第九十四話「砂かけ婆の説教」
辻の角に老婆が立っていた。
昼下がりの日差しの中、誰も気に留めない場所に、しかし誰も見て見ぬふりができないほどの存在感で、ただ立っていた。背丈は低く、腰が曲がり、白髪が風に揺れていた。手には竹の柄のついた箕を持っていた。
我は少し離れた築地塀の上から、その老婆と、老婆が見ている先を交互に観察していた。
見ている先には、若い男が二人いた。
商家の手代らしい格好で、路地の隅に残飯を積み上げているところだった。道の端に、食べかけの飯と魚の骨と、漬物の切れ端。明らかに往来に捨てている。しかも二人して、特に悪びれる様子もなく話しながら作業を続けていた。
老婆が箕を持ち上げた。
砂が、宙に舞った。
二人の手代の頭上に、さらさらと砂が降った。
手代の一人が「うわっ」と声を上げた。もう一人が空を見上げた。雲一つない晴天だ。砂が降る理由がない。
老婆は、すでにそこにいなかった。
辻の角は、がらんとしていた。
我は築地塀の上で、尻尾の先を一度だけ動かした。
砂かけ婆だ、と我は判じた。
判じてから、少し考えた。
我がこの都に来てから一年と余り。妖怪というものに数多く出会ってきた。友好的なものも、敵対的なものも、中立的なものも。しかし砂かけ婆は少し別の類だ。害を与える妖怪ではないが、かといって助ける妖怪でもない。人間の行儀の悪さを見つけると砂をかける——それだけを繰り返す存在だ。
戒める、という意味では油すましに近い。しかし油すましは物への敬意を求める。砂かけ婆が求めるのは、人間が人間として振る舞うことだ。
目的地が違う。
そしてもう一つ。
砂かけ婆は繰り返す。同じことを何度でも。戒めを受け入れた相手が改めるかどうかに、あまり興味がない。改まれば次の誰かへ行き、改まらなければまた砂をかける。結果に執着しない、という点で、我が今まで出会った妖怪の中でも独特の立ち位置をしていた。
築地塀から降り、老婆が消えた辻の角へ歩いた。
老婆の気配はすでにない。次の場所へ移っていた。
再び出会ったのは、翌日の夕刻だった。
屋敷の近くの小路で、砂かけ婆は別の人間に砂をかけていた。今度は若い女だった。誰かの家の前に乾いた埃を掃き出していた——要するに、自分の家の前だけを掃き、その埃を隣の家の前に移動させていた。
砂が降り、女が「なに!」と声を上げ、老婆はまたいなくなった。
我は小路の端でその一部始終を見ていた。
女は空を見上げ、文句を言おうとした相手が見当たらず、不機嫌な顔で家に戻っていった。残された埃は、そのままだった。
老婆の戒めは相手の行動を改めさせていない。しかし老婆は戻ってこなかった。仕事は終わった、とでも思っているのか。
我が考えていると、背後に気配がした。
「先ほどから観察しておいでですか」
砂かけ婆の声だった。
振り返ると、老婆が小路の影に立っていた。白い目が、我を見ていた。人間のそれとは少し違う、奥に光を持った目だ。
「猫が妖怪の仕事を観察するのは珍しい」
老婆が言った。
我は老婆を見た。
「分かります。猫のくせに、目が違う」
老婆がゆっくりと歩み寄ってきた。腰が曲がっているのに、歩き方は安定していた。地面との接地が長年の経験で最適化されている、そういう歩き方だ。
老婆が我の前で止まり、我を見下ろした。
「あなた、今、わたしの仕事に文句がありそうな顔をしていましたね」
我は老婆を見上げた。
文句とは少し違う。疑問だ。戒めが相手に届いていないなら、意味があるのかという疑問だ。
「効かなくても、かけます」
老婆が言った。まるで我の内心を読んだように。
「それが面白い、という顔になりましたね、今度は」
我は視線を外した。
老婆が話し始めた。
立ったまま、小路の石畳を見ながら、独り言と説明の中間のような口調で。
「砂をかけることは、変えることではありません。知らせることです」
