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(2)

「もうすぐ神と謁見するぞ、失礼の無いようにしろよ」


 …あ、そうか。来るって、神様がこれから来るって事なのね?

 そういえば、人っ子ひとり居なくても神様だけはここに居るんだったわ。

 あぁ良かった! 安心した!


 安堵で撫で下ろした胸に、今度は新たな期待と興奮が生まれる。


 い、いよいよ神様とご対面かぁ! 神様って一体どんななのかしら!?

 初めて精霊と会った時も感動ものだったけど、この緊張感はその比じゃないわ。

 なんてったって『神』よ! 『神』! 全てを超越せしもの!


 やっぱりすごく美しい存在なんだろうなぁ。性悪の精霊ですら、こんなに綺麗なんだもの。

 こう、全身から神々しい偉大さが、まばゆい程に輝きを放って…


「…ぐあ~…」


 ……。

 ぐあ?

 なに? どこかでニワトリが〆られてるのかしら?


「グァ~~…」


 やだまた。

 廃墟同然とはいえ、仮にも神殿でニワトリの殺生だなんて罰当たりな事するヤツもいるもんねぇ。


「アグア~…」


 あぐあ?

 あ……。


 ずっと向こうの薄暗いホールの入り口から、ヨロヨロ、ふらふらと覚束ない足取りで人影が近づいてくるのが見えた。

 いまにも転びそうになりながら、奇跡的にバランスを保っている。


「いやだ、酔っ払い?」

「あれが砂漠の神、モネグロスだ」

「え!!?」


 あたしは驚愕して精霊を見上げた。


 砂漠の神!? 神!!?

 …あれがぁ!?

 あの、どっからどう見てもハシゴ酒してるおっちゃんにしか見えないのが!?

 か、神様なのお!? 嘘でしょおぉぉーー!!?


 ――― ドサリ 


 あ……。


 転んだ。


 …ちょっと! 神様転んじゃったわよ!? 大丈夫なの!?


 あたしと精霊は慌てて神様の下へ駆け寄った。

 砂漠の神様はヒィヒィ息をしながら、必死に起き上がろうとしている。


「モネグロス! 大丈夫か!?」

「あぁ、風の精霊ですか? 久しい、ですね」


 肩でゼイゼイ息をしながら振り向いた砂漠の神の顔は、確かに、美しかった。

 薄い金の髪と金の瞳の、男神。

 砂漠の砂が日に照らされた様な、微細に輝く金の色。

 彫刻の胸像のように整った目鼻立ち。


 首筋から足元に至るまで、すっぽりと覆い尽くすような幅広な白い衣装。

 生地も、まるで砂金が練り込まれているかのように輝いている。

 袖口や裾あたりの優美に流れる完璧なドレープ。


 見た目だけで言うなら、確かに神様っぽいわ。素晴らしく美形だし。

 でも具合、悪そう。それもすっごく。

 顔色良くないのを通り越して半分土気色してるわ。目の下にクマまで出来てるし。

 妙に生々しい神様ね、この人。いや、この神様。


 こんなに若くて美形な神様なのに、ゴホゴホ咳き込んでるのを見ると、時代劇の長屋で薬湯飲んでる病気のおとっつぁんにしか見えない。


「心配していたのですよ、風の精霊。無事でなによりです」


 風の精霊を労う神様は、クマの浮き出た目でニコリと微笑んだ。


「来るのが遅くなって済まない。モネグロス」

「良いのです。私は大事ありませんから」


 いや、あるって大事! ほらまた激しくゴホゴホ咳き込んでるし!

 あぁぁ、吐く? 吐くの? 大丈夫?

 ちょっとどっかで横になった方がいいって!


「ね、ねぇ、風の精霊。この神様ってどこか病気なの?」

「知ってるだろう? この世界は今、神の力が衰えているんだ」

「いや、衰えてるっていうか…」


 なんか衰えた神って言うより、もうすでに別物?

 神じゃないってこれ絶対。長屋のおとっつぁんだってば。


「病気の人間にしか見えないわ」

「人間ってのは、元々が神の映し身なんだ。似てて当然だろう」

「これに似てるって言われたら、かなりショックなんだけど」

「おい! 失礼だぞ神に向かって!」

「そ、そんな事よりアグアは何処にいるのですかっ?」


 砂漠の神が、風の精霊に震える手でしがみ付く。


「アグアは、私の愛しい君は何処にいるのです!?」


 心底具合悪そうなのに、目だけはキラキラと輝いている。

 いとしいきみ、って?


「確かに水の気配がしました! 私のアグアが戻って来てくれたのでしょう!?」

「済まないモネグロス。その水の気配ってのは、これだ」


 希望に満ちた表情の神様に、風の精霊が申し訳なさそうに答える。


「雫という名の、水の力を継いだ異世界の人間だ」


 キョトンとした神様の視線が、あたしを見つめた。


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