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第19話『力の差』

「確か吸血鬼連中は五体で一組なんだろ?」

「そうらしいわね」

「て事は、既に戦っている自警団の人たちに協力する形になるのかな?」

「そうね」


静音の言う通り、杏果たちは自警団の団員と協力することとなるだろう。

貴族クラスではない、普通の吸血鬼といえど、〈杏果小隊〉だけで五体もまとめて相手取るのは厳しい。

まず勝てる見込みはなく、暫く時間を稼げれば御の字だ。


あの後、〈遥樹小隊〉は破壊された西側ゲートの近くへ、〈美緒小隊〉は南西方向へ、そして〈杏果小隊〉は北西方向へと散開して、それぞれ戦いに出向いていた。

この道中でも、既に何体かの魔物を倒した後で、遠目だが吸血鬼と戦っている団員の姿も見える。


この分なら、十分に間に合うだろう。

そう思っていた時だった。


尋常ではない魔力を感知し、安堵が一瞬にして掻き消されたのは。


「な、何この魔力……!?」

「おいおい、なんでこんな馬鹿げた魔力、今まで感じなかったんだ!?」

「何処からかは分からないけど、でも急に現れたことを考えるとこれは……」


柚葉の話では、彼女の姿は目視で確認することが出来ず、魔力探知も効果がなかったらしい。

これだけ強大な力を、直ぐに感知できなかったのは、つまりそういうことだろう。

三人で背中を合わせ、周囲に気を配る。

そして、視界内に現れた何者かを、静音が指さす。


「あ、あそこだよ!」


そしてその声に反応して少し後退し、いつでも戦えるように臨戦態勢をとる。

杏果たちの目の前に現れたのは、やはりと言うべきか、リンとそっくりな黒い少女だった。

虚ろな目をして歩みを止めた少女の体には、べっとりと返り血が飛び散っていた。


「……あなた達も、わたしの邪魔をしに来たの?」

「っ……!」

「あなた達もってことは、他にもいたってことか?」

「うん、邪魔してくるから……」


黒いリンは、ゆったりとした動きで再び歩みを進めながら、槍を生成した。


「みんな、邪魔しなくなるまで潰した」

「……何人やられたかは分からないけど、出会った相手は片っ端から倒して行ったってこと?」

「話には聞いてたけど、戦闘力やばくねぇ?」


(言われなくてもそんなこと分かってるわよ!)


今、黒いリンから感じ取れる魔力の強さは、一体魔導師何人分だろうか。

いや、数十人分くらいは軽くあるだろうが、改めて〈魔人〉というものを直に見て、その恐ろしさはよくわかった。


「あなた達も、邪魔するなら容赦しないよ?」

「……そうは言ってもね、私たちもあんたと吸血鬼たちを食い止めるために戦ってるんだから、そう簡単に退けるわけないでしょ!」

「そう。だったら……」


残念そうにため息をつく黒いリン。

そして彼女は、腰を屈める。おそらく、お喋りはおしまいだと、攻撃に転じようとしているのだろうが。


(そう簡単にやらせる訳ないでしょ!)


杏果たちもまた、いつでも動けるように構える。

ジリジリと、互いを見据えてタイミングを図る。


最初に動きだしたのは黒いリンだ。

と言っても、地面を深く蹴ろうとして、ジャリ……、と足が地面を削る音を聞き逃さなかっただけである。

それに反応できるかは、別問題であった。


「あがっ……!?」

「は……?」

「えっ……」


三人のうち、初めに狙われたのは静音だった。

突っ込んでくるリンの姿を、誰も目で追う事が出来なかったのだ。

静音は、胴に強烈な蹴りを入れられて、そのまま吹き飛ばされた。

そして、すぐそばの建物の壁に叩きつけられた。壁は凹んでひび割れはしたものの、貫通することも無く、静音はそのまま地面に落ちる。


「は、速すぎる……」

「静音っ!」


呆然と立ち尽くす杏果に対して、珍しく響弥の方が先に動きだし、吹き飛ばされた静音の元へと駆け寄る。

そんな響弥を見ながら、杏果は停止しそうな思考をフル回転させて、なるべく状況を確実に理解しようと試みる。


(……速い。速いんだけど、静音が叩きつけられた壁……、そんなに被害はない?)


