第15話・つまり実験ってのは失敗するためにやるってことだ
失敗は成功の母
そしてアイディアはめんどくさがることから生み出されます
「ふ〜、ちょっと休憩だな」
炭鉱地下2階。
安全地帯と呼ばれるモンスターが再出現を絶対に起こさない場所で、トライは休憩するために近くの盛り上がった土に腰かけた。
「戦利品とステータスの確認は小まめにしましょう。
了解しましたシャイン先生っとな〜」
リアルでもちょいちょい受けていたアドバイスに従い、メニュー画面を開く。
まず視界に入ったのは時間だった。
「もう1時間ってとこか、そろそろ連絡来んだろうな。
……せっかくだし鍛治でもしてみるかねぇ」
戦闘中に会話ができるほど器用なわけではない、と自分でわかっているので、いつでも中断できるような作業をすることにした。
どうせ大量の素材を入手しているのだろうから、いい暇潰しになるだろうとも思っての選択だ。
「まずステータスからか……ダメージはねぇな」
トライは装甲値のおかげで全くダメージを負っていない。
結構な頻度で当たってはいたのだが、聞きなれた音が自分から響くだけで、敵のツルハシが本来の役目である「岩を砕く」という能力を発揮することは無かった。
「耐久は武器も防具もほとんど減ってねぇな。
修理する必要はなさそうだ」
耐久度は相手の装甲値との差によって減少する量が変化する。
相手の装甲値を下回っている状態が最も大きく減少し、トライが相手をしていたゴブリンディガーのように最初から装甲値が無かったかのような相手だとほとんど減少しない。
もちろん防具も同様である。
「うし、んじゃアイテム確認だ」
アイテム欄を開けば、そこには大量の鉄があった。
「鉄鉱石に鉄、ダマスカス鉱? あとは壊れたツルハシばっかだな。
さっそくやってみっか」
鍛治アイテムを確認し、鍛治スキルを起動させるためにメニュー画面を呼び出す。
さっそく武器を作ろうとして、しかし先日と違うアイコンがあることに気づいた。
「鉄精製?
んー、鉄鉱石5個で鉄1個作る、か。
まずこれからだな」
スキルを起動させ、大量にあった鉄鉱石を鉄へと変換していく。
派手なエフェクトは特になく、アイテム欄で鉄鉱石が光って鉄のアイコンに移動して重なり、鉄鉱石の個数が5個減って鉄が1個増えただけという淋しいものだった。
「めんどくなってきた、『まとめて』できりゃいいんだがな……」
呟いた次の瞬間、まだ50個以上あったはずの鉄鉱石が一瞬で鉄へと変換された。
「お、なんだよ出来んじゃねぇか」
これは音声コマンドの一種で、生産系スキルではよく使われる手段である。
スキルを起動させた状態で、数などを指定することで指定した分だけ生産することが可能になるものだ。
素材の数が足りていなければスキル失敗となるが、素材が減ったりはしない。
トライが言った『まとめて』という言葉の他に、『可能な限り』『全部』といった言葉でも反応するが、内容は全て同じで可能な限り生産する、というコマンドになる。
「鉄の数がパねぇ、一個づつ生産してたらキリがねぇな」
アイテム欄にある大量の鉄を見て、さすがに萎えるトライ。
ここは再びまとめて生産だと決め、さっそくやってみる。
「スキル起動っと、えーっと両手剣のツーハンドソードしか作れねぇ……まぁいいか、『まとめて』作成っと」
鉄鉱石が鉄に変わった時と同様のエフェクトがアイテム欄の中で発生し、トライのアイテム欄を剣が埋め尽くす。
歪んだツーハンドソード
歪んだツーハンドソード
歪んだツーハンドソード
歪んだツーハンドソード
歪んだツーハンドソード
歪んだツーハンドソード
歪んだツーハンドソード
歪んだツーハンドソード
ツーハンドソード
歪んだツーハンドソード
・
・
・
「なんだこの失敗率の高さOTZ」
結果、9割が失敗した。
鉄1つからツーハンドソード1つが作れるという質量を完全に無視した作成のせいで、アイテム欄は歪んだツーハンドソードが埋め尽くしている。
ちなみに鉄1つのアイコンを見る限り、短剣一本分あるかないか程度の量にしか見えない。
「まともな鍛冶はしばらく無理そうだなこりゃ」
FGにおいて、武器製作の敷居は意外と高い。
といってもそれは低レベルの話であり、最初のうちは鍛冶が成功することなどほとんどない。
鍛冶スキルのレベルが上昇し、ある程度の鍛冶用アイテムを揃えてからでないとまず成功することはない。
失敗しても熟練度は上昇していき、他のスキルと違って熟練度をあげることでしかレベルがあがらないという仕様のため、結果的に大量の失敗を繰り返すことが武器作成の近道なのである。
「……お? なにげにレベル上がってる?」
100個近い武器作成を行ったので、鍛冶の熟練度は結構なあがり方をしていた。
レベルが上昇するのは当たり前と言えば当たり前の現象である。
「おぉ、一気に7もあがってんな」
