第二章5 『All to Know』
長かった…。本当に長かった…。
アイデアが突然とストップするも、やっぱり集中して本気で考えるとなんかは出てくるもんですね。
まぁ、それがいいのかはわからないですけど……。
「……」
無言のまま、自室のベッドに座り込む少年――『真蒼黒竜』。
真剣な顔立ちで考え事をしている彼にふと、インターホンの音が聞こえる。
部屋を後に、階段を下りた先にある受話器に手を伸ばす。
画面に映る者の姿と聞かされる声により、少し心が揺らいでしまう。
「――よう、クロ」
笑みの含まれた聞き覚えのある懐かしき声の正体は、クロの唯一の親友――『天道俊』。
俊はキスケの従兄弟で、キスケと共に二人暮らししている、お隣さんの一つ年上の少年。
喧嘩っ早くて、面白そうなことに目が無い。
クールで大人っぽそうに見えて、実は一番子供っぽい。
クロにとっても兄貴のような存在で、気のいい親友だ。
そんな彼は、暇さえあればクロの家に遊びに来るというのが日常茶飯事だった。
もう慣れてしまって、呆れることもあったが、今ではもうそれが普通で、ちょっとした楽しみとなっていた。
広い家を五分ほど歩き、玄関を開けるとそこに少年は立っていた。
年上でありながら、同年代のように気軽に接してくれる。
それが何よりもちょっぴり嬉しいと心の底の片隅で思っていた。
茶髪に、緑茶色の瞳。
袖が紫、前身頃がオレンジ、襟と後ろ身頃が紺色という珍しい長袖Tシャツに、赤いジャケット。下は黒の長ズボンと茶色のスニーカー。
リングをチェーンで首に垂らしており、珍しくも面白くまとめられた服装は違和感を感じさせない。
むしろイケメンなためか、似合ってすらいるし、ファッションモデルのように見える。
昼過ぎの明るい空が照らす中、クールで陽気な俊は意味深な怪しい笑みを浮かべていた。
クロは、眉を上げながらもいつも通り迎える。
「で、何の用だ?」
長い廊下を進みながら問うクロ。
俊は「ふ~ん……」と考えながらその笑みを絶やさない。
用事が無いのはいつもの事。
そんな俊が今日は何をするのか、クロはそれを問うている。
「なぁ、何がいいと思う?」
「質問を質問で返すな」
丸投げされたことに呆れるも、目を細めながらクロも考える。
それを台無しにするように俊は「ハッ」と閃く。
「なら、『全部』ってのはどうだ?」
「……いいだろう」
少しの間があるも賛同の意を示し、階段を下りていく。
――地下のB1F。
「にしてもやっぱ……『すげぇ』としか言いようがねぇな」
ここB1Fは、運動をするためのトレーニングルーム且ジムのようなスポーツフロア。
校舎のように広い真蒼家の豪邸には地下があり、B1Fは体育館のように広いスペースになっている。
地下は3階まであり、それぞれ違うフロアとなっている。
B2Fはスポーツ・図書館となっており、B2FのスポーツはB1Fではできないスタジアムのような本格的スペースが配置されている。
B3Fには、水物である温泉・プールとなっており、冬にはスケートなどがある。
そして、二人がいるのはB1F。
そこでは今から、いつもの暇つぶし勝負が始まろうとしていた。
「『全部』と言っても二人だけの1対1のプレー。だから種目は三つほどに絞らせてもらった」
広い地下で、見渡されるコートたち。
確かに三つほど目の前に準備されている。
一つは卓球。二つ目はテニス。三つ目はバスケ。
並べられた道具やコートに驚き飽きた俊は尽きぬ笑みで勝負を開始する。
一つ目の卓球。まず説明しておこう。
クロは、卓球が大の苦手だ。
力加減が難しく、思い通りにいかないため面白味を感じない。
それほどまでに嫌っている。
だがそれでも、極稀に調子の良い時があり、乗りに乗ったときは止まらない。
一方、俊の方は中の上ほどの腕前。
並より上のプレーはクロを楽に圧倒できるが、それも日によりけりなのだ。
そんな二人の戦いは11点先取の1セットマッチ。
そんなに得意というほどでもなく、ハマっているわけでも好んでいるわけでもないため、適当にできる程度にやっているだけなのだ。
今回は珍しくも、ラリーは続いている。
俊のスマッシュをクロは普通に返していく。
