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嫌悪と後悔

 6月。

 空曇天でじめじめとした日が続いている。部屋の掃除をさぼっていたところにうっすらカビが生えてきてこれ以上の繁殖を防ぐために年末の大掃除並みの掃除をしたのは俺くらいだろう。こう天気が悪い日ばかりが続くと外に出かけるだけで人々の機嫌は悪くなる。ただでさえめんどくさい教員とかがこう天気が悪かったりしただけで俺たち生徒に当たり散らしたりすることがある。気分が晴れないのは教員だけではなく生徒の方も同じである。実際俺もそうなのだが俺自身は人を当たり散らすような非常識ではない。いざとなれば、10分時間を戻せばいいのだ。俺は逃げ道がある分気が楽だ。

 しかし、この力は連続で使うとしたら1時間に1度しか使うことが出来ない。使いどころを間違えれば俺の気分が最絶不調となることがある。例えば、今日のような出来事だ。

 それは学生実験中に起きたことだった。学生実験がやる実験は基本的に難しい実験ではない。ただ、教科書に書いてある通りに実験を行いそれについての考察をレポートにまとめるだけの単純な作業だ。

 俺は違うのだがとあるパソコンの作業が得意な奴は書き込むことの多い実験内容をパソコンですべて終わらせてしまう奴がいる。俺はネットを見るくらいでしかパソコンに触れないので得意か不得意かと言われてもどちらとも答えることはできない。だが、何が起きるか分からないものには好奇心で振れないようにしている。好奇心で物事を進めた時にその時は高揚感で満たされるがその後に待っているのは後悔ばかりであることが多かった。故に実験中に使っているパソコンに触れようとなんか考えたことは一度もない。

 だから、俺が責められるのはおかしい。

「誰だよ!俺のパソコンに勝手に触った奴は!」

 実験が終わり器具を所定の場所に戻して実験の相方であるおっぱいの子に俺の実験ノートを見ながら内容の確認している時のことだった。俺の隣の班の奴がそんなことをひとりで騒いでいた。

 なんだなんだと周りに人が集まって来た。

「どうしたんだろうね?」

 首をかしげながら俺に問いかけてくる。その仕草はもう核兵器と言ってもいいだろう。いや、俺の心の天気を晴れにしてくれる高気圧と言ってもいいだろう。だが、俺には一方的に好意があってもおっぱいの子には俺には全く気がない。すでにこの10分時間戻す能力で1ヶ月ほど前に実証済みだ。だから、俺自身もこれ以上好意を抱かないように努力している。しかし、その一つ一つの仕草にドキッとさせられる。

 それはさておいてもめごとの輪に俺は飛び込むほどお人好しでもない。逆に関われば、その発火しそうな怒りという火が俺の方に飛び火してくる可能性も否定できない。

 しかし、何が起きたのかは気になる。こうしてボッチであることが多い俺のような奴はやたらと地獄耳が発達している。分からないこと以上に怖いものはない。この能力にも最初は恐怖したこともある。何も分からない未知の力に。

「俺がせっかくまとめたデータがどこにもないぞ!」

「ちゃんと探したのか?」

「俺がここから離れた時にはデータをまとめたエクセルを開いたままだったはずだ。それが消えてデスクトップになっている。このパソコンに触れない限りありえないだろ」

「お前の相方はどこだ?」

「俺といっしょに器具を洗ってた」

「お前の操作ミスだったんじゃないのか?」

「そんなわけないだろ!きっと、誰かが嫌がらせのために消したんだ!そうに違いない!」

 とんだ被害妄想だ。それを吹っ掛けられた奴はさぞかしかわいそうに。

「お待たせ。映し終わったよ」

「おう、お疲れ」

「じゃあ、私友達待たせてるから帰るね。また来週」

 そういうと慌てて実験ノートをバックの中に仕舞って実験室から出て行った。おっぱいのこの気持ちを能力で一度知っている俺は男の身としてはまた来週という言葉は本当に絶望だな。

 さて、俺もここに長居する理由はないので帰るために荷物をまとめている時のことであった。

「おい!お前!」

 俺を呼び止める声だ。

 無視すれば、何かめんどくさいことでも起きそうだと思い振り向く。

 完全に怒っているパソコンの持ち主が俺のもとに迫るようにやってくる。

「なんだよ?」

「お前は俺たちよりも先に実験を終わらせてずっとそこに座ってよな?」

「それが何か?」

 聞きたい内容は言わずとも分かる。ただ、それを口に出せばかえって向こうの煮えたぎった頭に油を流し込むような行為だ。ここは向こうの流れに任せるとしてこととタイミングを見計らってここを退散するのが手っ取り早い。

