パーティーにて
本日はマリカの友人である「ミーシャ・ザッカル」嬢の誕生日パーティーがあり、ザッカル侯爵家を訪問している。
正式訪問ではないため僕は少々変装じみた格好をして隅の方で目立たないようにしているのだが、分かる者には当然分かるため気まずそうにしている者がチラホラいる。
マリカはというとミーシャ嬢と楽しそうに会話をしている。
先程から視界の端に不機嫌そうな男と、そんな男に怯えるような女性の姿が見える。
あれは「ルーカス・ノワー」伯爵令息と「カノン・ロッシュ」伯爵令嬢だと記憶している。
二人は婚約者同士で数ヵ月後に夫婦になる予定のはずである。
「……お前はそれ以上何も口にするな」
「分かっています……」
随分な物言いだ。ここにマリカがいなくて良かったと思う。
友人の誕生日パーティーでいつものあれが出てしまうとパーティーを台無しにしかねない。
「ったく……もっとウエストを締められないのか!? コルセットという物があるんだろ? それでせめて見た目だけでも痩せてくれ! みっともない! 化粧ももっと華やかに出来ないのか!? のっぺりとした顔なんだから、化粧で化けるくらいしてくれてもいいだろ!? 俺はほっそりとしていて、ハッキリした顔立ちの女性が好みなんだ! 婚約者なら俺の好みに歩み寄るべきだろう!」
──カツカツカツ
ヒールが床を踏み鳴らす軽快な音と共にマリカが登場してしまった。
「ちょっとよろしいかしら?」
マリカを見た二人の顔色が変わったのが分かった。特にルーカスの顔色は真っ青だ。
「先程のお言葉、聞き捨てなりませんわ」
「あ、いや、俺は何も……」
いつも思うのだが、注意されて言い訳もできない言葉なら吐かなければいいだろうに。
「『婚約者なら俺の好みに歩み寄るべき』だなんて、随分横柄なのですわね」
「いや、ですから、それは……」
カノン嬢は決して太っているわけではない。健康的な見た目の中肉中背で、顔は確かにマリカのように目鼻立ちがハッキリしたタイプとは言えないが、小動物を思わせる愛らしい顔をしたご令嬢だと言えるだろう。
「カノン様? カノン様はどのようなご令嬢がお好みですか? なりたいタイプと言えばいいのかしら? どのようなご令嬢に憧れますか?」
「マリカ様のようなご令嬢に憧れます!」
「あら、私? うふふ、ありがとうございます」
そう言うとマリカがパチンと指を鳴らした。
イギー嬢を筆頭に公爵家の精鋭(使用人だが腕っ節も強い)達が五人姿を現した。
「ミーシャ? 申し訳ないのだけど、お部屋を一つ借りてもいいかしら?」
いつの間にか来ていたミーシャ嬢が目をキラキラと輝かせながら楽しそうに答える。
「いいわよ、いいわよ! 何が始まるのかしら? 私もご一緒していいかしら?」
「決して面白いものではないと思うし、パーティーの主役が抜けてしまうのはまずいのではない?」
「いいのよ、いいのよ! パーティーよりマリカがすることの方が楽しそうですもの! お部屋は奥の客室でいいわよね?」
「どこでもいいわ。さぁ、行きましょう」
いつの間にかルーカスは公爵家の精鋭達にしっかり拘束されており、連れ去られるように客室へと引きずられていった。
ミーシャ嬢ではないがこれから面白いことが起きる予感しかしないため、僕もその部屋に同行させてもらった。
カノン嬢ももちろん付いてきている。
客室に入ると身ぐるみを剥がされたルーカスの姿が目に入ってきた。この短時間で下着姿にしてしまうとは相変わらず仕事が早い。
「では、始めましょうか?」
「な、何を!?」
「あなたに女がどれほど大変な思いをしてその身を飾っているのか、実際に体験していただきますわ」
「な、何で俺がそんなことを!」
「コルセットがどうこう、化粧がどうこう仰っていましたわよね? それがどのようなものなのか、体験してみるのは良い人生経験になると思いますわよ?」
「そんなことを体験する男がいるもんか!」
「あら? あなたがこれから体験するのですもの、世界で初めての男になれますわね」
これからルーカスは女装をさせられるようで、想像しただけで笑いそうになった。
ルーカスは身長はそれほど高くはないが、顔は熊のような髭に覆われているし、体型はずんぐりむっくりである。
