第16話『無謀な選択』
敵の気配もなかったため、空たちは暫くその場に座り込んで休憩していた。
続く階層は第6階層。ここから先、難易度は急激に跳ね上がるというが。
「……さて、どうするよ?」
「とりあえず〈脳〉は倒したからね。学園長に連絡しておこう」
「ちょっと待って。連絡はまだしちゃダメよ」
空から静止をかけられ、陸と海は訝しげな表情を浮かべた。だが、空の表情を見るやいなや、今度はその表情を引き攣らせる。
「お、おい、何考えてる?」
「ちょっと休憩したら行くわよ」
「どこに行くつもりだい?」
「言わなきゃわからない? 第6階層よ」
予想通りの回答に、陸と海は盛大なため息をつく。
この展開を、全く予想していなかった訳では無い。むしろ予想できていた展開故のため息だった。
「あのなぁ、学園長には『第5階層で〈脳〉がでたら報告するように』って言われたろ?」
「馬鹿にしてるの? 覚えてるわよ当然」
「じゃあ何故、先に行こうとするの? 連絡もしずに?」
「連絡なんてとったら、帰還命令が出ちゃうでしょうが」
「うん、だから帰るんでしょ?」
「冗談じゃないわ。挑戦してくに決まってるじゃない」
空の言う通り、〈脳〉を見つけたという報告を入れれば、間違いなく帰還命令が出る。
それは、そうする必要があるからであり、だからこそ柚葉は、連絡を入れるようにと釘を刺したのだ。〈空小隊〉では、これ以降の攻略は困難だろう。そう思われているのである。
そしてそれは事実だ。
〈脳〉相手に、無駄に手こずっているようでは、これより先の上層の、更に強い怪物を相手に出来るとは思えない。
空の身の安全や、この先のリスクを考えて、陸と海は先に進むのは反対だった。
だが、それでも空は行くのを諦めようとしない。
「私たちはまだまだ弱い。ここで引いてたら、強くなれるまでに時間がかかっちゃうじゃない。これはチャンスなのよ。最悪の場合は逃げれば解決することだし、ここで尻込みすることないわ」
「そりゃあそうだが……」
「弱いって分かってるなら、自惚れて先に進まない方が……」
「じゃあ私一人で行くわ」
「…………わかったよ」
1人で行かれて、空の身になにかあっては遅い。2人は、空の護衛としてついているのだから。
あくまで強情な空に折れ、陸と海は肩を竦めて立ち上がる。
2人の意外な様子を見ると、空は一瞬目を見開きながらも、口元に笑みを浮かべて勢いよく立ち上がる。
「やっとその気になったわね。じゃあ、行くわよ!」
『おー……』
今回ばかりは、少しうんざりした様子で応じる陸と海。
この時、彼らは気づかなかった。
確かに、実績は積んだ。
だがそもそも、高等部に上がったばかりの彼らが遺跡探索に行く許可を得られたのは、1年生の中でも頭一つ抜けて優秀だったからという事を。
そんな彼らに、ちゃんと『連絡を入れるように』といった、柚葉の考えを。
第6階層へと続く階段は、今までとは打って変わって、静寂に満ちていた。
だが、上層から感じることの出来る威圧感が、ひしひしと伝わってくる。
ここまでの比ではないくらいに、この先は危険だと。
だが、それでも空は足を止めようとせず、必然、陸と海はついていく他になかった。
物理的にもそうだが、重苦しい雰囲気のせいか、精神的に非常に長く感じた階段が、ようやく終わりを迎える。
第6階層の作りは、第5階層に似ていた。
削られて平らな壁には、古代文字のようなものが刻まれ、半円を描く天井は、先へと続くドーム状のフロアへと繋がっていた。
そう。第5階層と違うのは、いきなりフロアという訳ではなく、廊下から始まっているのだ。
「また一段と……」
「でけぇな……」
「そうだね。でも、番人とやらの気配はないみたいだよ」
海の言うように、ここに出るはずの怪物の姿が見当たらない。
ちゃんと出現する仕組みになっているのなら、おそらくこの廊下の先の、ホールに足を踏み入れたタイミングで出現するのだろう。
3人は顔を見合わせると、慎重に足を進める。