「俺のパソコンに触った奴を見てないか?」

 少し考えるふりをしてから答える。

「いいや。俺はずっとここでノートの整理と器具の片づけをしていた」

「本当かよ?」

 なんだよ?その俺がまるで犯人ではないかという理不尽に向けられたその目は。

「俺が何をしたっていうんだよ?」

「実験室は実験台の間に棚がある。正面の班が俺のパソコンを触れるには一度台を半周する必要がある。そうすれば俺が移動したことに気付く。そうなると一番近い背隣のお前らが一番怪しんだよ」

 まぁ、確かにそうかもしれないあ。お前のパソコンはほぼ俺の背後に配置されていたんだ。でも、それだけの理由で俺が犯人にされる理由が分からないぞ。それはただ冤罪だ。俺はまじめに実験ノートの整理と片付けしかやっていない。そもそも、お前のパソコンを触って俺には何の利点があるんだよ。そんな徳のしないことを誰がやるんだよ。

「俺が目を離したのはほんの5分くらいだ。お前は5分くらい前まで何をやっていた!」

「器具を所定の場所に戻してた。・・・・・それが?」

 しかも、今回は使った器具がいつもの場所ではないところであることを聞きそびれていてここには言うほどいなかった。俺が器具を戻しに行くときにはお前はまだパソコンの画面とにらめっこして気がするぞ。

「本当かよ?お前みたいなボッチ野郎に限ってそういう嘘がうまいんだよ。腹立つ」

「はぁ?」

 腹立つのこっちだよ。何の根拠もなしに俺は疑われているんだぞ。

 何も言わないつもりがつい言い返してしまう。

「そうやって何の根拠もなし人を疑うのかよ」

「何だと?」

「そんなの適当にその辺の人に怒鳴り散らす酔っ払いと同じだろ」

「それはどういう意味だよ?」

「分からないのか?その程度の幼稚な考えしかできないバカだと言っているんだよ」

「テメー!少し成績がいいからってウザいんだよ!」

 急に胸ぐらをつかまれる。

「その程度で怒るとか子供かよ」

「そのデカい態度が前々から気に入らなかったんだよ!」

 それはそうですか。

「やっぱりお前がやったんだな!」

「だから、どうしてそういうことになるんだよ」

「じゃあ、お前には誰が犯人か分かるのかよ!」

 分かるわけないだろ。だって、そのパソコンのデータが消えたと思われる時間帯に俺はこの場にいなかったわけだし。でも、分かろうと思えば分かる。ただ、こんなどうでもいい奴のデータのために能力を使う気にもなれない。この能力は俺のためにあるからだ。

「おい!何を騒いでいる!」

 はぁ~っとため息が出る。厄介ごとにこれ以上巻き込まれるのは面倒だ。

「喜べ」

「なんだ?お前と口を聞くだけで腹が立つ。しゃべるな!」

「そう思うのは勝手だ。だが、こうなってしまった以上ことを大きくするのは面倒だ」

「面倒なのはどっちだよ!訳の分からないことばっかり言いやがって」

「お前には一生分からないだろうな。その麩菓子みたいな脳みそだと」

 理解できなかったのかすぐには言い返してこない。もしかして、麩菓子を知らないのか?あの中身がスカスカな駄菓子だよ。バカめ。

「戻れ」

 そう呟くと目の前が歪んだように真っ暗になり耳鳴りがして再び目に視界が戻ってくると俺は実験器具の入ったボックスを持って実験室を出ていた。10分前に戻って来たのだ。俺がこの後どこに器具を戻せばいいのか分からず実験室のあるこの校舎を彷徨うこととなる。

 だが、10分前に経験している俺にはこれをどこに戻せばいいのか分かる。すぐさま、器具を戻して実験室に戻る。そうすれば、あいつの言っていた空白の5分にパソコンを触った犯人が分かる。仮に犯人なんて最初からいなかったとしたら、どうするべきか。おっぱいの子がノートを書き終わるまでは俺は実験室からは帰れない。10分前にはなかった俺の介入があったところでそれよりも早くノートを書き終わるとは考えにくい。変に巻き込むのも悪い気がする。

 ともかく、まずはその5分の間に何が起きたのかを見ておく必要がある。

 器具を指定の場所である実験室の上の階の準備室奥にいた手伝いをしている院生の先輩に渡して階段を駆け下りる。周りに誰もいないことを確認してから隠れるように実験室を除く。

 運のいいことに俺の班とそのパソコンを使うあの男の班は部屋の奥の入り口から見えるところにある。奥の入り口ということだけあってあまり利用する奴も少ない。こっそりとその空白の5分に何があったのかを見届ける。

