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 風の精霊は無言のまま突っ立っている。

 なんだか、あたしの言葉が予想以上に衝撃的だったらしい。

 実体化を解けないって、そんなに驚くような事なの?

 ひょっとしたらこっちの世界じゃ、誰にでも簡単にできる事なのかしら?


 あたしは試しに、ちょっと解いてみる事にした。


 …ふんっ!

 ……フン~~ッッ!!

 あぁ、やっぱりダメだわ。


「やっぱり無理みたい」

「嘘だろおぉ!? 人間って実体化も解けない生き物なのか!!?」


 驚愕そのものの表情で、風の精霊が自分の髪を掻き毟った。


「し、信じられない! そんなんでどうするんだよ一体!?」

「いや、どうするもこうするも」


 解かなくても、今まで生きていくのに支障は無かったもの。別に。

 っていうか、解けちゃった方が問題があると思うんだけど。


「飛ばずにどうやって神殿まで行くんだよ!?」

「え? い、行けないの?」

「行けるわけが無いだろう!?」

「知らないわよそんなの!」

「ああぁぁぁ、まったく本当に人間って生き物は!」

「愚痴ってないで、何か方法を考えてよ!」


 ここで、こんな性悪な精霊と一緒に乾物になるなんて嫌よ! なんとかして!


 呻きながら頭を抱えた精霊が、ふと天上を見上げた。

 途端に、その銀の両目に希望の灯りがともる。


「よし! 行ける!」

「ほんと!? どうやって!?」

「虹の滝を利用するんだ。あれを見ろ」


 風の精霊の指さす方角に、昼と夜の空を分断する虹の滝があった。


「お前の力で、あの滝を神殿までの架け橋にするんだ」


 虹の架け橋。

 あの虹も滝なんだから、当然水の仲間だ。ならあたしの力で何とかなるの?

 でも……


「どうやって?」

「…あ?」

「何をどうしてどうやれば、精霊の力って使えるの?」

「……」

「だから、あたしは生まれた時からずっと人間一筋だったんだってば!」


 ひくひく表情を歪ませている風の精霊に、あたしは必死で弁解した。

 いきなり精霊の力を使えって言われても困るわよ!

 あたし、こう見えて不器用なのよ! 新製品のコピー機だって、慣れて使いこなすまでには時間がかかるのに!

 水の力よ!? 精霊の力! 簡単に使いこなせるわけないでしょ!


「オレ達にとって、力を使うってのは普通に生きている事と同じ事なんだ」


 風の精霊は、片手で顔を覆いながら声を振り絞る。


「どうやって生きているのか? って質問と同じなんだよそれは。聞かれても答えようが無い」


 え…えぇっとぉ……。


 あたしも片手で口元を覆いつつ、冷静になろうと努めた。

 落ち着け落ち着け。ここで絶望しても無意味だわ。えぇ、絶望からは何も生まれない。

 生まれないどころか、余計に異世界とかに飛ばされちゃって事態は悪化するだけよ。

 もーいや。そんなのゴメンだわ。


 滝。水の力。精霊。仲間。

 そう、今のあたしは水の精霊の力を持っている。だから水の仲間はあたしの身内みたいなもの。


 だったら、心を込めてお願いすれば聞き届けてくれるかも?


 そうよ、困ってるお友達の真剣な願いなら、きっと聞いてくれる。

 なんだか幼児向け教育番組みたいな発想でちょっと頼りないけど。

 なにはともあれ、まずはチャレンジしてみよう!


 あたしはパンパンと勢い良く両手を合わせて、かしわ手を打った。

 訝しげな精霊の視線を感じつつ、目を瞑る。そして一心に祈り始めた。


 お願い、助けて。今、あたし達は命の危機にさらされているの。

 どうか助けて。お願いだから力を貸してください。


 懸命にあたしは祈る。

 頭の中は、その事で一杯。

 砂漠に吹く風も、命を削り取る熱気も、精霊の銀色の視線も、もはや何も感じない。


 助けて欲しい。助かりたい。ただそれだけ。

 ひたすらに一途に、救われる事だけを望んだ。


 水。水の仲間。助けて。

 助けてお願い。助かりたいの。


 死にたくない。助かりたい。

 生きたい、生きたい、生きたい。


 あたしは、生きたい……。


 ―― ピチョン・・・


 水滴が、ひと雫、落ちた。


 何処に?


 その疑問の答えを知る間もなく…


 ―― ザアァァァ!


 波紋が体中に走り、全身に潮が満ちる。

 あぁ、波紋が、波が、潮騒が。

 細胞が、血が、全ての水が…


 反応し、呼応している。

 呼び合い、手を取り合い、次々と目覚めていく。


 踊るように、息づくように。

 これはまさに、躍動。


 生命の躍動だ。


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