44 二戦目の観戦
二戦目は魔法騎士団の選抜チームと魔法兵団の選抜チームの戦い。
定番の対決ではあるが、出場者が毎回変更になることもあって、勝敗数は拮抗している。
魔法騎士団では属性のエキスパート・魔力が豊富な者・貴族を優先して採用する傾向がある。
そのため、複数属性を広く浅くカバーする者・少ない魔力を節約使用するような技巧派・面倒な身分のしがらみを嫌がる者は魔法兵団を選択して入団する。
だが、広範囲や遠距離の技能に優れているかどうかもポイントになる。
魔法兵団は広範囲戦闘を視野に入れているためにそれらを優遇するが、魔法騎士団にはそれがない。
範囲魔法や範囲攻撃が得意な者は魔法兵団の方が活躍できる。
それはより出世できるということだ。
「魔法騎士は一芸に秀でている者が多く、魔法兵は器用貧乏と言われます。ですが、上の方だけを見ると魔法騎士は特異特化型、魔法兵はオールラウンダー型が多めです」
「どちらも強そうだ」
ルフの知り合いは極めて少ないが、魔法騎士団の選抜チームの三人には見覚えがあった。
パーティーで紹介して貰った魔法騎士の三人。
グウィン、トレフェ、イエルだ。
「認識しやすい者で良かったです。あの三人はよく組みます」
グウィンとトレフェは魔法学校時代においてはライバル、騎士学校で親友兼戦友になった。
風使いと土使い。攻撃と防御をそれぞれ担当することが多い。
「一般的に反属性同士のペアはうまくいかないと思われますが、互いの不得意属性を補えます。風と土の場合は先ほどの砂塵のように連携して力を発揮することもできます」
「なるほど」
「イエルは水使いです」
水は土と同じく地味な印象を持つ者が多いが、上位者の実力は相当だ。
「天才型でトリッキー。魔法学校時代はヴェラと組んでいました」
学生時代のヴェラは風属性の魔法が得意で、突出した実力者だった。
そのせいで練習相手が限られてしまい、水属性の魔法を得意としていたイエルと組むことが多かった。
「トリッキーというのは何だ?」
「非常識ってこと」
「常識や教本通りには動きません。予想外のことをして相手を出し抜こうとするタイプです」
「いたずらと罠魔法が大好きよ」
「なんとなくわかった」
「魔法兵団の方ですが、一人は見たことがあるはずです」
ワイアットだった。
「風・土・水を揃えるためでしょうけれど、意外な人選ね。技師でしょう?」
「調べておいて良かったです」
ワイアットは王都を騒がせた毒事件の際に面識が出来た。
スノウを治癒の聖女だと認識できるほどには知っている。
守秘義務の関係からジークフリードの方で詳しく調べており、その内容をゼノンも特別に見せて貰っていた。
通常の兵士とは違って技師は戦闘訓練をしないことから、調書が入団時の情報のまま止まってしまう。
そのせいで古い情報ではあるが、強属性は水のみ。他の属性はたしなみ程度。典型的な水使いの範疇という内容だった。
魔力は豊富だが、真面目な性格のせいか節約志向の技巧派。戦闘は苦手。学校時代はもっぱら補助役。専門は魔法工学で、技術部に籍を置いている。
戦争では後方部隊に配属。前線の方から飛んできた魔法弾の直撃を受けたが、豊富な魔力を背景にした魔法防御力と魔法耐性があり。スノウが素早く治療をしたために一命を取り留めた。
魔法兵団の風使いと土使いは有名人で特化型。ワイアットは後方支援だろうと思われた。
「なぜこのような催しに出場したのかが気になります」
魔法兵団は魔法騎士団よりも圧倒的に人数が多いだけでなく、各属性層も厚い。
水属性の使い手は全体的な割合を見ても多い方。
ワイアット以上の使い手が多くいる上に戦闘を専門とはしていない技師。
なぜ選ばれたのかと思うに決まっていた。
「情報が出ていないだけで、かなりの実力者かもしれません。あるいは表に出ない者だからこそ選ばれた可能性もあります」
「魔法兵団あるあるね」
魔法兵団は人数が多いからこそ、試合等で出場させる者を変えやすい。
だが、実力者を出場させると手の内を見せてしまうことになり、周辺国にもその情報が伝わってしまう。
そこで情報流出を考慮した上での人選をしているという噂があった。
「技師だけに何らかの技術を戦闘行為中に試したいのかもしれません」
「あー、それもあるあるね」
「それでは第二戦を開始します!」
「アピール開始!」
先にアピールタイムをするのは魔法騎士団。
まずは転移による配置移動。
「《土要塞》!」
土使いであるトレフェが陣地防御として要塞を出現させた。
「要塞か」
「手堅く来た」
「安定感がある」
続いて、
「《風来陣》!」
「《鏡水面》!」
グウィンが風、イエルが水で補強する。
手法としては混合チームが見せたものと同じ。
陣地防御についてはより堅牢ではあるものの、目新しさはない。
普通。無難。面白くない。