ちなみにトライはこの時点で鍛冶レベル17である。
フィーネルイベントを達成することで自動的に鍛冶レベルは10まで上昇するので、今上がった分を含めて17になる。
参考に言っておくと、この数字はかなり低い。
生産専門プレイヤーなら同レベルで50以上になっているのが普通だ。
武器作成も失敗より成功したほうが熟練度の上昇が大きいので、仲間から生産用アイテムを譲ってもらったりしたプレイヤーなら結構な速度でレベルが上昇するというのも理由の1つだ。
「連絡来るまでもうちっとやっておくかねぇ、ちょっと楽しくなってきちまったし」
武器に限らず、生産系というのは不思議な魅力がある。
誰に使ってもらうというわけでもないが、凄いものを生み出したという達成感と、それを得たいという気持ちが人の心を動かすときがある。
トライもその魅力に惹きつけられてしまったようだった。
「……とはいえ、邪魔だなこの大量の失敗作」
しかしアイテム欄をいっぱいに埋め尽くす大量の歪んだツーハンドソードがその気持ちを萎えさせる。
この勢いで生産していったらアイテム欄を気軽に開けなくなりそうだ。
ちなみにこれは売っても二束三文にしかならないことは、先日確認済みだ。
鉄をそのままNPCに売るより安い。
「なんかに使えねぇかな……
そうだ、スキル見よう」
そうだ、京都行こうみたいなノリで言うトライ。
「スキル欄っと」
スキル欄にあるのは相変わらず膨大な量のスキルの数々。
新しいタブが追加されており、転職して追加されたスキルだという説明が一度だけ表示された。
「どうせ俺が見たってわかんねぇってな、シャインに見せるのが一番だ……が、一応見てみるか」
昨日の段階では時間が時間だったこともあり、スキル取得は今日三人で相談しながら取得しようということになっていた。
結果として、トライが転職後にスキル欄を開くのはこれが初めてとなる。
スキル欄には本当にたくさんの種類がある。
純粋に高威力の攻撃をするもの、範囲攻撃をするもの、遠距離攻撃用。
もちろん攻撃スキルだけではない。
自身の攻撃力をあげるもの、防御力、速度、逆に相手の能力を下げるもの。
特殊なもので感覚(主に痛覚)がなくなるものや、死ぬほどの攻撃を食らってもHP1で生き残るものなどもあった。
「こりゃキリねぇな……頭痛くなってきたぜ」
1つ1つ見ていったらそれだけで1時間は使えそうなほどの量に、トライは早々に説明を読むのを諦めた。
スキル名だけを見ていき、よさげなものの説明だけを読んでいくことに決める。
が、スキル名だけでは正直何がなんだかよくわからないもののほうが多かった。
しかしそんな状況も長く続けられることはない。
「ん?」
「ギャ?」
トライから見て正面の通路、暗がりの向こうからゴブリンディガーが現れる。
安全地帯は再出現こそしないが、逆に言えばただそれだけである。
誰かが逃げたのを追ってくれば普通にエリア内に入るし、たまたま近くに再出現したモンスターが普通に歩いてくることもある。
前者の場合ならともかく、後者の場合であればいい実験台にできるので、そういう意味でも安全地帯は重宝されていたりする。
「……近寄るのめんどくせぇ」
が、トライの位置からすると若干距離があったため、彼の感想はまずそれだった。
しかしばっちり目があってしまっているため、やり過ごすことはできない。
だるそうにして立ち上がるトライには、戦意の欠片も感じることはできなかった。
「遠距離攻撃できりゃあな……そういや武器って投げられねぇかな?」
ふと思いつき、さっそく実行してみる。
アイテム欄から今しがた作ったばかりの歪んだツーハンドソードを取り出し、愛剣を左手に持って右手で失敗作を持つ。
「ものは試しっとな、よおおおいしょおおぉぉ!」
ブーメランを投げる要領で、地面と水平に構えた歪んだツーハンドソード……つまり失敗作を横回転するようにぶん投げる。
失敗作は狙いたがわずゴブリンへと向かっていき、あと少しで正面衝突というところで。
「あ゛?」
光の粒子となって消えた。
その粒子はすぐにトライの元へと戻ってきて、トライの腰あたりに最初から装着されている小さな袋に入っていく。
「……?」
さすがに不思議な現象であったため、アイテム欄を開いてみる。
「……戻ってきてる?」
アイテム所有権というシステムによって、投げた失敗作は戻ってきてしまっていた。
このシステムは簡単に言えば、誰がどのアイテムの所持者か?というものを明確にしたものである。
アイテムには全て所有権が設定されており、これは正式なトレード以外で譲渡することが不可能になっている。
例えば今のトライのように、アイテムを遠くに投げても、所有者から一定距離を離れると自動的にアイテム欄に戻るようになっている。
例えばアイテムをどこかに置いたまま一定時間が経過しても、これも同様にアイテム欄に戻る。