空は既に、ポーチの中に手を入れて、その中の瓶に手を触れていた。その数は、〈脳〉との戦闘で余ったものを含めて、7つ。
陸も海も、メイスを生成して、戦闘準備を完了していた。
臨戦態勢。すぐにでも戦える状態である。
「……それじゃあ、入るわよ?」
「おう」
「うん。準備は出来てるよ」
流石に空も、緊張した面持ちだった。自分たちの命だけではなく、空の命もかかっていることもあって、陸と海の緊張は空の比ではないのだが。
そしてついに、空が第6階層のホールへと足を踏み入れる。
すると、周囲の魔力が凝縮されて、徐々に形を作っていくではないか。
初めて見る、遺跡の番人の出現の仕方に、警戒心を剥き出しにする3人。だが、それは無理もないことだった。
なにせ、形作られていくそれは、まだ不定形にも関わらず、優に空たちの3倍以上の大きさがあったのだから。
「で、でかいぞこいつ……」
「魔力もかなり濃密だね。〈脳〉よりもはるかに強いんじゃない?」
「聞いてた話だと、この階層で出てくるのって確か……」
言っている間にも、魔力の塊ははっきりとした輪郭を形成していき、その姿を現す。
厳つい頭には凶悪な角が2本、歪曲して生えている。タダでさえ巨大だというのに、大きな翼と長い尻尾が、余計にこの部屋を狭く感じさせている。
体は漆黒。その姿は龍__その中でも、邪龍などと称される者。
言うところの、〈ファフニール〉というやつである。
「流石、遺跡の番人というだけあって、とんでもない化け物が出てきたわね……」
「言ってる場合じゃねえぞ!」
「くるよ!」
空が顔を引き攣らせていると、慌てて陸と海が、空の手を引っ張り後退する。
雄叫びを上げるファフニールは、魔導師から見ても凶悪なその前足を空たち目掛けて振り下ろし、空たちの退避したあとに、そこへと命中して地面を砕いた。
ただの物理でこの威力。直撃を受ければ、魔導師とてすぐには治癒しないだろう。
「散開!」
空の指示に従い、陸と海は、それぞれ左右に別れながら前進する。
すると狙い通り、ファフニールの意識が分散し始めた。1箇所に固まるよりも、散り散りになって注意を掻き乱すのだ。
続けて、陸が片手を下に下ろすと、ガバッと何かをすくい上げるように、ファフニールに向かって手を開いたまま振り抜く。
次の瞬間、地面から巨大な1本の石柱がファフニールに襲いかかった。もちろん、先端は鋭利に尖った状態だ。
あの巨体では、この一撃をそう容易く躱せはしないだろう。それに、出来たところでダメージを与えることがついでなので、別に問題は無い。
ファフニールの行動は、空たちにとって少し予想外のものとなった。
顎を大きく開くと、そこから息吹が放たれ、陸の攻撃を消し飛ばしたのだ。
だが、これでも一応問題は無い。
そもそもの目的は、陸に意識を集中させることなのだから。
その狙いは、上手くいったようだ。
「海、次よ!」
「オッケー!」
空の指示に返事をすると、海は〈水散弾〉を生成して__それを凍らせた。
魔導師の得意な属性は1人1属性が基本だが、同系統の属性であれば、実践で使える程度の性能にはなる。とはいえ、それなりの魔力制御力がないと難しいが。
「__〈氷結霰弾〉!」
鋭く尖った、小さな無数の氷の弾丸が、ファフニールの体を背後から貫いていく。
もちろん、これでは大したダメージにならないが、これも囮だ。怒り狂うファフニールは、陸の方に向けていた意識を、今度はぐりん、と体ごと海に向ける。
「__よし、今!」
言うが早いか、空はポーチの瓶を3つ、開ける時間ももどかしいと言いたげに、地面に叩きつけて割り、中身を出す。
そして、中から出てきた3つの光球を、自分の手に集めてぐるぐると回転させ、ひとつの大玉へと変化させる。
「ふんっ!」
貫通力は若干落ちるが、威力をはね上げた一撃。
空はそれを、ファフニールの頭めがけて力一杯投げ飛ばした。
だが、ファフニールはその攻撃にすら反応した。
ぐるりと首を向けると、空の攻撃に対して息吹を吐き出す。