もしかしたら、速さだけのコケ脅しか。

そんな、甘い考えの杏果の頭上で、跳躍して槍を振り下ろそうとしている黒いリン。

気を抜いていた訳ではなく、そして特別速いわけでもないこの一撃には、反応する事が出来た。

だが、受け止めようとした直前で、響弥が大声で杏果に忠告する。


「油断すんな! 一撃の威力が異常すぎる!」

「はっ……!?」


今更躱すという選択肢が取れるような状態でもない。

咄嗟に杏果は、響弥の忠告を素直に受け止め、全身に力を入れて攻撃を受け止めようとする。

そして槍が振り下ろされ、互いの武器が衝突した。

その衝撃で、杏果の足元を中心に、地面が陥没した。


「う、ぐぅっ……!?」


(嘘でしょ、めちゃくちゃ重いっ!)


杏果のパワーは、学生でありながら、〈日本都市〉の魔導師の中でもトップクラスのものだ。

それを、悠々超えるような力。しかも、さぞかし力を入れているのかと思いきや、涼しい表情であった。


互いに魔力で作られた武器だが、金属が擦れ合うような音を立てて、杏果の方が徐々に押し込まれていく。


(冗談じゃないわ。力比べでそう簡単に負けてやるもんか!)


杏果は、全身に力を込める。

更に、全身に魔力を行き渡らせて、己を強化する。

学生としても基本である、〈肉体強化魔法〉だ。

だが、無意識にでもできてしまうこの魔法を、杏果は更に集中することで、より効力を高める。


「うっ、おぉおおおぉぉ!」

「っ!」


上昇した力で、杏果は強引に黒いリンを押し退けようとする。

だが、危険を察知した黒いリンは、杏果の攻撃に逆らわず、そのまま後ろに跳んで後退した。


「なるほど、馬鹿じゃないのね……」


一瞬だが、かなりの魔力を消耗したことで一気に疲労が溜まり、杏果は息を切らす。

優秀と言えども、まだ体のできていない学生だ。例え魔力量が多くとも、あまり無茶な魔力行使は魔力回路を傷つける。


それがわかっていても、多少の無茶は仕方がなかった。

考えている暇もなく、黒いリンが再び突撃してきたからだ。

ギリギリ反応する事が出来たため、何とか防御には成功したが、万全な体制で受け止められた訳では無い。

踏ん張りきれずに足が浮いて、少し後方に押しやられたが、それでも直撃を受けるよりはマシだった。


(動作の一つ一つに、雑音が感じられない……。なんか、どっかで聞いたわね。何だっけ……)