だが、
「この程度で十分だ。せいぜいアピールで稼ぐといい」
空中から見下ろすグウィンによる自信満々の挑発。
その効果は覿面だった。
「グウィンーーーー!!!」
「最高だぜーーーーー!!!」
「これぞ魔法騎士団!!!」
「余裕だーーーーー!!!」
魔法騎士達は嬉々として叫び、マッナコールが響き渡った。
当然、魔法兵団が黙っているわけがない。
「余裕ぶるのも今の内だ」
「後悔させてやる」
土使いと風使いは余裕の表情だ。
「ワイアット」
「見せてやれ」
ワイアットは無言で頷くと詠唱を隠すために口元を隠した。
「詠唱だ」
「珍しい」
「即動者じゃないってことか?」
魔法騎士団と魔法兵団の威信がぶつかり合うだけに、魔法を行使するために長々と詠唱をするような者は選ばれない。
無詠唱。発動言のみ。即時発動。
それが常識だ。
詠唱は決して悪いものではない。省けばいいわけでもない。
より正確で効果的な魔法を発動させるためのものであり、急激な魔力行使による負担や影響から自身を守るためのものである。
だが、詠唱する者は技能が低く未熟と思われてしまい、軽視されがちでもある。
初めて試合に出るような者だけに、魔法兵団側に不安げな表情が広がった。
だがしかし。
「《凶水草》」
魔法兵団の陣地のほとんどを占領するような四角い水槽が出現した。
水使いが陣地防御をするのは珍しい方ではあるが、水槽を造るのは定番。
特徴的なのは水槽内に水草が生えていることで、まさに水中にいるかのように揺らめいていた。
「水草?」
「魚ではないのですね」
グウィンとトレフェがそれぞれ呟く。
水槽は単純構造だけに造りやすいが、透明あるいは半透明だけに内部が目視できてしまう。
壁などで罠魔法や補助術式を隠すことができない。
そこで水生生物を配置する。
定位置のものは避けやすいため、大抵は魚を泳がせて警備や罠にするのだ。
「気になるなら入ってみればいい」
「後悔することになるがな」
風使いと土使いは魔法剣を発現させるとふわりと空中に浮いた。
「これで十分だ!」
「魔法兵団の実力を見せてやる!」
二人の剣が魔法騎士へと向けられた瞬間、後方から強烈な追い風が吹いた。
泣き叫ぶような風の声は威嚇か、それとも末路を予感させる悲鳴か。
向かい風を受けても魔法騎士の三人は動じない。
だが、見た目の勢いは魔法兵団にあった。
「うおおおーーーーーーー!!!」
「やってやれーーーーーー!!!」
「魔法兵団の実力を思い知らせろーーーー!!!」
「ぶっちぎりで余裕だーーーー!!!」
観客数も魔法兵団関係者が多い。
さきほどの魔法騎士団よりも大きな声援とマッソーコールが起きた。
「どれと戦う?」
「向こうに選ばせてあげましょう」
グウィンとトレフェも魔法剣を発現させた。
「イエル、注意しろ」
「助けません」
「了解」
二戦目が開始された。
一戦目のゲストチームと混合チームの対戦は魔法戦だったが、二戦目は完全な白兵戦。
グウィンは土使い、トレフェは風使いと対戦することになった。
互いに反属性。実力者。
その攻防は激しくも譲らない。
そうなると、残った水使いがどう動くかが重要な要素になる。
「どうしようかなあ」
ワイアットは自陣から動かないため、イエルも自陣で考えていた。
ワイアットとは対戦したこともなければ、面識さえない。
同じ属性でも多種多様。手の内がわからない。
水槽内で揺れ動く水草も気になっていた。
「お魚さんを泳がせたいなあ」
イエルは思いついた。
「偵察よろしく!」
イエルは水槽をめがけて水の塊を投げつけた。
ワイアットの立ち位置は水槽を壁代わりにするような後方。
距離があるせいか何もしない。
ボヨン。
イエルの予想通り、水槽は取り込み系。
塊の中に仕込んだ魚が水槽内で泳ぎ出した。
「水草は警備かな?」
予想通りだった。
水草が物凄いスピードで魚に向かった。
あっという間に魚は水草に捕らえられると消えた。
しかも、水草は捕食できたことを喜ぶかのように揺れ動き、泡を吐き出した。
「いかにも技師って感じだねえ」
急襲、吸収、循環。
敵が水槽内に侵入すると水草が伸びて急襲する。
捕縛した後は魔力を吸収。奪った魔力を泡として水槽内に出すことで循環させ、維持負担を抑える。
つまり、相手が陣地を奪いに来るのを待ち構えている。
巨大な水槽全てが警備であり罠だった。
普通であれば火か炎の魔法で攻撃。
凍らせる手もあるが、難易度が下がるとは限らない。
なぜなら、水草が魔力を吸収するタイプだからだ。
水槽にリンクしていると、水槽への魔法攻撃を全て取り込んで吸収してしまうかもしれない。
水草が下から生えているのを見ても、水槽とリンクしている可能性が高かった。
「じゃ、これは?」
もう一度、イエルは魚を仕込む。
同じ結果。
だが、魚の成分は同じではなかった。
