第二章23 『Episode of Memory.The Renewal.2.5』
あっぶねぇ~っ!!ぎりぎりでした。クロの過去と真実を混ぜ合わせることに少し手間がかかってしまいました。
「――なぁ、クロ」
「――何だ?」
始まって間もなく起こされる記憶達。それがゆえに、どうしようもなさと同情と哀れみと、許し乞う自分が情けなっていく。
そんな今更の自己嫌悪を胸に――『真蒼黒竜』は思い出していく後悔にうんざりしていた。
「あの話をしよう」
「あの話?」
持ち出される会話は何となく予想がつくも、それは嫌な予感でしかなかった。
「クロの将来について」
「またか……」
何度、この話をすればよいのだろうと、つくづく思わされる。
――ただ、
「だって、お前の将来がすげぇ面白そうだし」
「人の人生設計を娯楽と化すのやめろ」
――これが最後だとは、思いもしなかった。
「んで、どうなんだ?」
「……いつも言っている通りだ」
「つまんねぇな」
「いや、面白味を感じられても困る」
平然と、それでいて、淡々と述べていく斗条。それが何とも言い難く思う。
「じゃあ、恋花をしよう」
「……それ、今までとあんま変わんなくないか?」
「だな…………だがやる」
「強引だな」
――でもやっぱり、ここで気づいてなきゃおかしいんだよな。
何度も振り返って、何度も思った。この時の斗条はおかしくて、普通じゃないということに。
「南芭に告る気になったか?」
「さぁね」
「おい、早くも終わっちまっただろうが」
「じゃぁ、ない」
「答え方変えても結局展開同じじゃねぇか」
「…………」
「……ふぅ、まぁいいか」
――そろそろ、だな。
時間を計るように、斗条は視線を腕へと移す。滲み出る歯がゆい思いを噛み締めるように。
――決めていたことだ。それに、
視線を隣にいる友へと移す。何でもできる凄い奴は自分の存在についてどこまで理解しているのだろうと思う。
「斗条?」
今日は確か…………そうだったな。
「クロ、そういや誕生日、今日だったけか」
「ああ、そうだな。4月1日だ」
エイプリルフール。クロ、お前ついてるぜ。こんな日に学校があって、会うことができて。調度よく、それでいて、良くも悪くも。俺的には、願ったりかなったりだけどな。
――でも、
お前は悲しむのかな。俺が――、
「なら、俺からはこんなプレゼントをやろう。腰を抜かすぜ?」
人差し指を天に掲げ、誇らしげにする。
「どうせまた、しょうもない事だろ」
「ははっ、ばれたか」
「お前、キスケに似てきたな……」
「そりゃぁ、我が半身ですから」
「…………」
その呆れ顔ももう、見納めかもな。
――だから、託すよ。お前を信じて。身勝手にもな。お前が英雄になるところを見れなくて残念だ。
足を止め、追いつき追い越せない背中を見ながら、呼び止める。
「なぁ、クロ」
「……何だ?」
振り返り、距離はあと僅かだというのに届かないことに少し悲しく思うも、ここまでこれてよかったという満足感があり、微笑を浮かべる。
「すまん……行けそうに、ねぇや……」
「……?」
記憶という夢の中で、突然にも起こされる出来事。それでも、覚悟は出来ていた。
――つもりだった。
「……!斗条っ」
「……っ」
ゆっくり倒れていく身体、それを間一髪で支える。
「おい、どうしたんだよ?」
「ちょっと、クロ……この状態きついから、仰向けにさせてくれねぇか……」
「仰向けって、ここ住宅街だぞ?」
「それでも、膝立ちで男に抱かれるよりはましだ……」
「支えてやったのに文句言うなよ…………これでいいか?」
「ああ……」
「どうしたんだよ、どっか悪いのか?」
「…………」
「どこだ?言ってみろ」
「……クロ」
「何だ?」
「優しいな、お前……」
「は?何言ってんだ、気持ち悪いぞ」
「ははっ……」
「ほんとに大丈夫か?顔色がどんどん悪くなっててるぞ」
「なぁ、クロ。こんな時で悪いが一つ頼まれてくれないか……」
――これで、最後かもしれないんだ。だからさ、
「こんな時だからこそ、だろ?顔がそう言っている」
「ふ、かなわねぇな……」
「それで、何だ?」
――頼む。あと少しでいい。動いてくれ……。
歯を食いしばり、それでも苦ではないように片腕を挙げて、クロの腕を掴み取る。その力はとても強く、その姿がクロには必死そうに見え、引っかかりながらもこの場を真面目に通す。
「何があっても、臆するな……自分の意志を強く持ち、貫き通せ…………そう、約束してくれないか……?」
「何だ、そんなことか。それなら、大丈夫だ」
「そうか……なら、もう……いぃ……かな……」
「斗条っ?」
――意識が遠のく。苦しいのに、悲しいのに、とてもいい気分だ。
――何だか、とてつもなく、眠いや……。
そうやって――『間木野斗条』は眠りへと誘われていった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
あの時、俺は嘘だと思っていた。誕生日だから、そんな嘘を言ったんだって。それで、その嘘がキスケのような意味合いを持っていて、逆なんだって信じてた。