一つの動作で生み出せる力を、周囲に逃がさず全て攻撃に転換させる、そういう技術。

彼女が当たり前のように実行しているのは、その難しい技術かもしれないのだ。

そしてそこから発生する力は、杏果すら凌駕しかねないほどのものであることは目に見えているが、速さも莉緒ほどではないが、それに匹敵しかねないくらいのものだ。


黒いリンが、追い討ちをかけようと地面を蹴る。

だが、杏果に向かってくることは無く、突如として足元から発生した岩の杭に反応して、後ろへ跳躍したのだ。


「響弥!」

「俺じゃアレの相手は無理だ! できる限り援護するから、任せていいか!?」

「……ええ、問題ないわ」


頷くと、杏果は意識を集中させる。

体が熱を放ち、魔力が全身を循環する感覚。気づけば、装いが少し変わっていた。

制服の上から、和風の羽織を身に纏った状態。更に羽織は、魔力を灯していた。


「〈神話憑依ヘラクレス〉__!」

「っ!」


先までの〈肉体強化魔法〉とは比べ物にならない程の強化状態に、黒いリンは目を見張り、警戒心を一層強くする。


「よっしゃ行けっ!」

「言われなくても!」


杏果が、地面を蹴ろうと足に力を入れる。

杏果の動きに反応して、先制をしかけようとする黒いリンだったが、響弥は宣言通りに杏果の援護を始めた。


まず手始めに、黒いリンを取り囲むように岩の壁が隆起する。

そんなものは意に介することも無く、容易く障害を破壊してしまう。


「っ!?」


だが、そこで杏果の姿が見当たらないことに気がついたのだ。

響弥の狙いは、封じ込めたり動きを止めるといった、不可能だとわかっていることではない。

杏果から視線を外すことが目的だったのだ。

案の定、視界から突然、杏果が消えた事で、多少の動揺を見せる黒いリン。

その間に、杏果はリンの背後数メートルに回り込んでいた。


莉緒や虎生には遠く及ばないが、それでも〈神話憑依〉状態なのだ。

その速さは、普段の杏果とは比べ物にならない。

黒いリンが動揺によって硬直している、いつまで続くかわからないこの時がチャンスだった。


ぐわっ、と斧を振りかぶると同時に杏果は突撃。

黒いリンは何と、それに気がつき反応した。

杏果も驚きはしたが、それでも流石に反撃できるほどの余裕はなかったようで、先程の二人の接触時とは入れ替わり、杏果が押し込む形となる。


再び、力比べ。

そして今度は、杏果の方が徐々に押していき、次第に黒いリンの足が、踏ん張る地面を抉っていく。


(よし、動けねぇ今がチャンスだ!)


響弥は確信を得ると、再び地面に手をつける。


「〈ガイア・ブレイク〉!」


響弥が放ったのは、魔術ではなく魔法。

直接攻撃をする訳では無いが、地面を破壊し、形状を変化させるというものである。

あれだけ強力な力でせめぎ合う中、不利な状態で踏ん張らなくては行けない黒いリン。そんな時に、肝心な足場が崩れたらどうなるか。


当然、いかに強かろうとも関係ない。踏ん張ることも出来ず、体勢が崩れる。

そんな状態で、杏果の全力による重い一撃を受け止められるはずがない。

槍が耐えきれず半ばからへし折れ、斧の一撃を受けた黒いリンは、きりもみ状態で吹き飛ばされて、激突して崩れ落ちてきた壁の下敷きになった。


「お、おぉう……、ちょっとやりすぎじゃねぇ?」

「そんなわけないでしょ。見ればすぐにわかるわ」


土煙が立ち昇る瓦礫の山を見ながら、杏果は今の手応えの違和感に顔を顰めていた。

明らかに直撃だったにも拘わらず、肉を断ったにしては、あまりに硬いその感触に。

そして嫌な予感は的中した。

瓦礫を吹き飛ばして再度現れた黒いリン。

瓦礫が崩れてきたことによるダメージはほぼ皆無、左肩から右脇腹にかけて黒衣が破れ、その下の肉も裂けていたが、そこから血が出ることは無かった。


「そういや見た目だけで、魔力体なんだっけか?」

「らしいわね……」


裂けた肉や服は、よく見ると徐々に、元の状態へと戻りつつあった。

やはり大したダメージにはなっていないようだった。

倒すには、体のどこかにある核を破壊しなくては行けない。

その核の場所に目星はついているが、しかし、リンに力を取り戻させなくては行けないことを考えると、本当に壊す訳には行かない。


(せめて、核と魔力体を分離できればいいんだけど、今私に出来ることがあるとすれば、足止めしかない……!)


その事実は悔しく、苦しいものであったが、そもそも〈神話憑依〉も使わなければ、相手になったかも怪しいのだからまだマシになった方である。


黒いリンに、あまり猶予を与えては行けない。

すぐにでも杏果は再度動き始め、猛攻を開始する。


「はぁっ!」

「つっ!」


杏果の重い一撃を、黒いリンは受け止める。

だが、予想以上の速さと力に押され、少しずつ体勢が崩れかけていた。

弱すぎる訳では無い黒いリンの力では、踏ん張ってしまうと逆に吹き飛ばされることも出来ず、その場に食い止められて動くこともままならない。


このままでは先程の二の舞だときがついたようで、強引に悪状況から脱しようと試みるも、多少杏果の攻撃を逸らすことに成功しただけだった。

更に、杏果は逃がすまいと直ぐに次の行動に移る。そうして、黒いリンは接近戦を余儀なくされていた。


(よし、〈神話憑依〉使っている間なら、私の方が強い! この近距離なら私の十八番だ!)


