(5)
自分の内部の変化にあたしは目を見開き、体内の躍動感に思わず息を呑んだ。
あぁ、あたしはこんなにもざわめいて、そして波打っている。
ああぁ。
あたしは……。
突然、彼方の天上の虹から七色の光が、まるで湧き水のように噴き出した。
光は渦を巻き、あたしの内部の躍動に応えるかのように凄まじい勢いで一直線にこちらへ向かって来る。
―― ドオォォォ!!!
激しい水音と共に、七色の光が一気にあたしの足元に降り立った。
あたしは思わず逃げ腰になって後ずさる。
滝つぼに落ちる水煙のように虹の光が拡散して、周囲の空気が薄く色づいた。
そしてそれは、黄色い砂の大地にみるみる飲み込まれていく。
立ち上る砂煙と眩しい輝きが、ようやく収まって視界が開けてくる。
呆然と見上げるあたしの目に映るのは…
虹の滝の架け橋。
遥か砂漠の彼方に向かって緩やかに弧を描く、七色の鮮やかな虹の架け橋だ。
成功、した? 虹の滝が、あたしの願いを聞き届けてくれたの?
嬉しい。というよりも、とにかく驚愕してしまって。
息して立ってるだけで精一杯。
成功しちゃって、逆にどうすればいいのか分からない。
やっぱりあたしの中には、水の精霊の力が宿っているんだわ。
自分の中の得体の知れない力を、あたしはようやく実感する。そして微かな恐怖を感じた。
あたし、これからいったいどうなってしまうの?
無事に元の世界に帰れたとして、この力はどうなるの?
あたしは一生このままなの?
不安に慄くあたしの気持ちを知りもせず、風の精霊が暢気に話しかけてくる。
「やれば出来るじゃないか、半人間」
「……」
「ぼやっとするな半人間。さあ、虹の橋を渡るぞ」
「……」
「どうした? 半人間」
「…ちょっと、あんた」
「なんだ半人間」
「その半人間っていうの、やめてくれない!?」
その言葉、今のあたしには辛すぎるの。
あんたがどんなつもりで言ってるのか知らないけど、本っ気でやめて欲しい。
理解して欲しいとか、思い遣って欲しいとか、そんな高度な人間的感情を期待してはいないわ。あんたなんかに。
ただあんたも仮にも知的生命体なら、最低限の配慮ぐらいはしてちょうだい。
せめて名前で呼んで。
「あたしには、相原 雫って名前があるのよ」
「あぁ、そういえば人間には、それぞれ個別の呼び名があるそうだな」
「え?」
そりゃあるわよ。当然でしょ?
「あれだけの個体数に個別の名か。膨大だな。理解出来ない」
「そういえば、あんたの名前はなんていうの?」
「風の精霊」
「そうじゃなくって、あんた個人の名前よ」
「オレ達精霊に、そんな概念は無い。オレ以外にもたくさん風の精霊がいるが、皆、『風の精霊』さ」
へぇ、そうなんだ。精霊達には、それぞれの名前が無いんだ。
それじゃひょっとして、あたしを半人間呼ばわりするのも悪意からじゃないのかしら?
概念が無いんじゃ、『おい、人間』って呼ぶのも無理ないかも。
それにしても自分の名前が無いなんて。
「それって不便だし、なんか寂しくない?」
「それの何が寂しいんだ? まったく人間の感性は理解できないな」
「ほんとね。お互いに」
異世界に住む、別の種族同士。まったく文化も生活体系も違う生き物。
自分側の尺度だけで、相手を無礼だと決め付けるのは良くないのかも。
同じ地球の生物同士だって、理解し合うのは難しい。
ロクな理由も無いのに、毎朝あたしに吠え立ててくる近所のペキニーズ。
あれは確かに、生涯理解し合えない存在だけど。
ペキニーズと同類に扱ったら、失礼よねやっぱり。
幸い言葉は通じるみたいだし、話し合って歩み寄る姿勢を見せた方が良いのかも。
「雫ってのは、滴り落ちる水滴の事か?」
「え? あぁ、そうよ。両親がつけてくれたの」
「両親。水滴か」
「可愛い名前でしょ? 気に入っているの」
あぁ、そんな事言っても分からないか。名前の概念が無いんじゃね。
「そうだな。良い意味だと思う」
「え?」
「乾いた大地に落ちる、最初の一滴。そんな勇気と意味のある存在になって欲しいと願ったんだろう」
「……」
「図らずも、お前はその通りになったな。良い両親だ」
風の精霊が笑った。
初めて見せる笑顔は、ふわりと包み込む風のような爽やかな笑顔だった。




