(3)
そのままジーっと、穴があきそうなほどあたしを凝視する神様。
『そんなバカな』って愕然とした表情のまま、ひと言も言葉を発しない。
え…えっと……。
よく分からないけど、あたしって神様の希望を打ち砕いちゃったの?
それってただの人間の分際で、ある意味すっごい偉業を成しちゃったような気もするけど。
でも、なんなの? このたまらなく居心地悪い視線と空間。
「は、初めまして。相原 雫です」
重い沈黙に耐え切れず、仕方ないからとりあえず挨拶しながら頭を下げた。
それでも神様は相変わらず黙ったまま。
やがて、その表情から徐々に希望の灯りが消え去っていく。
「そんな…アグア…アグア…」
呆けたように呟く神様の両目に、透明の涙がこんもり盛り上がる。
え? っと思う間もなく、なんと神様はその場で盛大に泣き始めた。
「あぁ! アグア! 私の愛しい君よーーっ!」
…ちょっとぉ!? 転んだと思ったら次は泣き出したわよ!? この神様!
あたしは完全に脱力しながら、大泣きする神様を唖然と眺めていた。
誰が言ったんだっけ? 神様に会ったら、あたしの今後の身の振り方を相談しようって。
悪いけどその案は遠慮させてもらうわ。
お先真っ暗で八方手詰まりの状況だけど、この神様にだけは相談する気はまったくない。
なんのご利益も無いばかりか、余計ドツボに嵌りそうだもの。
祟られる。ぜったい。
「どーすんのよこれ」
あたしは少々恨みの篭もった声で風の精霊に囁いた。
「力の弱った神様って、みんなこんな感じなの?」
「いや。モネグロスは元々こういう感じの神だ」
「元々?」
あ、泣きすぎてむせてる。
あ、また吐きそうになってる。
…元々こんな? はあぁ……。
あたしは大きな溜め息をついた。
あんまりにも目の前の神様が情けなさ過ぎるんだもの。
出来の悪い、うちの末弟みたいだわ。仕方ないわね。
咳き込みながらしゃくり上げる神様の背中を摩りながら、あたしは優しく声をかけた。
「とりあえず、向こうのイスに座って休みましょう?」
「うぅ、ゲホッ。うっう」
「ね、そうしましょう。ほら風の精霊、あんたも手伝って」
「あ、ああ」
あたしと風の精霊は神様に肩を貸し、その体を持ち上げた。
神様はずっと泣き続け、支えてもらわなければ一歩も進めない。
ほとんど引きずるようにしてイスまで運んだ。
お、重いわねまったくもう! 少しは自分の力で歩いてよ!
あたしは非力な人間の女性なんですからね!
神様はイスに座り、息を整え、なんとか落ち着いてくれたようだった。
ふうっ、やっと泣き止んでくれたわ。これで少しは会話が進みそうね。
神様は泣き腫らした目を向けて、ようやくあたしに向かってまともに話し始めた。
「世話をかけましたね、人間よ。私の名はモネグロス。砂漠の神です」
「はぁ。神様ですか」
やっぱりホントに神様なのか。
ひょっとしたら何かの間違いかとも思ったんだけれど。
こんな醜態さらした後で、自分で断言するんだから多分本当に神様なんでしょ。
「人間よ。名は雫というのですか?」
「はい。そうです」
「雫…。滴る水の…」
神様の目が急にぼんやりと霞んだ。そして何かを探すように遠い目になる。
「水。アグア……」
クマの浮いた両目に、またぞろ涙がこんもり盛り上がる。
「アグア! 愛しい君ーー!!」
と叫ぶなり、再び盛大に泣き出した。
やっと泣き止んだと思ったら、また振り出しか!
「もういい加減にしてよ!!」
さすがにキレてあたしは叫んだ。
いくら何でもみっともなさ過ぎない!? 衰弱してるとはいえ、仮にも神様でしょ!?
いい!? 泣きたいのはこっちの方なのよ!
婚約破棄したうえ、異世界トリップして、水の精霊の力を継承しちゃったのよ!?
神にも縋りたい心境だってのに、その頼みの綱の神様が、泣くわ転ぶわ咳き込むわ!
こっちは泣くにも泣けないわよ! 神様なら神様らしく、迷った人間を救ったらどうなの!?
「だいたいさっきから何!? アグアアグアって誰なのよ!?」
「アグアは水の精霊。モネグロスの魂の片割れだ」
こめかみに青筋立てて怒鳴るあたしに、風の精霊が静かに答えた。
…魂の、片割れ?
「本来、精霊に個別の名は無い。モネグロスが与えたんだ。永遠の愛の証として」
「永遠の愛?」
「ふたりは心の底から深く愛し合っていたのさ。強く」
「……」
「砂漠にとって、水がどれほど大切か分かるか?」
あたしは頷いた。
水は砂漠において、絶対に必要不可欠なもの。それが無ければ生きてはいけない。
決して、生きては…。
「モネグロスとアグアは、お互いが正にそんな存在だった。この砂漠の神殿は、かつてそれは美しい場所だったんだ」




