(4)
あたしが生まれた世界。
あたしが旅した世界。
それはまったく別世界だった。
そんな世界にジンは来るという。
あたしと共に生きる為に、未知の世界に飛び込んでくるという。
はちきれるほどの大きな喜びの傍らに、ふと不安が胸をよぎる。
大丈夫だろうか。彼はこちらの世界で生きていけるのだろうか。
純粋な自然界の結晶のような存在である精霊のジン。
神の存在する世界で、その眷属として生まれてきた彼は果たしてこちらの世界に順応できるんだろうか。
あたし達には、これからどんな道が待ち受けているんだろうか。
………。
大丈夫。きっと大丈夫よ。
だってこの世界にも、威風堂々と火は灯り。
大地は優しく足元を支え。
黄金の砂漠は果てなく続き。
美しい水は命の器を守り湛える。
それら全てを包み込み、風が世界を駆け抜ける。
人の心は時に弱く、時に強く、そして誇り高く有り続けようとする。
どこまでもどこまでもどこまでも。
全て、有る。
だから大丈夫。
そしてあたしがここに居る。
何があってもあたしがジンを守ってみせる。
水の力は無くなったけど、あたしにはそれに勝る物がある。
彼を愛している心。それさえあれば何も怖く無い。
愛が世界を救ったんだもの! 男ひとりぐらい、なんぼのもんよ!
どんな試練が襲い掛かろうとあたしの敵じゃないわ!
いざとなったらこの腕一本で彼を守ってやろうじゃないの!
愛に勝てるものなんてこの世に存在しないんだから!
「よしっ!!」
パンパンと両手で頬を叩き、あたしは気合を入れた。
とりあえず、ジンがこっちに来るまでに受け入れ態勢を整えないと。
住む部屋とか一応目星をつけとこう。
ワンルームでいいかしら? 今の相場ってどれくらい? 一緒に住むとなったら、あたしの分だけでも光熱費とかかかるし。
うーん、あの銀髪と銀の目もなあ。
一生ずっと実体化を解き続けてるわけにもいかないだろうし。
いざという時のために、カラーコンタクトとか用意しといた方がいいわよね?
あ、あの微妙な肌の質感! あれファンデーションで隠せるかしら!
ぶつぶつ呟いていると始業のベルが鳴った。
あ、休憩時間終わっちゃったわ。仕事に戻らなきゃ。
いそいそと階段に向かうあたしの心は晴れ晴れとし、浮き立っていた。
ジンがいつ来るのかは分からない。ひと月後? 三ヶ月? 半年? 1年?
3年、5年。10年後かもしれない。
でも彼は必ず行くから信じろと言った。だから信じるわ。
あたしは何年でも信じて待てる。
……できれば年金貰うようになる前ぐらいには来て欲しいけど。
それまであたしは精一杯日常を生きる。
一度は捨てたこの命を抱え、この世界の中で。
ここがあたしの居るべき場所で、ここがあたしが彼を待つ場所だから。
さあ、生きよう。生きていこう。
道行く先に光はある。必ず。
ねぇ、そうよね? ……水の精霊。
あたしは屋上を振り返った。
ここでの絶望から旅が始まり、終わり、そしてまた始まる。
今度は希望の光の中から。
絶望も希望も表裏一体。
破壊と絶望の後には創造と再生がある。
有るんだ。
あたしは力強く前を向いた。
そして威勢良く扉を開けて、しっかりとした足取りで階段を降り始めた。
(完)
お陰様で、本日無事に完結いたしました。
最後までお付き合い下さり、心より御礼申し上げます。
少しでも皆様の心に何かを残せたら、幸いです。
本当に本当に、ありがとうございました。