第十六話「座敷童子の悪戯」
ある日の夕暮れ時、屋敷の厨が騒がしくなった。
料理番の老女、お梅が困り果てた様子で真白の元へ駆け込んできたのだ。
「姫君、お聞きくださいませ!」
お梅の声には、切羽詰まった響きがある。
我が名は玄丸。河童の一家と友達になってから、妖怪というものへの見方が少し変わった黒猫である。
「お梅、どうなさったのです」
真白が本を置いて、お梅の方を向く。我も真白の膝から降りて、お梅を見た。
「それが、厨で妙なことが起きておりまして」
お梅が息を切らしながら話す。
「朝、米櫃を開けたら、米が半分になっておりました。それに、昨日作った漬物も、気がつけば減っておりますし」
「まあ、盗人でも入ったのですか」
真白が心配そうに尋ねる。
「それが、戸締まりはしっかりしておりますし、侵入した形跡もございません。それに」
お梅が声を潜める。
「夜中に、厨で物音がするのです。足音や、笑い声のようなものが」
笑い声、か。
我は耳をぴくりと動かした。妖怪の気配がする。
「真澄に見てもらいましょうか」
真白が提案する。
「いえ、真澄様は今、外出中でございます」
お梅が困った顔をする。
「それでは」
真白が我を見た。
「玄丸、一緒に厨を見に行きましょう」
真白が立ち上がる。我は「にゃあ」と鳴いて頷いた。
*
厨は、屋敷の奥にある。料理を作るための大きな竈や、食材を保管する棚が並んでいる。
お梅に案内されて厨に入ると、確かに不思議な気配がした。
妖気だ。だが、敵意のあるものではない。むしろ、子供のような無邪気な気配だ。
「ほら、あそこの米櫃をご覧くださいませ」
お梅が指差す。米櫃を開けると、確かに米が減っている。
「それに、あちらの棚も」
棚を見ると、漬物の入った壺が空になっている。
「不思議ですわね」
真白が首を傾げる。
我は周囲を観察した。床に、小さな足跡がある。子供の足跡だ。だが、人間のものとは少し違う。
妖怪の仕業だな。
我は足跡を辿って、厨の奥へと進んだ。
「玄丸、どこへ行くの?」
真白が我の後を追う。
厨の奥には、古い押入れがある。我はその押入れの前で立ち止まった。
この中だ。
我は「にゃあ」と鳴いて、真白に知らせた。
「この中に、何かいるのですか」
真白が押入れの戸に手をかける。
ゆっくりと戸を開けると、中から小さな子供が飛び出してきた。
いや、子供ではない。
赤い着物を着た、髪の長い小さな姿。顔立ちは幼く、五、六歳くらいに見える。だが、その瞳には妖怪特有の輝きがあった。
座敷童子だ。
「きゃっ」
座敷童子が驚いて、真白を見上げる。
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
座敷童子が慌てて頭を下げる。
「隠れていたの、ばれちゃった!」
座敷童子の声は、幼い子供そのものだ。
「あなたが、厨の食べ物を食べていたのね」
真白が優しく尋ねる。
「うん……お腹が空いてて……ごめんなさい……」
座敷童子が涙目になる。
「怒らないから、教えて。あなたは誰?」
真白が座敷童子の目線に合わせて、屈む。
「わたし、座敷童子……名前は、わらべ……」
座敷童子、わらべが小さな声で答える。
「わらべは、ずっと前から、この屋敷の近くにいたの。でも、寂しくて……」
わらべの目から、涙がこぼれる。
「それで、この屋敷が優しそうだから、こっそり住まわせてもらおうと思って……」
わらべが真白を見上げる。
「でも、ごめんなさい。勝手にご飯を食べちゃって……」
わらべが泣き出しそうになる。
真白が、わらべの頭を優しく撫でた。
「泣かないで、わらべ」
真白の声が、温かい。
「お腹が空いていたのなら、仕方がないわ」
「でも……」
「でも、これからは勝手に食べないで、ちゃんと言ってね」
真白が微笑む。
「一緒に食べましょう」
わらべの顔が、ぱっと明るくなった。
「本当?わらべ、ここにいてもいいの?」
「ええ、もちろん」