テキパキと精鋭達がルーカスにシュミーズを着せ、その上からコルセットを装着していく。
「私のような令嬢に仕上げてちょうだい」
「「「かしこまりました」」」
ルーカスの後ろに回った二名がコルセットの紐を両側から引いて締め上げていく。
「ウゲッ! あっ! く、苦しっ! や、やめてくれっ! あがっ!」
ルーカスがつぶれたカエルのような声を出しているが、精鋭達は黙々と仕事をこなす。
「ぐっ、ぐるし……あっ! ぐえっ!」
これでもかと締め上げられたウエストは、男ながらにしっかりとくびれが出来ており、その下から醜い肉がはみ出ている。
「あら? 私ってそんなに太いウエストかしら?」
「マリカはもっとほっそりとしているわね。あんなに太くないわ!」
ミーシャ嬢がマリカの問いに答えると、精鋭達が更にコルセットの紐を締め上げる。
「ぐっ……ぐるじっ……あがっ……うっ……がっ……」
ルーカスが断末魔に近いのでは? と思うような声を上げているが、精鋭たちはお構いなしに更に紐を締めていく。
最終的には気持ち悪いほどウエストがえぐれ、息をするのも苦しそうなルーカスが下腹の肉だけをだらしなくはみ出した状態で放心していた。
その後はなすがままに似合ってもいない薄桃色のドレスを着せられた。
それで完成かと思ったのだが、まだ終わっていないようで、ドレスの襟元が汚れないようにケープを巻かれたルーカスは椅子に座らせられたのだが、貴族女性のドレスは椅子に座るには適さない中身となっているため座るのも困難らしく彼の顔には苦渋の色が浮かんでいたが、コルセットが苦しすぎるのか声は発しなかった。
「知っていまして? あなた方殿方は乗馬だなんだと日焼けを気にすることもなく日々を過ごしておいでですが、私たち女は『淑女』としての振る舞いを当然と強要されております。その中には『淑女とは日に焼けた肌ではならない』なんてものもございますから、外に出る時は日傘に肌が隠れるグローブなどをどんなに暑かろうが着用し、肌を焼かないように務めなければならないのです」
「そうなのよね! 肌の白さが女性の美しさなんて誰が決めたのかしら? 子供の頃は窓辺で読書が好きだったけれど、日に焼けるからいけませんって怒られるから出来なくなってしまったし。窮屈よね!」
マリカの言葉にミーシャ嬢が同意していて、その後ろでカノン嬢も頷いている。
「淑女教育」とは昔からの貴族女性の生き様や美的感覚の教育であり、その中には「肌を焼かない」なんて変わったものも存在する。
貴族女性が平民のように肌を焼くのははしたないという考えのようだが、僕はマリカがこんがりと日に焼けていても全く気にしないだろう。
むしろそんなマリカを見てみたい気もするが、幼い頃から日に焼けることなく生きてきたマリカが急に日焼けをすると真っ赤になり火膨れでも起こしたような状態になりそうなので勧めたりはしない。
僕も子供の頃はほぼ室内生活だったため、初めて日焼けをした時は大変だった。
熱を持ちすぎた肌は服が擦れるだけで痛むし、湯の刺激でも激痛が走るし、痛みと熱さで寝付くのも大変だったほどだ。
そんな思いをマリカにして欲しいとは思わない。
ルーカスは精鋭たちの手によって顔と首が恐ろしいほど真っ白に塗られているのだが、髭はそのままなため不気味である。
「化けるくらいの化粧と仰っていましたから、あなたにもそれを経験していただきますわ」
「今はぽってりとした唇が流行りらしいわ! 流行りを取り入れることも大切よね?」
「そうね」
マリカとミーシャ嬢の言葉を受け化粧の方向性が決まったようで、精鋭たちがせっせと仕上げていく。
気持ちが悪いほど大きくパッチリとした目、ほんのりと色付いた頬、厚みのあるぽってりとした唇。
パーツだけを切り取って見れば女性に見えなくはないだろうが、元は熊のような髭をたたえた男であるため、全体的に見ると実に奇妙である。
もう笑い出したいのを堪えるのが大変なのだが、ルーカスには最後の難関が待ち構えていた。
「では、ハイヒールを」
男の足に合わせた靴などどこにあったのか、ルーカスは白いハイヒールを無理やり履かされ、生まれたての子鹿のようにプルプルとしている。