 そして、そこにはあいつの言っていた犯人の姿があった。パソコンに触れていた人の影。その姿を見て俺は驚愕した。まさか、そんな、ありえない、嘘だ、これは現実じゃない。いろんな言葉が頭の中をひしめき合ってぐるぐると混乱するかのように駆け巡った。そこにいたのは俺の実験の相方のおっぱいの子だった。

 そうだよ。あの他の班が入り込むのが難しい密室に等しい場所には俺以外にも人がいたじゃないか。それがあのおっぱいの子だ。俺のアリバイなんか器具を渡した院生の先輩に言えば簡単に実証される。に対しておっぱいの子はあの場にひとりでいた。しかも、あいつがパソコンのデータがないと騒ぎだしてからすぐにおっぱいの子は実験室から逃げるように出て行った。簡単な話じゃないか。冷静に考えれば犯人はあのおっぱいの子だってことはすぐに分かったはずだ。それがパッと浮かんでこなかったのはおっぱいの子が犯人ではないと考えもしないで確信していて候補から除外していたからだ。好意を抱かないようにしようと言ってきながら俺はまだおっぱいの子に気が合った。だから、おっぱいの子を犯人候補にすることが出来なかった。

 俺には長年友達以上恋人未満という関係で付き合ってきた彼女という存在がありながら、おっぱいの子が好きだったんだ。

 おっぱいの子は慌てふためいていた。周りをきょろきょろと見てから何事もなかったかのように座り慌ててノートを書き始めた。

 気付けば、10分戻す前と変わらない時間に実験室に戻るころになっていた。

 とりあえず、俺は実験室に戻っておっぱいの子の隣に座る。時間を戻す前と何も変わらない。

「誰だよ!俺のパソコンに勝手に触った奴は!」

 予想通りの光景に何の驚きもしない。

 するとおっぱいの子は平然と同じ仕草で俺に呟く。

「どうしたんだろうね?」

 その表情を見た俺はこの一瞬でこの子を嫌いになった。

 ばれないようにと無表情を貫き通しているのは現場を見たからこそ俺には分かる。だが、その化け方が恐ろしい。何の疑いも掛けることのできない仕草と表情と雰囲気。これでは誰がどう見てこの子を犯人だなんて思わない。女は化粧をしてきれいにして男を騙すように、何気ないことでも化けて騙す。これだと俺の能力の方がよっぽど優しい。

 ああだ、こうだと隣が騒がしくしている間におっぱいの子は実験ノートを書き終える。

「お待たせ。映し終わったよ」

「お、おう、お疲れ」

 おそらく、これがこのおっぱいの子の本性。

「じゃあ、私友達待たせてるから帰るね。また来週」

 そして、逃げるように片付けて実験室から出ていく。待たせている友達のことを思っているようにも見える。だが、あの子はもう逃げるように出て行ってもいい保証があったのだ。それはおそらく・・・・・俺だ。パソコンの近くにいたのは俺とおっぱいの子だけ。そして、今この場にいるのは俺だけ。冷静ではないあいつがこの場にいないおっぱいの子を疑うわけがない。本当に恐ろしい。

「女って怖いな」

 隣の奴が俺に突っかかって来る前にこの場を退散するとしよう。だが、時すでに遅し。

「おい!お前!」

俺を呼び止める声だ。

「なんだよ?」

「お前は俺たちよりも先に実験を終わらせてずっとそこに座ってよな?」

「それが何か?」

もう、本当に嫌になる。

「言っておくが俺はそのパソコンについては何も知らないぞ」

 それだけ言ってノート類をバックの中に押し込んで立ち上がる。

「逃げる気か!まさか!お前が!」

「俺だけじゃないだろ。この場にいたのはその軽い頭でしっかり考えろ」

「何だと!」

 怒り心頭で殴りかかろうとするのはさすがにまずいと思った周りの奴がそれを止める。

 俺は悪くない。

 どうせ、証拠はあるんだ。大丈夫だ。それにパソコンから消えただけで相方のデータを見ればいいだろ。それにこまめに保存をしておかなかったあいつにも責任はある。

 俺は何も悪くない。

 実験室のある校舎から出て校門の方に向かうとあのおっぱいの子がいた。門に手を付いて息を整えていた。走って逃げてきたのだ。悪いという自覚はあっただけ良いとしよう。

 だが、それもすぐに止めた。

 おっぱいの子の表情は笑っていた。笑みを浮かべて悪魔のように。口元だけが笑っていた。

 俺の能力は10分時間を戻すだけだ。だが、この10分で人は数多の顔を見せる。そのことに恐怖した。

 次の日に俺を待っていたのは隣の班の実験データを無断で操作して消した疑いを掛けられた。時間を戻す前には証拠が10分戻したせいでなくなっていた。5分近く彷徨うはずが彷徨わなくなったせいで証拠としての力を失っていたからだ。

本当にムカつく。

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