老婆の白髪が風に揺れた。
「あなたは礼儀の悪い人間を見て、腹を立てる側でしたか、それとも見て見ぬふりをする側でしたか」
我には答える方法がない。しかし老婆は我が答えることを期待していないようだった。
「わたしは、どちらでもなかった。ただ、見えてしまう。これは行儀が悪い、という判断が、勝手に出てくる。そして手が動く」
老婆が箕を持ち直した。
「戒めが届いても届かなくても、わたしが見たという事実は残ります。人間というのは、誰かに見られていると知ると、少しだけ振る舞いが変わる。砂が降った後、しばらくは周りを気にします。それで十分です」
我は老婆を見た。
「あなたも似たようなことをしていませんか」
老婆が我に向いた。
「黒猫が縁側から屋敷の外を見ている。人間は気づかないふりをしますが、見られているとは感じます。それが、あなたの仕事の一部ではないですか」
我は応えなかった。
応える方法がないのもそうだが、それ以上に、老婆の言葉が予想外の角度から来たために、すぐには整理がつかなかった。
藤原真白(ふじわら の ましろ)と老婆が出会ったのは、翌日の朝だった。
真白が使用人と共に近くの市に出かけた帰り道、路地の辻で砂かけ婆を見かけた。
老婆はちょうど仕事を終えたところで、箕を下げたまま辻の端に立っていた。真白が気づいて「こんにちは」と声をかけると、老婆がゆっくりと振り返った。
「あなたは礼儀がいい」
老婆が開口一番に言った。
真白が少し驚いた顔をしてから、「ありがとうございます」と答えた。驚きをしまうのが早い。
「この猫の主ですか」
老婆が我を見た。我は真白の少し後ろを歩いていた。
「くろまろのことですか? 主というより——」
「一緒にいる者同士は、互いに影響します。あなたが礼儀正しいなら、この猫もそうでしょう」
真白が我を見た。我は老婆を見ていた。
「この猫は、昨日わたしの仕事を観察していました。黙って見ていた」
「くろまろが?」
「猫にしては、観察が細かい。それはあなたに似ているせいかもしれません」
真白が我を見て、それから老婆を見た。
「砂かけ婆様ですか」
老婆が目を細めた。名前を知っている人間には、また別の反応をするらしかった。
「名前を知っていても、怖がらないのですね」
「怖くないです。——砂をかけられた方には、少し申し訳ないですが」
老婆が、小さく笑った。声の出ない、口角だけが動く笑い方だった。
「砂をかけられる者は、たいてい申し訳ないことをしています」
「それはそうですが」
「あなたは砂をかけたいと思ったことがありますか。誰かの振る舞いを見て」
真白が少し考えた。
「あります」
老婆が少し驚いたように見えた。柔らかく答えることを予想していたらしい。
「でも、言葉で言おうとして、言えないことの方が多い。言い方が分からないというより——相手を傷つけることへの躊躇いが先に来て」
「それで黙るのですか」
「黙ります。だから——砂をかけてしまう存在がいることは、分からなくはない」
老婆がしばらく真白を見ていた。
「面白いことを言う娘だ」と老婆は言った。「砂かけに共感した人間は初めてです」
「共感というより——羨ましいのかもしれない」
真白が少し笑った。
「言いたいことを、言える形で言える、ということへの」
老婆が箕を脇に収めた。
「あなたに砂をかける必要はなさそうだ。今日のところは」
「今日のところは、というのが少し怖いです」
老婆がまた口角を動かした。
「気をつけなさい。そのうち言いたいことが言えるようになります。あなたはそういう顔をしている」
老婆が歩き始めた。辻の向こうへ、腰を曲げたまま安定した歩き方で。
真白が老婆の背中を見送った。
「変わった方ね」
我は老婆が消えた辻の角を見ていた。
屋敷への帰り道、真白が我を見ながら言った。
「くろまろも、同じことを考えていると思う?」