実は僕も子供の頃に母のハイヒールを履いたことがあるのだが、「よくこんなものを履いて平然と歩けるな!」と驚いたほど非常に歩きにくい。
男物の靴にもヒールの高い物はあるのだが、女性用のヒールのように細くはなく安定しているため履き慣れていなければ歩けないなんてことはないが、女性用のあれは相当歩き慣れなければ履きこなせない代物だと思う。
そんなものを履いて涼しい顔をして歩いている女性たちに拍手を送りたいくらいだった。
「完成ですわね。……よくお似合いですわよ?」
マリカはそう言ったが、途中の間が全てを現しているだろう。
「も、もういいでしょう……早く脱がせて欲しい……」
相当コルセットで押さえつけられて苦しいのか、か細い声でルーカスがそう言った。
「あら? おかしなことを仰るのね? 本番はこれからですわよ? 私たちはその格好で何時間もパーティーやお茶会に参加いたしますわ? あなたにもそうしてもらいます」
「あ?! パーティーに、参加?!」
「ですが、そんなに見苦しいものをミーシャの誕生会の来客の前に出す訳には参りませんもの、共に簡易的な茶会でも行いましょう」
「え? 全然いいわよ? お客様たちも新しい余興だとお喜びになるわ!」
醜態を晒さないためのマリカなりの配慮だったのだろうが、ミーシャ嬢は本気でルーカスをパーティーにその姿のまま連れ出そうと思っているようだ。
「いえ、お茶会にしましょう。カノン様もご一緒に」
「は、はいっ!」
急に名を呼ばれたカノン嬢は体をビクッと揺らしたが、その表情は僕と似たようなものだった。
あの格好のルーカスを見ても笑う素振りも見せないマリカとミーシャ嬢はさすが淑女である。
パーティー会場からは離れた位置にある裏庭に急遽設置された簡易茶会の会場(設置したのはマリカの精鋭たちである)。
共に廊下を進み裏庭まで来たのだ、その間何度も何度も転んだりつまずいたりしていたルーカス。
「淑女たるもの歩行の際にも背筋を伸ばし、あまり音を立てないように歩くものでしてよ? そのように両手を広げ、背を丸めて下ばかり見ていては不合格! 再教育の必要があると叱られてしまいますわ」
ルーカスを完全に女として扱っているマリカ。
その隣でミーシャ嬢がうんうんと頷いており、カノン嬢は顔を背けて肩を震わせている。
歩いて数分の距離を実に十五分もかけて裏庭に到着した我々は茶会をスタートさせた。
親しい仲同士の茶会にはこれといった決まりはないのだが、格式ばった茶会を好むご婦人がたの茶会は入場順から席順、主催者からの客人の紹介など手順が決められていることが多い。
今回の茶会は大して決まりのない茶会のようだったが、主催者となるマリカ次第なため挨拶だけはきちんと行うようだ。
「この度は急ごしらえの茶会となりますが、お越しいただきありがとうございます。本日のホストを務めさせていただきます、マリカ・アーシュにございます」
マリカが見事なカーテシーを披露すると、カノン嬢が息を呑むのが分かった。
マリカほど美しいカーテシーをする女性はそう多くはいないだろう。自分が褒められたようで鼻が高い。
こういった茶会で主催者からの紹介もなく挨拶が始まる場合は爵位の低い順に挨拶をしていくのが暗黙のルールである。
マリカの挨拶を受け、カノン嬢が立ち上がり挨拶をした。
次はルーカスの番なのだが、ルーカスは座っていることだけでも精一杯のようで立ち上がる気配すらない。
「あらあら? 次はルーカス様の番ですわよー? 緊張されているのかしらー?」
ミーシャ嬢がそういうと、白塗りの化け物と化したルーカスがパクパクと口を動かしながらカノン嬢に助けを求めるように視線を送ったのだが、カノン嬢はそれをフイッと無視してしまった。
何とか立ち上がったルーカスが挨拶を始めたのだが、男性式の挨拶だったため、ミーシャ嬢から間髪を容れず指摘が入った。
「ルーカス様? あなたも淑女なのですから、きちんとした挨拶をなさらないと、社交界の笑いものになりますわよ?」
口調は柔らかいがあれは絶対からかって楽しんでいる。
ミーシャ嬢はそういうところがあるご令嬢なのだ。