つまりアイテム欄からアイテムを具現化しても、誰かがそれを盗むという行為が不可能になっているのだ。
正規の方法で「使用」「売買」「トレード」「捨てる」以外でアイテムがロストすることが無い、ということになっているので、プレイヤーには概ね好評なシステムだった。
ちなみにメニュー画面から「装備」しているわけではないので、歪んだツーハンドソードには攻撃判定が存在していない、このまま使ってもただぶつかるだけで攻撃としての意味は何もない状態である。(一応行動妨害としては使える)
どちらにしてもこの方法でゴブリンを倒すことは不可能であったわけだが……
「勢いが足りなかったんだな!」
トライはそんなことを考えもしない
「どらしゃああぁぁ!!!」
再び失敗作を投げる、今度は両手を使って。
しかし当然のごとく、同様にしてゴブリンの手前で消滅した。
「どんだけ勢いが必要なんだよ!?」
そこじゃない、と教えてくれる親切なプレイヤーがいればよかったのであろうが、残念ながら今のトライの周りには誰もいない。
「もういい! 直接やったるわボケェ!」
誰に対してキレているのかわからないが、その理不尽な怒りをぶつけられるゴブリン。
ゴブリンはかわいそうなまでにあっさりと一撃で倒されてしまったのだった。
――――――――――
ピリリリリリ、ピリリリリリ
携帯の着信音のようなものが耳に聞こえ、通信が入ってきたことを知らせる。
「おう、ログインしたのか」
『今回は遊ばないんだな』
「ネタが思いつかなかった」
『やっても無視したけどな、神父さんに聞いたが炭鉱に行ってるんだって?』
「ああ、暇つぶししてた、今から戻るわ」
『いや、そのままいてくれ、今日は炭鉱に行こうと思ってたんだ』
「そうなんか、んじゃ地下1階の安全地帯にいるぜ」
『了解、20分くらいで着くはずだ』
「あいよ、あ、ちょっと聞きてぇんだがいいか?」
『ん?なんか見つけたか?』
「いや、武器って投げられねぇのかなと思ってよ。
投げたら消えちまうんだよな」
どうやらトライは武器投げを諦めていなかったようである。
本人としては作成した武器の有効活用をしたいだけなのかもしれないが。
『あぁ、普通に投げると所有権システムで戻ってきちゃうね。
ソードマンに転職したならシュートってスキルがあるはずだけど、それ取得すれば投げられるよ』
「まじか!」
『死にスキルって話だからお勧めはしないけどね』
「え?w」
『え?』
「とっちゃった☆」
『死ねばいいと思う』
「ひでぇ!? ま、まだ1ポイントだけだし!」
『……いや待て、どうせだから魔力操作ってスキルもあるから、それもとって使ってみて』
「あん? 魔力操作?
魔法なんて使わねぇのになんでそんなもんとるんだ?」
『魔力操作は魔法関係のスキルじゃないんだ。
魔力を使って色んな物を動かすスキルで、単体だとほとんど意味ないけど組み合わせると色々便利ってヤツ。
シュートと組み合わせればある程度狙ったとこに投げられるようになったはず』
「まじか、消える魔球か」
『いや消えないし。
どうせ武器作成の再利用だろ?
攻撃スキルまだとってないだろうから、他にMP使わないんだし有効活用できるよ』
「いいのかよ? スキルポイントは貴重なんだろ?」
自分のことを棚にあげてみたトライであった。
しかしシャインはちゃんと考えた上での発言であることを次の言葉で説明した。
『いや、トライのSTRだったらいい手段かもしれない。
転職後なら一回だけスキルをリセットできる方法があるから、試しに1ずつ取得して実験してみてよ』
「ほうほう、そういうことならやってみっか。
んじゃお前らが来たころには話できるくれーに実験しとくわ」
『頼んだ、じゃあ20分後に』
「おう、あとでな」
通信を切り、さっそくトライはスキル欄から言われたスキルを探し始める。
「シュートと魔力操作ね……取得っと」
言われた通りに1つずつ取得し、実験する前に詳しい説明を見てみる。
普通は取得する前に見るものなのだが、トライはバカなので仕方ない。
シュート
アイテム欄のアイテムを1つ投げる、投げた効果はアイテムの種類によって変化する。
投げられたアイテムは必ず消滅する。(この効果は壊れない効果を持つアイテムでも消滅する)
魔力操作
MPを消費して物を動かす。
「説明漠然としすぎじゃねぇ?」
ちょっとだけ補足情報
鍛冶レベルの最大値は1000
経験値=熟練度
スキルレベルが上がると作れる武器の種類が増え、成功率もあがっていきます
作れる種類と作れるようになるレベルは武器によって違います
※2012/8/28
メタ発言を修正
「そうだ京都行こう」付近を修正
失敗作を投げる付近を修正
「そこじゃない」付近を修正
※2012/9/5
文章を全体的に修正、内容には変化なし




