農機具を市場に売りに行く
さっそく俺は、屋敷にあった10Gを持って商業ギルドに向かった。
この世界の商業ギルドは、現代で言えば――税務署と商工会議所を足して2で割ったような存在だ。
商人として登録し、指定の帳簿をつけ、売上から税金を納める。
ギルド会員同士で取引もできるし、ギルドに売上の20%を納めれば、それで納税したことにもなるという仕組みだ。
親父のギルドカードも昔はあったらしいが、それも兄貴が律儀に返却していた。……こういう抜け目のなさだけは、妙に感心する。
ギルド長は親父と知り合いだったらしく、「なにかあれば頼れ」と言ってくれた。思わず、少し涙が出そうになった。
翌朝。俺は屋敷の裏からリアカーを引っ張り出し、古い農具を積んで広場へ向かった。
30分ほどリアカーを引き、広場についた農具を並べ、売りに出した。
……しかし。
見る人はいるのに、まったく売れない。
ひょっとして高すぎたのか? 値札を見直そうとしたところ、一人の青年が熱心に品を眺めているのが目に入った。
だが、財布を見た彼は、大きくため息をついた。
「こんにちは。お値段、高すぎましたか?」
「いえいえ、そんなことは。むしろ安いくらいです。ただ……僕、小作人なんで、お金がなくって……しかも、家賃も上がってね~」
「最近、家賃が高くなったってよく聞きますね。どの程度上がったんですか?」
「5Gだったのが、今月から7Gになりました。厳しいですよ」
「それは大変ですね……。ところで、すみません、小作って……どんな仕組みなんですか? 無知で申し訳ないのですが」
「いえ、大丈夫ですよ。説明します。小作ってのは、地主さんから農地を借りて、そこで作物を育てます。その作物の収穫の何割かを、地主に納める――それが小作です。昔は5割でしたが、今年から6割に増えたんです。それに家賃の値上げで……」
「……それは、かなり厳しい状況ですね。農地はどれくらいの広さなんですか?」
「10エーカーです」
俺は少し考えてから、口を開いた。
「実は僕、町はずれの屋敷に住んでいて、15エーカー分の農地が残っているんです。体が強くないので、自分で耕すのも難しく……どうしようかと思っていたところでして。もしよかったら、そちらでやってみませんか?」
「それはありがたいお話なんですが……僕、地主さんから家も借りてまして。引っ越し代もないし……だから難しいかと」
「10㎡くらいの部屋で、トイレとキッチンは共同――そんな条件だったらどうです?」
「十分です。それくらいあれば生活には困りません。でも農具も地主のものですし……」
「ここにある農具じゃ、足りませんか?」
「いえ、足ります。むしろありがたいです」
「じゃあ、こうしましょう。農地は4割納めで貸します。部屋は4Gで。農具は、無料で使ってください。それでどうですか?」
青年の目が見開かれた。
「……そんな条件で、いいんですか?」
「もちろん。ただし収穫した作物の販売は、僕を通して広場で売ってください。多少手数料は取りますが、地主に買いたたかれるよりはいいはずです」
「ありがとうございます……本当に……。その条件で、お願いできますか?」
「もちろん。あと荷物はどれくらいありますか? このリアカーで運べるくらい?」
「十分です」
「じゃあ、これで運びましょう。あ、農具は持ち帰らないとですね。あっ申し遅れました。私はクレストです。よろしくお願いします」
「私はローレルです。こちらこそよろしくお願いします。お手伝いします」
「はい。お手伝い、ありがとうございます。それと……農地も、一緒に見ていきませんか? たぶん、だいぶ荒れていると思いますが……」
「ええ、喜んで」
市場から帰る道すがら、荷車を押すローレル青年が、ふと空を見上げてつぶやいた。
「クレスト様の庭、えらい茂ってきましたね」
俺は片眉を上げた。
「庭? 草のこと?」
「ええ。あの隅っこに、ほら……あのひょろ長いやつ。あれにコショウみたいな実がなるのですが、じい様が“あれは絶対に食うな”って。食ったら半日、畑で転げ回るって噂で」
俺は少し笑った。
「名前はあるの?」
「たしかメチャゲリーナ、とか言ってました。昔っからこの辺りじゃ有名ですよ。毒じゃありませんが、腹がえらいことになるとか。まあ、ほっときゃ枯れますし、使い道もねえ雑草です」
俺は、ふむ、と短くうなずいた。
「面白い話だね。ありがとう、覚えておく」
「いえいえ。屋敷のもんが困るといけませんしなあ。まあ、ほっといても死にはせんでしょうが……」
ローレル青年は笑いながら荷車を押し続けた。