指摘されたルーカスはプルプルと震えながら見様見真似のカーテシーを披露したのだが、どう見ても落第点であり、マリカが大きなため息を吐いた。
「はぁ……ドレスをつまむ手、お辞儀の角度に膝を曲げる角度、足の位置、何もかもがなっていませんわ」
なってないも何もそもそもカーテシーなど男は習わないのだから当然であるのだが、助け舟を出す気はさらさらない。
茶会には一応簡単なルールは存在している。
出された茶は飲み干すことと共に出されたお茶請けの菓子も食べ切ること。
仮に菓子が体質などにより食べられない場合を除きそれが最低限のマナーとなる。
本日出されているお茶はアールグレイの紅茶と生クリームとフルーツが添えられたフィナンシェである。
皆が談笑しながら茶を飲み、菓子を食べている中、ルーカスだけはティーカップを持ったまま固まっている。
コルセットでガチガチに固められているため、飲み食いは地獄なのだろう。
屈辱も相まってその手はカタカタと震えているため、ティーカップが皿に当たるカチカチとした音が耳障りだ。
「ルーカス様? 先程から全くお話にもならず、食も進まないご様子ですが、お出しした物に不備がございましたか?」
「い、いや、あの……」
意を決したような顔で紅茶を口にしたルーカスだが、すぐに顔が苦痛に歪んだ。
その後、何とか菓子も食べ切ったルーカスは魂の抜けたような顔をしてただ座っていた。
一時間ほどでお開きとなった茶会が終わると、元いた客室まで戻ったのだが、その間のルーカスは今にも泣き出しそうな顔をしていた。
部屋に入る際、僕はルーカスの耳元で「女性は僕らのために苦行とも思えることをやってのけているんだ。今後はきちんと敬意を示さないとね」と呟くと、彼は大きく頷いた。
化粧を落とし、ドレスとコルセットとハイヒールから解放され、元々の服を着せられたルーカスはカノン嬢の元へと向かうと「すまなかった……」とか細い声で謝罪をした。
「プッ……あははっ……あなたのあの姿……思い出すだけで一生笑えるわ!」
ついに堪えきれなくなったのか、カノン嬢は涙を流して笑い出した。
「そ、そんなに笑うな! あれでなかなか似合っていたじゃないか!」
本気でそう思っているのだとしたらルーカスの美的感覚は相当狂っていると思う。
「ダメっ! 無理っ! 笑いが止まらないわっ!」
「笑わないでくれ! 何だか情けなくなってくるじゃないか!」
いや、ドレスに化粧のあんな姿を少数だとはいえ晒した段階でもう威厳などないだろう。
しかし、二人の雰囲気はパーティー会場で見たそれとは明らかに違っているのが分かる。
「どうです? 私たちの努力が分かりまして?」
「は、はいっ! 身に染みて分かりました!」
「ならば今後はカノン様を大事になさってくださいませ。お二人は夫婦になられ、生涯を共にされるのですから」
「はいっ! 肝に銘じますっ!」
二人が出ていった客室。
一番初めに笑い出したのはミーシャ嬢だった。それに釣られるように僕とマリカも笑い出した。
「ひっどかったわね! 最高に面白かったわ! 素敵なプレゼントをありがとう!」
「パーティーを台無しにしてしまっていないかしら?」
「どうせ今頃は私のことなんか忘れて皆勝手に楽しんでいるわよ。いつもそんな感じでしょ?」
「それもそうね」
誕生会とはいえ貴族の集まる場であるため、最初こそ主役を皆で祝うのだが、時間が経てば大人の会話が始まるのが常である。
そうなると主役などいてもいなくても変わらない。
こうしてお開きとなった誕生会。
今でもあのルーカスの姿を思い出すと笑ってしまう。
「十年は笑えそうだな」
「何か言いまして?」
「いや、何でもないよ?」
キョトンとした顔で僕を見上げるマリカは今日も美しい。
その後のあの二人だが、無事に式を終え、今では夫婦として暮らしている。
とても仲の良い夫婦だという報告を受けているので、本当にルーカスはあの一件で懲りたのだろう。
さすがにあれほどの醜態を晒したのだから大きい顔もできまい。
「夫婦は仲良くに限るね」
「そうですわね」
僕の隣で微笑むマリカ。
「僕たちも仲睦まじい夫婦になろうね?」
そう言うとマリカの顔が真っ赤に染まった。




