表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/18

空振の嫌悪

 5月。

 陽気のいい日々が続いている。時期的にもゴールデンウィークということあってか駅前を行き交う人たちの数も多い。特にこの長期休暇において遊ぶ相手のいない俺はこうしてひとり駅前を歩いている。

 駅自体に用事があるわけではない。電車を使って遠出をする気なんかさらさない。ただ、駅前には俺のようなボッチがひとりで暇つぶしが出来るところがたくさんあるわけだ。本屋とか喫茶店とか漫画喫茶とかいろいろ。

 この休暇に入る前に仲の良さそうなグループはどこかに遊びに行こうとか計画を立てていたのを小耳にはさんだ。うらやましいとか別にない。資格がないのだ。10分という時間を戻せる心理的余裕のある俺はまず、人と関わるときにこいつはやめておいた方がいいとか思う相手には10分時間を戻して関われないように行動をする。

 そうやって人を掛け続けた結果、こうしてボッチになってしまった。まぁ、高校の頃から彼女を除いては俺に積極的に関わってきた奴は数えるほどしかいなかった。特に何が出来て何が出来ないわけでもなかった俺は身の回りのことを自分の力だけで無難にこなしてしまったという。人の力を借りることなく終わってしまう。

 この能力のせいでその無難に難題を解決してしまえる。本当に恐ろしい力だと思っている。

 しかし、謎なのはなぜ俺がこの能力を手に入れたのかということだ。俺は時間を戻せればいいのにと思ったのは確かだ。だが、それはただできたらいいのになって思う程度のことでそこまで強く願望したわけではない。もしかしたら、今この瞬間も誰かが10分時間を戻しているのかもしれない。俺の意識と記憶が10分戻ってしまって分からないだけで。

 駅前の信号を待ちする人の中にも俺と同じように手に入れて謎の能力に翻弄されているのかもしれない。

「・・・・・まさか」

 そんな誰もがホイホイ使えたら俺のような大した学力がない奴が難解大学に次々と合格してしまう。それは本気でその大学を目指している者たちに申し訳ない。実際に俺もそう思っている。

 次にこの能力を使った将来を左右することと行ったら就職だ。その時はこの能力を使わないことにする。俺は本気でがんばる者たちにインチキまでして蹴落とすほど鬼ではないし、そんな趣味はない。

 それに4年後もこの能力を使えているかどうか分からない。

 信号が変わり待っていた人たちが一斉に渡りはじめる。すると正面の小学生くらいの小さな女の子が手に持つスマートホンをしながら歩いていた。俺はそれに気付いて自分から避ける。ながらスマホは視界がかなり絞られてしまって危険だということが科学的に実証されている。実際にそれが原因の事故も多く起きている。

 何が悪いとかはない。時代の流れのせいだ。その流れはたった10分時間を戻しただけでは変えることはできない。俺がその人のやりたいと思っていることをこの10分時間を戻してもその考えを変えさせるだけの誘導を俺はすることが出来ない。力ずくならできるかもしれないが。

 交差点を渡り切って古本屋を目指して歩いている時であった。

 キイーッという甲高いブレーキ音と共にガシャンという音に思わず振り向いてしまう。

 歩行者信号がすでに赤色に変わり何台もの車が横切る向こう側で自転車と人が倒れていた。そして、車が行き交う中でかすかに聞こえる泣き声。女の子の泣き声だ。

 なんだなんだと俺と同じように足を止める人たちが心配そうなまなざしを送り続ける。通り過ぎる車の切れ目で見えたのは幼い顔から生々しくも大量の血が流れ出ていた。大人たちが焦って女の子の血をハンカチでふき取り傷があると思われるとこを押さえている。倒れている人はおじいちゃんで倒れたまま動けない様子だった。騒然としていた。

 俺はその場から動けなかった。起きているのは俺の関係ない蚊帳の外の出来事だ。あの女の子はさっきながらスマホをしていた小さな女の子だ。きっと、動けないおじいちゃんにも責任があったであろう。でも、前を見ないでスマホの顔面ばかり見ていた小さな女の子にも責任はあるだろう。

 俺はいい奴でもお人好しでもない。どちらも助けたいとか思うこともない。でも、あの場において誰も得しない負のオーラが感じ取れた。助けてヒーローになりたいとかそういう願望もない。自殺したそばかすの子を助けた時も軽蔑の目で見られていい気分ではなかった。どうせ、今回もそうなんだろう。

 俺が直接かかわったわけじゃない。あれは流れだ。10分時間を戻しただけでは変えることのできない出来事だ。だったら、俺の出る幕じゃない。

 背を向けて本来の目的地であった古本屋に目指す。

「ねぇ?あの人倒れたおじいさんに心臓マッサージしてない?」

 そう言われて思わず振り返ってしまう。

 野次馬の人たちの何人かが事の重大さに青ざめている。遠くからは救急車のサイレンの音も聞こえる。

 俺のこの力はなんだ?