真白が頷く。
「わらべは、これから家族よ」
その言葉に、わらべが飛びついて真白を抱きしめた。
「ありがとう、ありがとう!」
わらべが嬉しそうに笑う。
我は、その様子を見ていた。
座敷童子か。福をもたらす妖怪だと聞く。屋敷に住み着くのは、悪いことではないだろう。
*
その日から、わらべは正式に屋敷の一員となった。
だが、問題が一つあった。
わらべは、悪戯が大好きなのだ。
「姫君、また漬物が減っております!」
お梅が困った顔で報告に来る。
「わらべ、また勝手に食べたのね」
真白が苦笑する。
「ごめんなさーい!でも美味しかったから!」
わらべが厨から顔を出して、笑う。
「まったく、困った子ね」
真白が呆れながらも、優しく笑う。
わらべの悪戯は、それだけではなかった。
食材を隠したり、調理器具を移動させたり、時には料理の味付けをこっそり変えたり。
お梅は最初、困り果てていた。
「姫君、わらべ様を何とかしていただけませんか」
お梅が真白に訴える。
「料理ができません」
「わらべ」
真白がわらべを呼ぶ。
「はーい」
わらべが現れる。
「お梅の邪魔をしてはだめよ」
「でも、つまらないんだもん」
わらべが頬を膨らませる。
「わらべも、お料理したい!」
わらべの言葉に、お梅が驚く。
「料理を、ですか?」
「うん!わらべ、お料理好きなの!」
わらべが目を輝かせる。
「でも、いつも一人だったから、作れなかった。今は、お梅さんがいるから、一緒に作りたいの!」
わらべの言葉に、お梅の表情が和らいだ。
「そういうことでしたか」
お梅が優しく微笑む。
「では、一緒に作りましょう」
「本当?」
わらべが嬉しそうに跳ねる。
「ええ、本当です。ただし、悪戯はなしですよ」
「はーい!」
わらべが元気よく返事をする。
こうして、わらべとお梅の料理が始まった。
*
わらべは、思いのほか料理が上手だった。
野菜の切り方も丁寧だし、味付けの感覚も良い。
「わらべ様、お上手ですね」
お梅が感心する。
「えへへ、ありがとう!」
わらべが嬉しそうに笑う。
「でも、まだまだお梅さんには敵わないよ」
「いえいえ、わらべ様の方が才能がおありです」
お梅とわらべが、楽しそうに料理をしている。
我は厨の隅で、その様子を見ていた。
微笑ましい光景だ。
座敷童子と人間が、こうして共存できるのだな。
「玄丸」
わらべが我に気づいて、駆け寄ってきた。
「玄丸も、お料理食べる?」
わらべが小さな皿に、料理を盛りつける。
「はい、どうぞ!」
わらべが皿を我の前に置く。
我は匂いを嗅いだ。魚の煮付けだ。良い匂いがする。
我は少し食べてみた。
美味い。
我は「にゃあ」と鳴いて、わらべに伝えた。
「本当?良かった!」
わらべが嬉しそうに笑う。
「玄丸が美味しいって言ってくれた!」
わらべがお梅に報告する。
「それは良かったですね」
お梅が微笑む。
我は、わらべを見つめた。
この子は、本当に純粋だ。悪戯好きではあるが、悪意はない。ただ、寂しくて、誰かと一緒にいたかっただけだ。
それは、かつての我と似ているかもしれない。
*
その夜、わらべは厨で眠っていた。
竈の近くで、毛布にくるまって、幸せそうに眠っている。
我は、わらべの傍に座った。
わらべの寝顔は、穏やかだ。
「玄丸……」
わらべが寝言を言う。
「ありがとう……」
わらべが微笑む。
我は、わらべの頭を軽く舐めた。
どういたしまして、わらべ。
お前も、この屋敷の家族だ。
わらべが気持ちよさそうに寝返りを打つ。
我は、そっとその場を離れた。
廊下を歩いていると、お梅とすれ違った。
「玄丸様、わらべ様の様子を見てくださっていたのですね」
お梅が微笑む。
「ありがとうございます」
我は「にゃあ」と鳴いた。
「わらべ様は、良い子です」
お梅が厨の方を見る。
「最初は悪戯に困りましたが、今では可愛くて仕方ありません」
お梅の声が、優しい。
「わらべ様がいてくださると、厨が明るくなります」
