最終回 元汚部屋住人が異世界転生して王国を再建した話
俺は勝利に酔いながらも、内面はすごく焦っていた。
戦場には、まだかすかにメチャゲリーナの異臭が漂っていて、風がそれを吹き散らしている。地平線の向こうには、敗北した敵兵たちが縮こまって座り込み、沈黙がただ重くのしかかっていた。
「えっまじ、圧勝??? 次どうすんの?ノープランなんだけど…」
正直、メチャゲリーナ作戦がこんなにも上手くいくと思っていなかったのだ。
そんな中、革鎧をきしませながら将軍が歩み寄ってきた。顔には汗と土埃がにじみ、だけどやたらニコニコしている。
「クレスト殿。見事な采配だったな。で…これからどうする?」
空はもう夕焼けがかっていて、兵たちは勝利の余韻にざわついている。将軍の瞳はギラギラと、次の一手を期待する輝きで満ちていた。
俺は思わず
「いえ。私の力なんか…将軍をはじめ、皆のお陰です。そうですね。
これからは…まず街の状態を見て回りましょう」
そう言ってとりあえずごまかすと、将軍は「ふむ」と頷き、鋼鉄の篭手で肩を叩いて去っていった。
俺は戦場の風景を一望しながら、そっとため息をつく。
「ありがとう。精霊タン。お陰で勝てたよ。敵も味方も消耗ゼロ。敵さんはお腹こわしてるけどね~。で…戦後処理とか全然わからないけど、整理整頓ではどうしたらいい?」
「そうだね。君はいま何が気になる?」
「そうだね。敵の兵士がはむかってこないか。あとはニオイ。あとは暴動とかかな」
「じゃあ。それからやればいいんじゃね?」
俺はふっと笑った。空は一層赤く染まり、兵たちが荷馬車を引いて武器をまとめているのが見えた。
「OKありがとう」
さっそく敵兵たちを並ばせ、汗と屈辱にまみれた顔がずらりと並ぶ中で、武装解除を命じた。ガチャリ、ガチャリと甲冑が地面に落ちる音が、ひどく生々しく響く。
「それから排泄物の処理も頼むな!」
兵士たちは目を伏せ、黙ってうなずくしかなかった。
そうこうしているうちに、砦の門前に一人の騎馬兵が砂埃を上げて駆け込んできた。兜の下から覗く額には汗がにじみ、馬も荒く息をついている。
「クレスト殿! 王城より緊急の伝令です!」
兵が懐から取り出した巻紙は、王家の紋章が押されたものだった。俺は思わず眉をひそめる。
(こんなタイミングで……?)
巻紙を素早く開くと、そこにはただ一行。
『速やかに王城へ参上せよ』
短くも強い命令文だった。
「……くそ、こっちは今が一番忙しいってのに」
思わずつぶやいた声が、冷えた夕風にかき消される。王命に逆らうわけにはいかない。
俺は周囲を見渡し、戦後処理に追われる兵たちの姿を確認した。あちこちで武具の積み下ろし、捕虜の整理、民衆への指示が飛び交っている。
「将軍!」
声を張り上げると、将軍は槍を持ったまま小走りで駆け寄ってきた。
「王命だ。指揮をお願いしたい」
俺が簡潔に説明すると、将軍は一瞬だけ目を細めたが、すぐに笑って頷いた。
「任せろ。王城の連中に胸を張って報告してこい」
その言葉に背中を押され、俺は馬を引かせると、王城へ向けて鞍に飛び乗った。馬のひづめが硬い石畳を叩き、城下町の光と影の間を駆け抜けていく。
遠く、王城の尖塔が夕焼けに黒い影を落としていた。
王都への帰路、街道は砂埃が舞い、兵たちが規則正しく行進していた。民家の陰からは、ちらちらと怯えた民衆の視線が突き刺さる。
やがて、王城の石壁が見えてきた。高い尖塔が夕日に赤く輝き、そこからは歓声がわき上がっていた。
俺が王城の門をくぐると、きらびやかな垂れ幕が風に揺れ、見渡す限り人の群れ。拍手と歓声、紙吹雪のように花びらが舞い、吹き鳴らされるラッパの音が鼓膜を突き刺した。
(うわ……英雄扱いとかマジかよ……メチャゲリーナなのに……)
謁見室の扉を開けると、巨大なステンドグラスの光が反射してきらきらしていた。王は立ち上がり、真っ赤なマントを翻しながら駆け寄ってきた。
「でかした!」
声が響くと同時に、重厚なシャンデリアが微かに揺れた。
「さあ宴じゃ」
その号令で、城内はたちまち騒然となり、長テーブルの上には色とりどりの果物、豪華な肉料理、煌めく杯が並べられ、見たこともないほど絢爛な光景が広がっていった。
しかし、その場に本来の功労者である兵士や間者の姿はなかった。きらびやかなドレスと豪奢なターバン、重い金の装飾をつけた貴族たちが押し寄せ、俺の肩に次々と手が置かれた。
(あぁそうか。この国は…そういう国なんだな)
自分でも気づかないうちに握りしめていた拳が、冷たい汗でじっとり濡れていた。
名前もわからぬ貴族が次から次へと挨拶してきて、喧噪の中で俺はただアイビーの顔を思い浮かべた。
(帰りたい……)
そして、ふいに場の空気が変わった。
その男は、部屋に入ると同時に冷気を運んできたかのようだった。周囲の貴族がわずかに道を空け、沈黙が広がる。
「お初にお目にかかります。私はアクドイです」
厚塗りの香油の匂いとともに、気持ち悪い笑顔を貼り付けたその男が手を差し出してきた。その瞬間、背筋が凍る。
(あー……そういうことか)
濁った瞳、無駄に脂ぎった手。俺は渋々握手を交わすと、アクドイはぐっと顔を寄せてきた。
「若造が舐めんなよ……。“整理整頓”がこの国を救う?…笑わせるな」
耳元でささやかれたその言葉は、ゾワリと首筋を這う冷気のようだった。
俺は王を見た。だが、王は視線をそらし、グラスの中の葡萄酒をじっと見つめていた。
(あー、そういうことか……)
思わず目を閉じると、遠くの方で宴の音がワンワンと耳の奥でこだました。
ふいに、暗闇の中に精霊タンが現れた。
「君ってやっぱり、
“元汚部屋住人が異世界転生して王国を再建した話”の主役だね。」
(……そうだな。元汚部屋住人が、精霊タンの力を借りたとはいえ、ここまでできたんだな。ただ――王国の再建と呼ぶには、まだこれからの話かもしれない)
目を開けると、目の前で貴族たちがまだ談笑していた。俺はもうどうでもよくなって、小さくつぶやく。
「……早く帰って、アイビーにひざ枕してもらいてぇ……」
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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