「……」


響弥が隙を見つけることも出来ない、激しい打ち合い。

何度も繰り返されていたその時、黒いリンの膝が崩れ、地面につく。


(チャンス!)


思うが早いか、杏果は戦斧を高く掲げて、勢いよく振り下ろす。

だが。


「フッ__」

「えっ……」


杏果の戦斧は、黒いリンを叩くことなく地面を砕く。

黒いリンは、杏果の攻撃を回避していた。

それも、無傷で、余裕の表情で。

膝を着いたのは演技だった。攻撃を誘われたのだ。

そう気づいた時にはもう遅かった。


黒いリンに、猶予を与えてしまった__


「……甘く見ていたけど、なるほど。強いんだね」

「……随分と余裕そうじゃない」

「うん、そうだね。だから、全力で片づけよう__」


黒いリンがそう言うと、その体から魔力が溢れ出した。常識的に考えられない、常軌を逸した魔力量。

人ひとりの中に抑え込まれているとは到底思えないような__


「…………こんなの、嘘でしょ……?」


杏果の手から、戦斧が滑り落ちた。

圧倒的な力の前に、杏果は畏怖を抱いていた。

タダでさえ、数十人分の魔導師と同等以上の魔力を秘めていたというのに、それがまた爆発的に増大したのだ。


今までの戦いでは、例え力の差があっても諦めるようなことは無かった。だがそれは、万に一つでも勝つ可能性があるという、心の支えがあったからだ。


だが、杏果は、この時ほど力の差を感じた経験などなかった。

どれだけ足掻こうとも、決して敵うことは無い。

希望など欠けらも無い、圧倒的な力の差。

初めての感覚に恐怖して、顔は引き攣り、足は震えて後退ろうとしていた。

杏果からは見えていないが、響弥の顔もまた、引きつっていた。


「こんなの、勝てるわけねぇ……」

「これが……」


__これが、〈魔人〉の全力。


恐怖に立ち尽くす二人を前に、黒いリンはゆらりと動き出す。

そして直ぐに見失うが、ズンっと鈍い音だけが二人の耳に届いた。


「えっ……?」

「がっ、ぇ……」


視線を動かすと、黒いリンが突き出した長槍が、響弥の腹を突き刺していた。

そして黒いリンは槍から手を離すと、再び姿を消した。


(さっきまで本気じゃなかったって言っても、こんなの早すぎる……!)


「……遅いよ」


焦りを覚える杏果。

だが、何かしらの行動に移るより前に、懐に潜り込んだ黒いリンは、手刀で杏果の心臓を貫いた。


「あっ……」

「……残念だよ。邪魔しなければ、死ぬことは無かったのにね」


杏果の吐いた血が、黒いリンの顔を赤く濡らした。

それを意に介することなく、黒いリンは杏果を貫いた手を無造作に振り払い、体に力が入らない杏果は体を地面に叩きつけられる。

黒いリンは、それ以上杏果に手を出さず、だがすぐ側で彼女を見ていた。

しっかり死ぬところを、確認しようという算段だろうか。


だが、黒いリンはずっとその様子を眺めていることは無かった。

何かに気がついたように、突然顔を空に向けると、長槍を生成する。

そして、膨大な魔力を込めて、それを投擲した。

更に、その槍の動きを追うように、その場を飛び出して去っていった。

杏果たちからはもう興味を失ったらしく、見向きもしなかった。


(あっ……、待って、待ちな、さいよ……)


黒いリンを止めようと、手を伸ばそうとするが、体がピクリとも動かない。

貫かれた所から、恐ろしい量の血が流れ出てきて、体の感覚はもう無いに等しい。

体温は失われていき、思考は回らず、意識は薄れていく。


(あ、このままじゃ、ダメ、だ……)


「あっ、あ……、ぁー…………」


何かを言葉にしようとするが、呼吸もままならず、ついに杏果の意識は暗転した。

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