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(6)

 良い両親、か。

 でも傷付いたあたしの気持ちより、自分達の憤りや世間体の悪さばかりを気にしていた。

 親のくせに、何も理解してくれていなかった。


 理解? たとえ同じ種族同士でも、理解し合うのは難しい…?


「さあ、行くぞ。神殿へ」

 暗く巡るあたしの思考を風の精霊の声が遮った。

「急ぐぞ。早く砂漠の神に会わなければ」


 あぁ、そうね。そうだわ。とにかく今はそれが最優先。

 コイツもそんな性悪でもなさそうだし。あれこれ悪い事を考えるよりも、まずは希望を持って前に進むのが肝心よね。


「ほら急げ。半人間」

「……」

「あぁ違った。えぇと、一滴?」

「……」

「違ったか? なんだったか?」


 こいつ…。


 もしかしてペキニーズ以下か!? やっぱり思いっきり無礼千万じゃないの!


「雫よ! しずく!!」

「そうだった。行くぞ雫。虹に乗れ」

「に…! じに、乗れぇ?」


 どうやって乗るのよ? 虹なんかに。そんなメルヘンな事をごく当たり前に言わないでよ。

 一般常識に凝り固まった大人の頭じゃ、ついていくのがやっとなんだから。


「深く考えるなよ。ただ乗ればいいんだ」


 風の精霊はじれったそうにあたしの腕を掴んで前に進んだ。

 うわ、うわ、精霊に腕を掴まれたっ。


 ドンッと押されて、あたしの体が虹の滝に接触する。

 こんな至近距離で虹を見るなんて初めてだわ。しかも、虹に触れてるなんて。

 うろたえるあたしの体が、虹の中でふわりと軽く浮き上がる。

 虹自体はまるで煙のように頼りない存在感なのに、確かに感じるこの感触は浮力。水圧と浮力だ。


 あたしは虹の中から片手を出して眺めてみた。

 やっぱりまったく濡れてない。水の中に入っている感覚そのものなのに。どうなっているんだろう?


 ―― ゆらり

 虹の中で体が揺れた。


 …え?


 見えない力に引っ張られるように、あたしの体が問答無用で上へ向かって虹の中を移動する。


 え? え? え!?


 サアァッと風を切るような勢いで、あたしは虹の橋を流されていった。

 あっという間も無く、どんどん空に近づいて行く。


 ええぇ!? 虹のジェットコースター!? 虹のウォータースライダー!?

 うわあ!? あたし、本当に虹の橋を渡っている!

 てか、流されてる! 空を、空中を流されてるーーー!!


「きゃあ! きゃあぁー!?」

「騒ぐな、うるさい」


 隣で一緒に流されている風の精霊が、うんざりしたように言った。


「だって怖いーー! きゃああ!」

「何が怖いんだよ。飛んでるだけだろ?」

「だから怖いのよ! 普通は人間って空は飛ばないもんなのよ!」

「はあ。これだから人間ってのはまったく」

「きゃぁあ! 落ちる! きゃああ!」

「落ちないから騒ぐな! 半人間!」


 結構なスピードに髪の毛が巻き上げられ、視界が遮られてしまう。

 両手で髪を押さえつつ、あたしは地上を見下ろした。

 黄色い砂の大地が、ずいぶんと下に見える。

 果てなく輝く滑らかな砂丘の美しさに、思わず叫ぶのを忘れて見入ってしまった。


「多少時間はかかるが、これで無事に神殿へ行けるはずだ」


 風の精霊が虹の彼方を眺めたけれど、その果ては見えない。

 遥かに続く砂漠の先へと、虹の橋も伸びている。


 砂漠の神殿。砂漠の神。

 そこへ行く事によって何が起きるんだろう。

 この精霊達の目的は何なんだろう。

 一際厳しい表情の精霊を見ながら、あたしの胸は不安に渦巻く。


 あたしは無事に元の世界へ帰れるんだろうか。

 問題を抱えているらしいこの世界から。狂った王が治める世界から。

 力の衰えた神に会ったところで、事態は好転するんだろうか。


 あたしは愛を失い、世界を見限った。

 命を捨てようとした時、別の世界の扉が開いてしまった。


 その世界であたしは、今度は生き延びようとしている。再び元の世界へ帰りたいと望んでいる。


 元の世界の人間達に対して、絶望している気持ちは今も変わらない。

 だからといって『じゃあ好都合。こっちの世界に骨を埋めよう』とは簡単には思えない。

 見知らぬ異世界よりもやっぱり元の世界に戻りたい。それに、戻ってあの二人に目にもの見せてやりたい。


 望むあたしに、この世界は何をもたらすのだろう。

 この出会いは何を意味するんだろう。

 あたしの人生は、これからどうなっていくんだろう。


 双子の太陽。

 輝く月と星々。

 体を包み込む虹の橋。

 果てなく続く砂の大地。


 美しい銀色の精霊。

 我が身の中の、水の力。


 全ての有りえない現実に戸惑いながら、あたしはひたすら、七色の光りの中をただ流されていくだけだった。


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