――でも、
気絶したと思った斗条の首元と腕には薄っすらとはみ出る、あの黒々とした紫色の痣があって、自覚した。
目には見えない呪で、触れていったものがどんどん失われていく。それに気づいたのと同時に、リナのことを思い出して。
――違和感があったんだ。
リナのことを思い出して、比べて。斗条は、死ぬってことを知っていたんじゃないかって。
辻褄は合う。それでも、思い込みかもしれないと、都合よく解釈してしまった。
――だけど、
手は赤くないのに、両手は血に染まっているように見えていた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
――この日の前日。
俺は、『余命宣告』を友から告げられていた。
「俺が、死ぬ?」
「――ああ」
「どうしてそんなことがわかるんだよ――キスケ」
それを告げてきたのは、友であるキスケからだった。
「正確には、俺かお前のどちらか、だ」
「いや、それでも……」
言葉が詰まった。『もしかして……』と、左腕へと目をやる。
左腕の黒々とした痣。あれは一体……。
――まさか、な。
「…………」
「……それが、ほんとだったとして」
言いかけた途端、キスケは隠すように触れた左腕を掴み取り、何かを訴えるように持ち上げる。
「これ……」
「……っ!」
勢いよくその手を、目を、避けるように振りほどく。
――確定だ、と。
キスケ同様に思ってしまった。
「……いつからだ?」
「リナがいなくなった時……」
「…………だろうな」
キスケに呟かれたその言葉。ただその一言に、気づいた。この死は、免れることができず、リナも同じだということに。
ただそのことを、キスケは知っているのだろうか。クロは、気づいているのだろうか。リナは、どんな気持ちだったのか。そう、思わされた。
恐る恐る視線をキスケへと戻せば、何とも言い難い顔をしていた。怒りを振り撒く『鬼』とは違った、とても冷たい目だった。
「お前、死ぬぞ」
「……そうか」
受け入れてしまった。現実味のない事なのに、『死』というものが恐怖となって襲い掛かってくる。
――でも、
「そうか……死ぬのか……」
「…………」
身体から力が抜けていく。目尻が熱くなってきて、溢れ出てくるものを見られないように俯いてしまう。ポタポタと眼鏡が涙で曇っていく。
『死』とは、怖いものだ。そう思っていた。今、それを宣告され、確定し、涙が出るのに、口元は緩んでいる。笑い事で済まされないことなのに。
「まだ、生きたいか?」
「……っ」
あまりにも意外な質問に目を見開いてしまう。
――まだ可能性があるのなら。
諦めるには早いと涙を拭き取る。生きることに執着して何が悪い。もっと、そばにいて、たくさんのものを見て、一緒にいたいと思うのは当たり前のことだ。
――だから、
恥を忍んでも、命は軽々しく捨てない。尊いものだから。
「生きたい」
「……そうか」
「……?」
「なら、一度死ぬことだ」
「ぇ……」
告げられる言葉は、思いもよらぬものだった。
「この世界でのお前を捨てろ。それが次につながる唯一の可能性だ」
「どういうことだよ」
キスケの言葉は明らかに何かを狙っていて、原因を知っている。そんな確定的な言動だった。
「この世界を、捨てる」
「意味わかんねぇよ……」
「クロは、この先でいろんなものを失っていく。その内に、リナと、お前と、俺と、兄貴が、含まれている」
「それって……っ」
キスケは気づいていた。リナの死が、クロの手で引き起こされたということが。
「そんな先で、クロは自ら命を絶つだろう」
「……っ」
ありえない話ではなかった。『無』に染められた酷いクロでも、情があり、大切なものには過保護のように優しい。そんな変な矛盾をした奴だから。
「……だが、そこからだ」
そうやって、キスケの言葉は、導くように切り開いていく。一寸の光にも似た瞳だった。
「死の先に待っているもの。それを頼れば、俺たちは……」
「ちょっと待てよ」
言いかけたキスケの言葉に、微妙なざわめきがあった。
「お前は、死後を知っているのか……?」
それは、誰もが知らない世界であり、『無』の空間。生きているからこその世界があり、死んだからこそ導かれる。そんな場所を、
「ああ」
「…………」
彼は知っていると、そう告げる。
――お手上げだった。
脳が追い付かないんじゃなく、スケールが大きい。
――なので、
「大人しく、お前の言う事を聞くよ……」
「……助かる」
キスケの謝りに、眉を八の字にする。
――でも、まぁ。調度よかったのかもな。
死んだ先に何があるのか。それを知れる上に、また生きられるという。代償はかなり大きい。
――それでも、
平然と死ぬことは問題じゃなかった。友のために死ねるのなら。
――だから、
「明日、クロの誕生日だっけな……」
「そうだな……」
目線を机の上にある愛用のヘッドホンへと向ける。微笑を浮かべ、最後の時を噛み締める。
――お前を信じて。
それは、残される2人に向けた、最後の想いだった――。
――失われるのは確定したものたち
それを少年は知る由もなく――




