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劇場にて

 僕の婚約者は時々少々突拍子もない行動をとる。


 そんなところも可愛いと思っているのだが、その行動のせいで一部の貴族男性からは酷く嫌われている。


 しかし、公爵令嬢とこの国の王子である僕の婚約者という地位の高さから誰も彼女に何も言えない。


 これはそんな僕の可愛い婚約者の話である。


□■□■□


 僕の婚約者は「マリカ・アーシュ」といい、アーシュ公爵家の長女である。


 アーシュ公爵家にはマリカの下に弟がおり、家を継ぐのはその弟なのだが、優秀さはマリカの方が上である。


 マリカは十歳で僕「レイスロット・ハモンド」の婚約者となった。


 ちなみに僕はハモンド国の第一王子であり、最も王座に近い王子と言われている。


 金髪碧眼の僕と銀髪赤目のマリカはよく「(つい)」のようだと例えられている。


 本日はマリカと観劇に向かったのだが、そこでマリカの正義感が遺憾無く発揮され、結局劇は観れず終いだった。


□■□■□


「全く! お前って女は何だってそう地味でとろいんだ! 他の女性を見てみろ! もっと華やかで品があって素晴らしいのに! お前の格好はなんてみすぼらしいんだ!」


 劇場に入った途端、そんな怒鳴り声が聞こえてきて「これはまずいぞ」と思った。


 隣にいたはずのマリカは僕を置いてスタスタと声の主に近付いていたし、これはもう観劇は諦めるしかなさそうである。


「ちょっとよろしいかしら?」


 少し高圧的な声でマリカが怒鳴っていた男に声をかけた。


 あの男は「ジャニー・ゴーラ」。ゴーラ子爵家の嫡男だったと記憶している。


 その隣で怯えたように青ざめているのは彼の婚約者で男爵令嬢の「モア・カディマ」であろう。


 きちんとドレスコードに則ったドレスを着ているが、少し褪せたような紺色のドレスのため、地味だと言われればそうである。


 が、今期はああいった少し褪せた暗い色味のドレスが流行っているためみすぼらしさはなく、むしろ流行に乗ったファッションであると言えよう。


 マリカを見た途端、ジャニーの顔色が変わったのが分かったが、こうなってしまったマリカを止めることは僕にだって難しい。


 僕はマリカの邪魔にならないよう少しだけ距離を取りつつ、万が一にも彼女に危害が加えられそうならばすぐに駆け付けられる位置にあったソファーに腰を下ろした。


 マリカには護衛兼侍女の恐ろしく強い「イビー」嬢がついているため僕の出番はないだろうが、念のためである。


「あなた、今何と仰りました?」


「い、いや、お、俺は何も」


「あら? 私には『地味でとろい』『他の女性は華やかで品があり素晴らしい』『お前の格好はなんてみすぼらしんだ』とはっきり聞こえましたが、あれは間違いですかしら?」


「い、いや、それは、その」


 ジャニーはタジタジである。


「あなた、モア様ね、カディマ男爵家の?」


「は、はい、そうです!」


 マリカの凄いところはその記憶力にある。


 恐らく僕以上に国内の貴族の顔と名前を正確に覚えているし、他国の貴族のこともしっかりと記憶している。


「先日、あなたの領地で作られたワインをいただきましたの。今年のワインの出来は素晴らしいわね」


「っ! そうなんです! 今年は特に出来がよく! って、失礼しました!」


「うふふ、いいのよ。本当に素晴らしいワインでしたもの、ワイン作りを手伝っているあなたも鼻が高いわよね?」


「私がワイン作りを手伝っていることをご存知なのですか?」


「ええ、何度か手伝っている姿を目にしているもの」


 そう、マリカは自分の目で見た物事をとても大事にしており、お忍びで色々な領地を僕以上に視察に行く。


 だから僕以上にあちこちの領地のことを把握しているのだ。


 たまに「どっちが王座に相応しいんだろう?」と思うことがある。


「で、あなたはゴーラ子爵家のジャニー様ですわよね?」


「そ、そうです、アーシュ公爵令嬢様っ!」


 最近のゴーラ家ではあまり良い話を聞かない。


 ゴーラ子爵家は麦の産地で有名なのだが、昨年大量に発生した虫の食害で収入が半減したと報告を受けている。


「麦の食害で御家(おいえ)が打撃を受けている今、あなただけ優雅に観劇ですの? しかも、この観劇の費用を出している婚約者に暴言まで吐くなんて、紳士の風上にもおけませんわね!」


「なっ!? い、いや、費用は俺がっ!」


「この観劇の費用が一般席で一人当たり五万ペリ。二人分で十万ペリですわ。仮に奮発なさってソファー席を選択した場合ですと二人で二十万ペリ。二階のテラス席でしたら三十五万ペリ、特別室でしたら五十万ペリになりますわ。それだけのお金が捻出出来るのでしたら、納める税金の額ももう少し考えなければなりませんね」