怒涛のラッシュが繰り広げられ、二人の汗が煌めく。
徐々に点差は点き始め、二人の攻防は嵐のよう。
そして、終わりは突然とやってくる。
息を切らしながら、二人の得点は6対11で俊の勝利で一回戦は幕を閉じる。
二回戦、テニス。
二人のテニス経験歴はほとんどない。
しいて言うならば、自己流で実力は中の上。
これも遊び感覚でやっている程度。
それでも、中の上にはいくつかわけがある。
まず、クロの場合は単純に、見たことがあり、それによりルールを把握しているというもの。
反射神経が良いため反応が早い……運動神経が良いとでも言えばいいのか。
好きか嫌いかで言えば好きな方。
一方、俊の場合は、見様見真似で適当にやっている程度。
適応力に関しては申し分ないため問題は無い。
テニスに関しての好感度は普通。
そんな彼等の戦いは1セットマッチ。
一回戦の卓球と違って、身体を余計に使うこのスポーツはほとんど走ってバットを振り回しているような感覚。
二人はそう捉えていた。
淡々と展開は進んでいき、早くも30分で決着。
異常な接戦で勝利したのはクロだった。
切れた息を整える休憩を手向け、納まると三回戦であるバスケが火蓋を切る。
最後の勝負である1対1は普通の試合通り1ゲーム10分を4セットという激しいぶつかり合い。
超人のような運動神経を身に着けたクロとそれよりも一段階劣った俊。
クロは最近になって見様見真似でバスケを始めた。
好きか嫌いかで言えば好き、ハマっているかで言えば、ハマっている最中。
俊はクロと同時にバスケを始め、その実力は安定の中の上。
好きか嫌いかで言えば好きな方だろう。
熱く、激しいそのぶつかり合い。
小学生ではありえない3Pやダンクの押収。
そんな点の取り合いのせいか、タイマーのコンマ何秒が進むのを不思議にも遅く感じながら、残り僅かとなった1セット目は決着を迎えようとしていた。
だが、その数分足らずの攻防で、俊はある話を持ち掛ける。
「なぁクロ、知っているか?」
「何がだ」
鳴り響くボールの音と少しの汗と息切れの調整を含めた読み合いの中で、俊はその一瞬に隙を作らせる。
ボールに飛びつくかのように伸ばされた手を、読み切っていたかのようにクロはバックステップでかわす。
振出しに戻された戦いでクロは先の問いを掘り返す。
「それで、お前は何を知っている?」
「ふっ」と秘かな笑みと共に俊はボールを奪い取る。
そのまま駆け出し、3Pを見事に決める。
入ったボールが音を立てて跳ね落ち、第一Q終了のブザーが鳴り響く。
まさかのブザービーター。
インターバルでそれぞれ息を整える。
放置されたボール、鳴り終わったブザー。
俊は膝に手をつくクロに体を向け、口を開く。
「気になるか?」
その意味深な笑みは尽きることが無かった。
※
第二Qが開始され、ボールはクロの手に。
ドライブをかますクロ、止める俊。
そんな繰り返しのレイアップや3Pの点取合戦。
その中、交わされる先の会話があった。
「今日、俺たちは午前だけの授業で早帰り。そんな中、あいつは早準備で家を出て行った……これが何を意味するか、分かる、かっ?」
「……何が、言い、たいっ」
体制が崩れながら放つ俊の3P、それを完全に止めるクロ。
攻守とコートの往復が激しい中、俊はクロの攻撃を必ず先回りする。
「どうせもうわかってんだろ?」
「……」
絶やさないそのクールな笑みは、不快な笑みへと変化する。
「あいつらは、お前の変化に気づいている」
「……っ!」
放たれたクロの3P。
止められず、会話によってクロのシュートタッチに変化が現れるも、目を向けるとぎりぎりゴールのネットを潜ったことに俊は顔を少しほど顰める。
ブザーとボールの音が鳴り響く中、目線をクロに戻せば無言で立ち尽くしていた。
眉を上げ、腰に手を当てる俊。
気を取り直し、クロは聞き返す。
「いつからだ」
「ふん」と呆れながらも鼻息を漏らす俊。
そんなクロの眼差しは真剣なものだった。
それに応えるよう俊も教えてやる。
「いつからかは忘れた……というか思い出せん。だがそれは確か。回数的に言えば……」
「……」
淡々と述べられる俊の発言に息を吞む。