毒を仕込んで草を枯らしてやろうと思ったが、できなかった。
毒対策で水に浄化効果を付与している可能性もあるが、イエルは別の可能性が濃厚だと感じた。
水草は猛毒性。毒が毒を制して効かない。もしかすると、水も同じ。
水槽をイエルだけでどうにかするのは難しそうだった。
「ということは、やるしかないってことか」
面倒だと思いながら、イエルは魔法剣を発動させた。
答えは単純。水槽ではなく使い手を攻撃すればいい。
「水対水でいいかなあ?」
イエルはワイアットとの直接対決を選択した。
三人の騎士と三人の兵士が一対一の勝負を繰り広げていた。
風と土の反属性対決が二つ。水と水という同属性対決が一つ。
どれも見たい。
だが、全てを見るのは難しい。どれか一つに絞らなければ見逃してしまう。
ルフはグウィンを見ていた。
もし魔法騎士団と戦うことになれば、ゼノンの相手は反属性であるトレフェが担当するはずだ。
そうなるとグウィンはルフかヴェラを狙う。
ヴェラは魔導士。白兵戦はできないため、ゼノンとルフでどこまでカバーできるかが重要になる。
ゼノンが反属性の二人組トレフェとグウィンの相手をし、ルフがイエルを相手にするのが理想的ではある。
だが、向こうがそれに応じるわけもない。
「……動きが速いな」
「普通です」
あまり速くすると観客に何も見えなくなってしまうため、多重結界が自動調整をかけてしまう。
どれほど魔法を重ね掛けしても、一定以上の効果よりも上にはならないのだ。
初動の調整は少ないが、時間が経つほど調整されていく。
白兵戦の場合は武器で戦っている場面を見せることが重要になる。
実戦ではなく観客へのアピール模擬戦だからこそ、見せる必要があるのだ。
「俺では相手にならない気がする」
「特別な情報を教えましょう」
ゼノンはルフに顔を寄せた。
「学生時代の話ですが、グウィンはスノウにプロポーズをしたことがあります」
「!!!」
驚愕するルフ。
逆側にいたヴェラもまたルフに顔を近づけた。
「速攻で断られたのよ」
ルフはどちらにしようか悩んだが、ニヤニヤ笑いが止まらないヴェラの方に視線を向けた。
「なぜ、知っている?」
「父親の嘆きが拡散されちゃったから」
魔法騎士団長の愛妻は寝たきり。自宅への出張魔法治療を希望していた。
だが、順番待ち。
治癒士を目指す修練生の治療練習であれば可能という話が来た。
そして、派遣されたのが聖女になる前のスノウ。
治療終了後、お礼を言われたスノウはグウィンの魔力がよどんでいるのが気になって診察。悪癌種を見つけ、即治療。
母親だけでなく自分にとっても命の恩人だとしてグウィンは感動し、スノウが成人したら結婚して欲しいと伝えた。
だが、スノウはただの修練だと言って断り、他の修練があることを理由に即神殿へと帰った。
まだ学生とはいえ、グウィンは身分・能力・容姿・財力全ての要素が揃っている。
将来は安泰。結婚したがる女性は数えきれない。
だというのに、スノウはあまりにも素っ気なく、完全な塩対応だった。
グウィンだけでなく愛息子を誇りに思っている父親の魔法騎士団長も茫然としたと言う。
気を取り直し、本気だと伝えるために神殿に縁談の話を持ち込んだ。
だが、神殿も塩対応だった。
スノウは未成年。
治療への感謝や治癒士の力を欲しがるゆえの結婚話は数えきれないほどある。
極めて優秀な者だけに、成人してすぐに結婚させる気はない。金銭による恩義短縮などありえない。
しっかりたっぷり恩義を返して貰うという神殿の本音までも披露され、縁談が成立しなかった。
「パーティーの時に聞きましたね? 抜け駆け禁止です。あれはグウィンが言い出しました」
神殿はスノウの恩義期間が終わるまでは手放さない。その間は婚約も結婚もできない。
スノウに告白しても無駄。好意を伝えても迷惑をかけるか距離を置かれるだけ。
そこで最低限の恩義返済期間が過ぎるまで、プロポーズは禁止ということになった。
「ルフはプロポーズしちゃったけどね。そのせいで協定者達はおかんむりってわけよ」
パーティーでの発言はプロポーズの抜け駆けをして俺達を怒らせるなよという警告だった。
だが、ルフは警告を無視してスノウにプロポーズした。
自分には関係ない、気づかなかったと言えばそれまでだが、協定者達のおかんむりは覆せない。
「相応の結果を出さなければなりません」
「実力でぶちのめしてやりなさいよ。手を貸すわ!」
ルフは深呼吸した。
「認めて貰えるよう頑張る」
「やる気が出たようで何より」
「今ここでそのことを言うゼノンが策士過ぎるわ」
ルフが直前に弱気になった時に備え、グウィンのプロポーズネタを事前に教えることなく取っておいた。
「ふと思い出しただけです」
「絶対に嘘!」
「嘘だな」
ヴェラとルフの気持ちは同じになった。