お梅がそう言って、厨へと戻っていく。
我は、お梅の背中を見送った。
人と妖怪の共存。
それは、可能なのだ。
理解し合い、受け入れ合えば。
我は、改めてそう思った。
月の光が、廊下を照らしている。穏やかな夜だ。
我は真白の部屋へと戻った。真白は既に眠っている。我は真白の布団の傍で丸くなり、目を閉じた。
今日も、良い一日だった。新しい家族が増えた。わらべとお梅の関係も、きっとこれから深まっていくだろう。
屋敷には、温もりが溢れている。人も、猫も、妖怪も。皆が一緒に暮らす、この場所。
我は、この場所が好きだ。
そして、この場所を守りたいと、心から思う。
【妖怪図鑑】
■座敷童子・わらべ
【分類】家屋妖怪
【危険度】★☆☆☆☆(極低)
【レア度】★★★★☆(珍しい)
【出現場所】古い屋敷、蔵、土間、特に裕福な家を好む
【特徴】
幼い子供の姿をした家屋妖怪。年齢は五歳から十歳程度に見えることが多く、性別は様々。赤い着物を着ていることが多いが、地域によって異なる。
座敷童子が住み着いた家は繁栄し、去った家は衰退すると言われる「福の神」的存在。悪戯好きで、夜中に物音を立てたり、食べ物を勝手に食べたりするが、悪意はなく純粋な好奇心からの行動。
基本的に人間に友好的で、特に優しい人間や子供を好む。寂しがり屋で、誰かと一緒にいることを望む。料理や遊びが好きで、家族の一員として受け入れられると、その家に幸福をもたらす。
今回登場した「わらべ」は、長い間一人で寂しく過ごしてきた座敷童子。藤原家の温かさに惹かれて住み着くことを決意した。
【得意技】
・福徳招来:住み着いた家に幸運をもたらす(無意識に発動)
・物品移動:小さな物を動かしたり隠したりできる
・料理補助:料理を美味しくする不思議な力を持つ
・気配隠蔽:本気で隠れると人間には見つけられない
【弱点】
・戦闘能力はほぼ皆無で、危険から身を守れない
・寂しさに弱く、独りぼっちになることを極度に恐れる
・塩や清めの札に弱い(ただし友好的な家では影響なし)
・悪意のある人間には近づけない
【生態】
夜行性だが、昼間も活動する。食事は人間と同じ物を食べるが、量は少ない。甘いものを特に好む。
基本的に単独で行動するが、家族として受け入れられると、その家の人々と深い絆を結ぶ。子供の遊び相手になったり、料理を手伝ったり、家事を助けたりする。
座敷童子が住み着いた家では、不思議と良いことが続く。商売が繁盛したり、病人が回復したり、家族の仲が良くなったりする。これは座敷童子が持つ「福徳の気」が家全体に広がるためと考えられる。
ただし、座敷童子を粗末に扱ったり、追い出そうとしたりすると、悲しんで去ってしまう。そうなると、その家は次第に衰退していくという。
【玄丸の評価】
「座敷童子、わらべ。純粋で無邪気な存在だ。悪戯は多いが、悪意はない。むしろ、寂しさから来る行動だろう。お梅との関係を見ていると、妖怪と人間の共存は可能なのだと実感する。わらべが持つ福徳の力は、理で説明するのが難しい。おそらく、存在そのものが幸福を呼ぶのだろう。真白も喜んでいるし、わらべを家族として迎えるのは正解だった。これからも、この屋敷に福をもたらしてくれるだろう」
【遭遇時の対処法】
座敷童子を見かけたら、決して怖がったり追い払ったりしてはいけない。優しく接し、家族として受け入れることが最善。食事を分け与え、話しかけ、一緒に過ごす時間を作ると良い。
座敷童子が悪戯をしても怒らず、優しく注意すれば理解してくれる。基本的に善良で従順なため、丁寧に接すれば必ず応えてくれる。
【豆知識】
座敷童子は東北地方に多く伝承されているが、京の都にも存在する。地域によって「座敷わらし」「ざしきぼっこ」など呼び名が異なる。
座敷童子が住み着いた家の子供は、座敷童子の姿が見えることが多い。大人には見えないこともあるが、純粋な心を持つ人には見える。