何となくこうなることは予想で来ていたから。
過去の自分に憑依し、そこからやり直すにしても限度がある。ばれるのが普通。
それでいて、思い出せないようになっているのは『AGAIN』の影響だろう。
――だから、彼の言い分から察するに……。
一瞬の間の考えと共に俊は口を開き、その事実を口にする。
「……二回目だ」
その言葉に暗く俯きそうになるも間をおいて口を開く。
「そうか」
向かい立つ二人に、第三Q開始のブザーが鳴り響く。
※
それからのクロは少し変だった。
目につくところで言えば、シュートがぎりぎり、それでも、全て外さないという。
表情や感情などから現れる内面上のものは揺らいでいるように見える。
前半の激しい攻防とは裏腹に、後半はクールに冷めたものだった。
内心上の戦いとでも言うのか。
微量の熱さの戦いは、第三Qが終了し、インターバル。
それぞれベンチで腰を下ろし、俊はタオルをかぶり、クロはドリンクを摂取する。
二分はあっという間に過ぎ、それぞれベンチを後に1対1の試合を再開する。
吹っ切れたのか、クロのさっきまでのぶれが無くなっていた。
流石というように俊は笑顔を見せる。
結局、すぐに立ち直ったと言えば語弊があるが、今は楽しむことを優先する。
序盤の白熱した試合。
最後は笑顔が絶えない楽しいものと化していた。
それぞれ3Pやダンクの押収。
体力と気力の限界を迎え、タイムもあと数分。
息切れと汗を火花のように散らせる二人を動かしているのは負けたくないという本能ただ一つ。
身体も精神もボロボロの状態で、彼等は『まだだ』というようにこの時間を楽しみ、惜しんでいる。
――それでもやはり、終わりは必然とやってくる。
俊が迫力あるスリーを決めたかと思いきや、残り十秒足らずのこの局面でクロは目にも留まらぬ速さで勢いよく駆け出す。
両者小学生でありながら、化け物じみた攻防のせいで体は悲鳴を上げている。
追いかけようと踏み出す俊。
が、膝が悲鳴を上げて言うことを聞かない。
暇つぶしであり、遊びというだけなのに、心は熱く、負けたくないと豪語する。
唇を噛み締め、雄叫びを上げながら全力で走る。
それでも、見えるのは真っ白な世界と一人の背中のみ。
追いつかないと分かり切っていても、『諦めたくない』とそう叫ぶ。
そんな彼は目を見開き、最後の力を振り絞り、クロに追いつく。
クロを止めるも、その勢いは止まらず、ゴールに向かって跳び上がるクロ。
これでもかという最後のブロック。
防いだかのように見えたその攻撃は続き、ゴールへと近づいていく。
――そして、
残りコンマ数秒足らずの中で、ゴールの軋む音が響き渡った。
試合は終了。
ブザーと共に決められた、見事なダンク。
まさにブザービーター。
そして、立つことさえ儘生らなくなった俊にクロは手を差し伸べる。
このおかしくも凄い結果に二人は笑みを浮かべる。
「俺らまだ小学生だぜ?何だよ、この化け物じみた勝負はよぅ」
「ああ、確かにな」
垂れ流す汗を拭きとり、和みある笑みと会話の中、クロは先の会話を掘り出す。
「なぁ、俊」
「んー?」
「どうした」というような顔ぶり。
それでも、笑みを浮かべていることに複雑さを感じるも、切り出す。
――変わりたいなら、変えたいのなら、切り出せ。
「俺さ……」
「ああ?」
笑みで答えてくれるその親友に、吐き出す言葉は罪悪感を刻み付ける。
「……」
「……っ!」
空気が冷たくなる。
嘘のように吐き出された言葉。
聞き間違えたかと思うようなその一瞬に、疑いと驚きを露にする。
問いただすことさえ儘ならないこの状況で、クロは真剣で平然だった。
打ち明けられたその言葉。疑いたくなるその事実。
信じきれないその思い。親友だから話してくれた。
それでも、今の彼にとっては、それは痛く重いものだった。
少年が放ったその言葉は聞き間違えではないのか。
そう思わせないよう、彼の脳裏は焼き付けられたクロの言葉を蘇らせる。
『俺さ――――不治の病なんだ』
この状況で、脳裏でリピートされたその言葉は、彼に重くのしかかり、締め付ける。
言葉を発せられぬほどに――。
――少年の打ち明けられた言葉は、
彼に重くのしかかり、締め付ける―—




