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使用の空振

 4月。

 俺は大学生になって人生初めて電車通学をしている。それまでは通学は徒歩か自転車だった。だから、こういうたくさん人が電車の車両という狭い空間に敷き詰められるという光景にはなれずに学校に行くだけで疲れ果てていた頃だった。

 乗り換えの電車をホームで待っている時だった。行き交う人々は仕事場、学校へ向かう足は早まっている。電車がホームに出入りする音、足を急がせる音、ホームに電車が入ることを知らせるベル。いろんな音が根坐していて気持ち悪い。俺はそれを遮断するためにウォークマンを取り出してイヤホンを耳付ける。その時に目についたのが隣にいた女子高生だ。容姿からすれば、中の下くらいだ。両頬についているそばかすが目立っているせいでそれなりに整った顔を汚している。胸も大きいというわけではなくまな板だ。こんな通勤時間帯の満員電車に乗るということは痴漢されることを恐れていない。そもそも、痴漢されるような体系ではない。

 そんな女の子を横目に俺は聞いている音楽を変えようとウォークマンをいじっているとホームに電車が入ってくるとアナウンスが流れると電車が汽笛を鳴らしながらホームに勢いよく入って来た。俺はそれを見てウォークマンをポケットにしまう。その時に後ろのサラリーマンに肘が当たってしまい、謝ることを兼ねて一礼して前を向き直るときに俺の視界に映ったのは隣にいた女の子がどんどん遠ざかっていく様だった。

「え?」

 ホームには電車が入ってきている。俺から見れば、女の子はそのまま電車の来ている線路に向かって飛び込んでいるように見えた。それがなぜなのか。そんなの決まっている自殺以外何物でもない。

「ちょっと!待て!」

 俺が止めようと手を差し伸べるがバンという鈍い音共に電車の甲高いブレーキ音が鳴り響き、同時に女の子と勢いよくホームに入ってくる電車と衝突したのが原因で飛び散った赤黒い液体が俺にかかる。

 誰もがその場面に青ざめた。

 キャーッという女の人の悲鳴と共に大混雑のホームがパニック状態となった。駅員を呼びに行くものや人身事故のせいで止まる電車のことを考えるサラリーマンや、すごいことが起きたとスマホに書き込む者もいる。

 そんな中、俺はひとつの罪悪感、後悔におぼれていた。俺ののばした手がもう少し早ければ、隣の女の子を見た時に早く異常を感じていれば救えた命かもしれない。そのせいで手が震えて目が回り倒れそうになる。

 別にあの女の子が死んでしまったのは俺のせいじゃない。あの子がどんなつらい悩みを抱えていたかは知らない。俺の知ったことじゃない。でも、何よりも許せなかったのは俺が助けようとした命が消えてしまったということだ。

「戻れ」

 強く願う。今までで一番強くこの能力を使うことを願った。

「戻れー!」

 目をつぶり目を開けると10分前に戻って来た。

 駅構内に広がる不愉快な雑音に再び気分が悪くなる。だが、これから起こるのはそれを遥かに超える恐ろしいことだ。俺は手に持っているウォークマンをポケットの中にすぐに仕舞ってすぐ隣の人物の手を握る。

「お前は一体何を考えてるんだ!」

 そう言って手を握った女子高生の方を見るとそこにいるのは厚化粧をしたこんがりと日焼けをした豚みたいなギャルだった。さっきのそばかすの子の方がましに見えるほどのとんでもなく残念な女の手を俺は握っていた。

「ち、痴漢!」

「は、はぁ?」

 そういえば、あのそばかすの女の子は俺がイヤホンをつけたタイミングで俺の隣にやって来た。10分戻った時に俺はまだウォークマンを取り出したばかりだった。つまり、俺の隣にはまだあの女の子は来ていない。焦って早まってしまった。

 それよりも周りの視線が痛い。

「いや、待て!俺はお前の手にしか触ってないぞ!」

「その後、絶対おっぱいとか触ろうとかしてた。マジサイテー!」

 まだ、未遂だろ。というかお前みたいな豚みたいな女の胸なんか触って誰が得するんだよ。そもそも、俺はお前の相手なんかをしている場合じゃないんだよ。10分後に起こる悲劇的な事故。俺はその事故を防がないといけない。

 この能力を使って。

 そう思っていると人ごみをかき分けて駅員がやって来た。

「駅員さん!こいつが痴漢です!」

「違うって!」

「はいはい、ふたりとも落ち着いて」

 こんな時にいつも思うのがこの10分だけ時間を戻す力が連続で使えたらいいのになと思うのだ。すると駅員がかき分けた時に肩が接触してお互いに謝っている相手がそのそばかすの子だった。

 俺と豚女が騒ぎを起こしたおかげでホームの端にまで到達できていない。あれでは線路に飛び込むことはできない。よかったと安堵しているとそばかすの子が俺の視線に気づいた。すると怯えたような嫌そうな顔をした。

 おいおい、俺はお前が死なないように事を起こしているんだぞ。なのになんだ?その変態にはこれ以上関わってほしくないような顔は?それもそうかもしれない。なぜなら、10分という時間を戻り、その意識と記憶が10分戻らないのは俺だけだ。あのそばかすの子は自殺しようという意思はあったかもしれない。でも、それを必死に止めようとしている俺のことなんか知ったことじゃないのだ。俺がもし逆の立場なら関わってほしくないと思うだろう。

「とりあえず、駅員室まで来てください」

「はぁ!いや、俺これから大学で講義が!」

「抵抗するなよ!変態!」

 俺はまだ何もやってないだろ。

 抵抗する俺を駅員は手を引っ張り連れて行こうとする。俺はそれを振り払ったせいで誰かとぶつかった。それが偶然にもあのそばかすの子だった。

「すみません」

「いや、いいんだ」

 びくびくと俺におびえている。最初は中の下くらいだという評価をこの子に付けたがしっかりと見てみると案外かわいい顔をしている。見慣れたということか。この15分足らずで。

「捨てるなよ。命」

 俺はそう彼女に呟く。

 もしかしたら、これから俺のいないところで自殺を図るかもしれない。この10分時間を戻した俺の努力がこれからのこの子の心境に影響があることを祈ってそう呟いた。だが、帰って来た言葉が俺の心をぐさりと攻撃した。

「痴漢さんは話しかけないでください」

 誰のために痴漢の犯人に仕立て上げられたと思っているんだよ。

 人を助けたのに損をした気分になった。

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