 10分時間を戻す力だ。

 その能力がある理由はなんだ?

 俺の生活の安定のためだ。

 それは本当なのか?

 分からない。そもそも、なぜこの能力が俺にあるのかすら分からない。

 そんな曖昧な理由ならば、別にいいんじゃないのか?

 そんな理由のために使いたくない。もし、俺があれと同じ立場になったらどうするんだ。その時にちょうどインターバルで能力が使えなかったら全く持って無駄じゃないか。

 人を救うことが無駄なのか?

 ・・・・・そんなわけない。

 なら、俺は何をするべきか?

「戻れ」

 歩みを止める。すぐ横の車道を救急車が通り過ぎる。

 力強く心臓マッサージを受けるおじいちゃんに血を流して泣きわめく女の子に向けて叫ぶ。

「戻れーーー!」

 視界が真っ暗となりその後に耳の奥の方で鳴り響く耳鳴りの後に視界が明るくなると俺は信号待ちをしていた。10分後に起こる事故の現場となる向かい側の歩道に俺はいた。これから俺のするべき行動はこの場で事故をしたおじいちゃんと小さな女の子の行動を変えることだ。ふたりにはすでに10分という時間を戻したが目的は変わっていない。つまり、女の子はこの交差点を渡る、おじいちゃんはこの歩道を自転車で通過するという行動の流れが目的が出来てしまっている。その流れが出来てしまっている以上、同じことをまた繰り返す。流れは止めることはできないが邪魔することはできる。

 信号が変わり待っていた人たちが一斉に交差点を渡る。俺は渡るところまで時間を戻す前と同じことをする。そして、目の前に見えてきたスマホにしか目のいっていない小さな女の子だ。間違いない。この後、自転車と何かしらの事故を起こして顔に大量の血を流す怪我を負う。それはこの子も嫌なはずだ。

 さっきはぶつからないように避けたが今度はそのままぶつかりに行った。小さな女の子の細くて小さな体はそのまま俺に押されて尻餅をつくように倒れる。その際にスマホも落とす。

「な、何するの!」

 小さな女の子は涙目で怒る。

 なぜ、怒っているのか?俺は女の子を見下しながら疑問に思う。

 前方を見ていなかったのはこの子だ。確かに俺は避ける気もなくぶつかりに行った皮肉れ者だと思われているかもしれない。だが、その行為のせいでお前は怪我を負い、関係のおじいさんは心肺停止になるんだぞ。自分のやっているその軽率な行為に責任を持つべきだと俺は思った。

 そう、これは制裁なのだ。正義の、常識を教える制裁だ。

「ちゃんと前向見て歩け」

 俺は捨て言葉のごとくそれだけを言って交差点を渡る。信号は点滅を初めていた。倒れた女の子に何人かの人が補助に入ってそのまま反対側の渡り切った。

「おい!お前!」

 渡り切って目的の古本屋を目指そうとすると見知らぬ男に呼び止められる。

「あんた女の子突き飛ばしておいてなんだよ!あの態度は!」

 別に。俺はただ常識を教えただけだ。

 すると周りのある視線が俺をグサグサと刺し続ける。俺を見る目は最低な常識はずれの男を見る目だ。この場にいる人たちが全員俺の敵だ。

 常識外れはどっちだよ。気に食わない。せっかく俺が10分戻して発生する事故を未然に防いでやったのによ。なんだよ、どいつこいつもその反応は!

「離せよ」

「はぁ?」

「俺がどんな態度をとろうが勝手だろ。お前こそいきなり見ず知らずの相手に怒鳴ってくるとどういう神経してんだよ」

「お前こそ!」

 ああ、めんどくさい。10分・・・・・戻せないんだよな。さっき使ったばかりだし。

 いいことをしたのになんだこの羞恥は。

「腹が立つ」

 俺は無視して逃げるように歩き出す。

「おい!待てよ!」

 もう待たない。

 気に入らない。貴重な能力を使ったのにもかかわらず俺は何も得しない。俺は何のために10分時間を戻したんだ?ふたりの人を悲劇から助けたいからだ。でも、それを誰かに言ったとしても誰も信じない。この能力は俺だけの能力だ。それで得たのはただの自己満足だ。なのにどうしてこんなに気分が悪い。どうして、俺がこんなに責められなければいけない。

 歩行者同士と肩ぶつかっても謝りもしないで俺はずかずかと進む。どうしてこんな目に合う。なんでこんな能力がある。俺はどう使っても自己満足と自分のためでしかないこの能力に嫌悪した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