我は真白を見た。
「砂をかけたいって思うこと」
我は前を向いた。
思うかどうか、という問いに答えるより、老婆が言っていた言葉が残っていた。
「見られていると知ると、少しだけ振る舞いが変わる。それで十分です」
砂をかけることと、ただ見ていることの差は、方法の差であって、目的の差ではない。行儀の悪さを知らせる、ということにおいては同じだ。
老婆は砂をかけ、我は縁側から見る。
真白は言葉を探して、黙る。
それぞれの方法で、それぞれの場所から、届けようとしていることは、どこかで重なっている。
「あの方、また来るかしら」
真白が聞いた。
我は答えなかった。
来るかどうかは、近くで行儀の悪い人間が現れるかどうかによるだろう。そしてそれは、確実にいつかある。
秋の日差しが、路地の石畳を斜めに照らしていた。
【妖怪図鑑】
■砂かけ婆
【分類】戒め系妖怪・行動介入型
【危険度】★☆☆☆☆(無害。ただし不意の砂に驚くことはある)
【レア度】★★☆☆☆(行儀の悪い場所に現れるため、都市部では遭遇頻度が高い)
【出現場所】往来、辻、人の集まる市場など、人の振る舞いが見える場所すべて
【特徴】
腰の曲がった白髪の老婆の姿をした妖怪。箕を持ち、行儀の悪い人間を見つけると砂をかけて戒める。危害は一切加えず、砂をかけた後はすぐに姿を消す。戒めが相手に届いて改まるかどうかには興味を示さない。「見られていると知ること」そのものが目的であり、砂はそのための手段だ。
近畿地方から中国地方にかけて伝承が多く残る妖怪で、山の中の暗い道で砂を降らせるという話が多い。しかし都市部に現れる個体は、人の往来の中で行儀の悪さをより直接的に戒めるという形をとることがある。
【得意技】
・砂散布:一瞬で砂を相手の頭上に降らせ、姿を消す
・気配消し:砂をかけた瞬間に存在を消す。追いかけることは不可能
・行儀センサー:人の振る舞いの悪さを敏感に察知する。わずかな無礼も見逃さない
【弱点】
・砂をかけることしかできない。より強い介入は行わない
・相手が謝っても、砂のことは追及しない(すでにその場を離れているため)
・礼儀正しい相手には手出しできない
【生態】
特定の住処を持たず、都市を巡回している。複数の場所で目撃されるのは、移動が速いためだ。食事や休息が必要かどうか不明。砂をかけることが生きがいであり役目であり、それ以上でも以下でもない。長く生きているため、人間の振る舞いの変化を歴史的に観察してきた可能性があり、「最近は行儀の悪い者が増えた」と語る個体もいるという。
【玄丸の評価】
「戒めが届かなくても砂をかける、という割り切り方は、我には理解しやすい。結果に執着しないことは、力を持つ者の流儀として一つの正解だ。また老婆が言った『見られていると知ると、少しだけ振る舞いが変わる』という指摘は、我自身の在り方にも当てはまる。縁側から屋敷の外を見ていることが、何かを変えているとすれば——それは砂をかけることと本質的に同じだ。我と砂かけ婆が皮肉屋同士だという評価は、あながち外れていない」
【遭遇時の対処法】
砂をかけられた場合、自分の直前の行動を振り返ること。砂かけ婆は正確に行儀の悪さを見ているため、心当たりは必ずある。砂自体に呪いや毒はない。探しても姿は見えない。礼儀を正せば次から砂をかけられることはなくなる。
【豆知識】
砂かけ婆の伝承は奈良県を中心に近畿・中国地方に広く残り、「山道で不意に砂が降ってくる」という目撃談が多い。木の上から砂をかけるという描写が多いことから、かつては山の神の使いとして恐れられていた可能性がある。鳥山石燕の妖怪絵画にも描かれており、白髪の老婆が砂をかける図が残っている。水木しげる作品では家族思いの温かい妖怪として描かれており、戒め系妖怪の中では比較的親しみやすい存在として認識されている。




