは薔薇の研究院のトップ研究員になっている。
「どんな人だったの?」
興味津々にシユイが尋ねる。
「ヤナの方が詳しいだろうな」
「……ヤナ研究員の血縁者?」
ヘーゼルの瞳が大きく見開く。
「そういうこと」
植物と感情がシンクロするシンパシーというのは遺伝する要素もあるのだろうか。
祖父と孫。
直系だからありえなくもない。
だからこそ『純血主義者』の標的にヤナはなっている。
貴重すぎるサンプルだろう。
「彼、あなたよりも元気そうよ?
家族が亡くなったら、普通だったら落ち込んだりするんじゃない?」
珍しくシユイが常識的なことを言った。
「死因を知らないのか?」
「それぐらいニュースで知っているわよ。
多臓器不全でしょ?」
「加齢に伴う、も付けてくれ。
つまり老衰だ。
寿命がきた、というわけだ。
ヤナは事前に知らされていて、覚悟ができていた、ということだろう。
衰弱していくことによって、眠るように亡くなるため、最も苦痛の少ない死に方、だと現在も思われている」
ディエンは情報を追加する。
「で、これから私たちはお墓参りに行くのよね。
花を持って」
二人の手には生花の花束があった。
形式的なものだったが、白いカーネーションだった。
「生きた人間の滞在時間は24時間以内。
そういう法律だ。
結局、楽園を作るのは人間は不必要だということだ」
ユートピアを壊すのは人間だった。
そう『意識集合体』は判断している。
ディエンも異論を唱えるつもりはなかった。
美しい原初の惑星。
人類が生まれて、還っていく場所。
調和を持って整えられているのは、人間がいないからこそだろう。
「私たちも死んだらここに還ってくるのかしら?」
シユイは呟いた。
「偉大なる功績を残して、遺言でもしない限り不可能だろう。
そもそも俺たちは故郷とは別離したんだ。
還る場所は、星の海だ」
薔薇の研究院が太古の黄金惑星――地球を模していても、やはりレプリカだと思い知らされる。
圧倒的に違い、ディエンにとっても大きな違和感があった。
自分たちはここに存在をしてはいけない。
そう感じるのだ。
「あなたと育った船だったら還りたいとは思うわよ。
……ここは私たちの故郷じゃないわね。
思い入れの一つもない。
懐かしいと思わないわ。
こういうのがズレているのかしら?」
ストレートにシユイが表現する。
「シユイにしては珍しい答えだな。
もっと興奮するかと思っていたよ」
意外な結果だ、とディエンは思った。
一生に一度もチャンスが巡ってこない、太古の黄金惑星へのアクセス許可。
研究員だったら憧れるだろう。
「地表を歩くのは不思議な感じがするけど、船の中と違いが少ないわね。
薔薇の研究院の努力が素晴らしいと感心しているところよ。
むしろ薔薇の研究院の方が懐古主義じゃないかしら?」
シユイは言った。
二人はあっという間に目的地に着いた。
定期的に管理されている芝の中に金属プレートが整然と並べられているエリアだった。
「これが……お墓。
映像ディスクで事前学習してきたけど、私たちの育った船の方が風情がある? というのかしら?」
シユイは困惑したように言った。
ディエン自身も直接、目にするとその異様さに驚く。
「最も安定した金属のプレートに名前と生没年しか彫られていないからな。
それでも、なお、ここに還ってきたいと願った人物たちの墓標だ。
地球最後の人類の願いだったらしい。
配偶者になった人物が法を整備して……いわゆる抜け穴を使って、法律の解釈の範囲内に収まると当時の政府に訴えて、勝ち取った証だ」
歴史的な一幕だ。
『地球保全法』が締結されてから、それを覆した証が目の前に並んでいる。
大気圏内を含めて生きた人間の24時間以上の滞在は不許可。
ならば亡くなった人間ならば永遠に存在できる。
屁理屈の延長戦のような言葉遊びがよく通ったものだとディエンは感心する。
「恋愛小説のように素敵な資料ね。
当時のデータは残っているかしら?」
感性を磨くためと女性主人公の恋愛小説を読みふけっている恋人は言った。
「残っているが歴史の中だ。
解読するのも手間だろう」
ディエンは歩くスピードを落としながら、墓標の側の道を歩いていく。
「古典ぐらいなら読めるわよ。
発音の方が怪しいだろうけど」
シユイも遅れずについてきながら言う。
「俺たちが使っていた言語とは違う。
今使っている暦と根本的に違っているから、散逸していないだけマシというところだよ」
貴重なデータだったから『意識集合体』も消去せずに、保全しているのだろう。
「本当に歴史の暗闇の中にあるデータなのね。
それでも最後の一人になった人物は幸せだったのかしら?」
シユイは尋ねる。
「命が尽きるまで、故郷であるこの惑星には還ってこれなかったらしい。
一番奥にある金属プレートに名前が書いてある」
ディエンは知っている限りの知識で答えた。
墓標たちの最奥に辿りついた。
特別扱いされているように、一回り大きな金属プレートがあった。
故郷の船で見るような余分な言葉は彫られていない。
詩の一片も、故人が愛した言葉も、何一つ。
「あら、これには植物が彫刻してあるのね。
特別扱い、ということかしら?
でも映像ディスクにあった手本の花や私たちが持ってきた花とは違うものだけど、何か由来があるのかしら?」
シユイは目ざとく言った。
「ヤナから訊いたところ、学名Gypsophila。
花言葉は永遠の愛」
本気で植物学者を目指すつもりなのか。
人懐こい後輩は植物学を意欲的に学んでいる。
イールンと初めて造った惑星『薔薇真珠』が契機か。
それとも感情が植物とシンクロするからこそ、率先して取り組んでいるのだろうか。
「最後の一人になった人物は、こよなくこの惑星を愛していたということ?」
「多分、そういうことだろうな」
「お悔やみの言葉をかければいいのかしら?
思いつきもしないのだけど。
だって、ここに眠る人たちはみな幸せそうな気がするのよ。
悲しそうには見えないわ」
シユイは言った。
静かに眠る人々は肉体を失っても魂は太古の黄金惑星――地球へ。
還りたい、と願った場所へ。
「きっと哀しいと言うんだろうな。
愛しさが混じった感情だ」
文学の中にしか出てこない言葉をディエンは言った。
「……難しい感情ね。
さあ、あなたの恩人さんに会いに行きましょう。
遊びに来たよって。
『ありがとう』って伝えに行きましょう」
飛びっきりの笑顔を見せてシユイは言った。
「そうだな。
シユイの言うとおりだ」
長期休暇の目的を思い出してディエンは微笑んだ。
さよならの代わりにありがとう、を言いに来た。
世話になった故人に感謝を伝えるために、煩雑な書類を提出して、審査を受けたのだ。
紅い瞳は、地球最後の人類になった女性の墓標を一瞥する。
追悼はできなかった。
どのような人生を歩んで、どのような想いで死を迎えのか。
それを理解するのには、まだ十代のディエンには難しすぎた。
これにて「星々の揺籃」後日談(第二部)、完結です。
お読みいただき、ありがとうございました!
ブクマ、評価、ありがとうございます!
☆が★になるとめちゃくちゃ嬉しいので、お気持ちの分だけ色替えをしてくれると私が嬉しいです!
誤字報告も受け付けているので、心の広い目で見てもスルー出来ないような誤字脱字誤変換がありましたら、ぜひともご報告をお願いいたします!
周囲から誤字脱字女王と言われるほどリアルで言われるほど酷いので!
誤字をしたまま全世界に公開していて、年単位の後からこっそりと修正する方が恥ずかしいのです!