 五十ペリで丸パンが一個買える。一般席の一人分の料金で一般市民なら一月暮らすことが出来るだろう。


 今回来ているこの演目は国内でも超一流と言われている劇場で行われているためその料金も高く、他の劇場の五倍はする。市民が通う劇場なら十分の一かそれ以下の金額である。


 あ、これを観る料金は国の大事な税金からではなく、僕が個人的に運用している事業収入で払っているのであしからず。


 ゴーラ子爵家は減税を願い出ており、先日承諾の判を押した書類が子爵家に届いたばかりなはずである。


 とてもではないがこんなところに来ること自体おかしい上に、本当に支払いがジャニーであるならば、一度しっかりと調査する必要性が出てくる。


「み、見栄を張って俺が払うと言っただけで、料金はモアが、その……」


「見栄、ねぇ……」


 どうみてもジャニーが着ているスーツも今期の流行りであり、靴も新品。


 あれらも全部婚約者であるカディマ男爵家に出させているのだとしたらそれも問題である。


 麦の被害が出たためにガディマ男爵家はゴーラ子爵家にかなりの額の支援をしているはずなのだ。


 その上で減税の願い出をしてきたほど苦しい状況だというのに婚約者の家に金を出させ息子を観劇に行かせるなど普通の神経では考えられない。


「男性はプライドで生きる生き物だといいますから、見栄を張りたい気持ちは分かりますわ」


「そ、そうなんです! さすがアーシュ公爵令嬢様!」


「ですが、高いお金を出させておきながら自分の婚約者をこのような場所で、あのように大きな声で罵るなど言語道断! あなたがみすぼらしいと仰ったモア様のドレスは今期の流行りのドレスです。そのドレスだって、あなたとのデートのために用意された物でしょう。見たところあなたのスーツと揃いのようですし、そのスーツもガディマ男爵家で用意された物ですわよね?」


「いや、あの、それは」


「女に金を出させるだけでも男として情けないというのに、そんな優しい婚約者を褒めることもなく一方的に(けな)すなんて紳士として失格! 紳士とはいかなるものかを再教育していただいた方がよろしいのではなくて?」


 淑女教育ほどではないが、男児にも「紳士とはいかなるものか」というような授業が存在する。


 女性への扱いが問題視されることが増えたため、成人する前に最低限のマナーや女性の扱い方を教わるのだが、これを学ぶのは小学部であるため、それを再教育し直せというのは「小学部からやり直せ」と言われているも同然である。


「マリカ、ちょっと言い過ぎかな?」


 マリカの耳には絶対に届かないのは分かっているが言わずにはいられなかった。


 その後、マリカに言い負かされたジャニーは一人で劇場を出て行った。


「ごめんなさいね、あなたがお金を出したというのに結局劇も見れなくなってしまったわね」


 一人残されたガディマ嬢に声をかけるマリカ。


「いえ、いいんです、最初から乗り気ではなかったので。それよりも私のために怒ってくださってありがとうございます」


「お礼を言われることなんて何もないわ。私は弱い女性の味方ですもの。この国はまだまだ女性の立場は弱いわ。(しいた)げられる女性が沢山いるのが現状。私はこの国では地位だけは上ですもの。この立場を利用しない手はない、それだけのこと」


 そう、この国というより、この世界は女性の立場が非常に弱い。


 男性優位の世界では男より優れた女性はそれだけで男達の悪意に晒されるし、そうでなくとも色々な場面で冷遇される。


 結婚しても男より目立つことは許されず、既婚女性が仕事を持つことは亭主となる男の恥とされるため、自然と「女は家を守るもの」とされる。


 だからなのかマリカは僕の婚約者となって以来、理不尽に晒されている女性を見かけるとあんなふうに男に立ち向かうようになった。


 本当はいつも震えるほど怖いことを隠しているのを僕は知っている。


 やめればいいのにとも思うが、あれがマリカなのだから僕はその全てを受け入れるだけだ。


 僕は彼女を愛しているし、そんな姿も勇敢だがとても愛らしく素敵に見えるのだから。


「それよりも、この婚約、やめた方がよろしいのではなくて? どう考えても男爵家の負担にしかならないのではないかしら?」


「……それはそうなのですが……出来ないのです……本当はうちの両親も婚約を白紙に戻したがっているのですが、こちらから白紙を申し出た場合、一億ペリを支払わなければならず……」


 これはきな臭い。ここからは僕の出番のようである。


 通常婚約は家同士の契約であるため、どちらかの都合で解消する場合は違約金が発生する場合があるが、それは最高額でもその家の財産の十分の一までにすることという暗黙のルールが存在している。


 不貞を働いた末の解消となるとまた別になってくるが、通常はそういう暗黙のルールの中で婚約は執り行われる。


 僕は王子という立場柄、貴族の資産状況をある程度把握しているが、ガディマ男爵家の総資産は一億に満たない。


「ちょっと失礼? ガディマ嬢、その話、少し詳しく聞かせていただけませんか?」


「レイスロット王子っ!?」


「まぁ、ここからはあなたの出番よね」


 僕はガディマ嬢から詳しい話を聞き、その上で部下に男爵家でその婚約に関わる書類を確認させたところ、明らかに後から加筆された跡を発見した。


 (ぜろ)を二つも加筆した悪質さに反吐が出そうだった。


 僕が調査していることを知ったゴーラ子爵家は違約金なしでガディマ男爵家との婚約を白紙に戻したが、それで僕の目から逃れられると思わないで欲しい。


 まぁここからは面白い話は出てこないのでゴーラ子爵家の話はここまでにしよう。


 ゴーラ子爵家は今後国を騙し、支払うべき税金を着服した罪で世間を嫌という程賑やかすことになるのだから、そのうち皆の耳にも届くだろうし。

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