その反応速度に驚きながらも、空は動じることなく、むしろ不敵に笑った。
「__無駄よ!」
光球は、息吹を受けてもその勢いを落とすことがなかった。
次第に息吹を推していき、ついに息吹を突き破ると、ファフニールの頭部に直撃して爆発。
ファフニールの頭は跡形もなく消し飛んで、その巨体が、地面に倒れて地響きを起こした。
それを確認した陸と海は、手を挙げて空の方へと駆け戻っていく。
そして、3人揃ってハイタッチ。第6階層に、子気味のいい音が鳴り響く。
『よっし!』
空たちは、ファフニールを倒したという事実に、素直に喜びを示した。
「さあ、次の階層行くわよ!」
「ちょいちょいちょい!」
「ちょっと待とうか?」
そして、調子に乗ってさらに先へ行こうとする空を、窘める陸と空。
「何よー」
「いや、あんま無茶するのも良くないだろ!」
「ここで一旦、退いておくべきだよ。ファフニールに勝てるとわかった以上、今後の遺跡探索も任せてもらえるかもだし……」
「……怖気づいちゃって♡」
「そういうんじゃ__」
からかう空に否定を入れようとする陸。
その時、ズンっと強烈な地響きが〈空小隊〉を襲った。
「な、なにっ!?」
「こんな時に地震か?」
「……2人とも、ちょっとやばいかもよ」
『えっ……?』
海の絞り出すような声に振り向いてみれば、その視線の先には、ゆらりと立ち上がる巨体。
頭部が吹き飛ばされたにも拘わらず、ファフニールが起き上がった。しかもその頭部は、徐々に再生を始めていた。かなりの速度で。
「ちょ、嘘でしょ!?」
「これは……、本物じゃない、魔力体なのか……!」
「って事は、どこかにある核を潰さなきゃ倒せねぇって事かよ!?」
雄叫びが響く。
空たちが慌てふためいている間に、ファフニールは頭部の再生を終えていた。
そして顎を大きく開く。
また息吹を吐き出すのかと警戒する空たちだが、その予想は半分あたりで半分ハズレだ。
ファフニールの口から放たれたのは、焔ではなかったのだ。
いかにも危険そうな、毒々しい色をした濃い霧が、次第に空たちに近づく。
「何これ……、うっ!?」
「空、陸、下がって!」
海の指示通り、2人は急いで後退する。
続いて陸が、瞬時に壁を作り、ホール状に閉じてファフニールを閉じ込める。だが、その天井には穴を開けていた。
「間違いなく毒だね、あの霧は」
「でも、これで暫くは霧が漏れ出すこともないだろ。今のうちに、天井に空間開けといたから、そこから攻撃を__」
陸が作戦を口にしている、その最中。
遺跡を素材にされた頑丈な壁は、ファフニールが尾で薙ぎ払っただけで、容易く砕け散った。
「げっ!?」
「くっ、仕方ない。引くわよ!」
「そうだね。今ならまだ間に合う……!」
ファフニールが、土煙と毒霧の立ち込める中をゆらりと動き出そうとしている、その間に。
空たちは来た道を、全力疾走で戻りはじめた。
だが、突然進行先の天井が崩れ、目の前に瓦礫が降ってくる。
足を止めた〈空小隊〉の目の前に現れたのは、数えるのも億劫になりそうな数の吸血鬼。
そして姿は、同じ少女の見た目をしていた。
「な、何よこいつら……」
「__マスター。侵入者の姿を確認しました」
「マスター。移籍の防衛機能が、侵入者の足止めに成功していた模様です」
「マスター。我々の予想通り、〈心臓〉は破壊しなくて正解でしたね」
「わかった、わかったよ」
『__マスター。次の指示を』
そして、同じ姿の少女達が左右に割れて、そこに現れたのは、一人の男。
あの、ファフニールすら凌駕する、圧倒的な威圧感を、全身で感じた。
「あ、あいつ何者……!?」
「これは……」
「ちょっと勝てないね……」
絶望的な状況に、表情が引き攣る空たち。
男が、すっと肘を曲げて手を挙げると、少女たちは了解を得たように少し下がる。
「とりあえずお前達は待機だ。彼らは、俺一人で相手しよう」
戦闘準備に入る男から、徐々に感じる魔力が大きくなっていく。
「空、下がれ!」
「うちのリーダーに手は出させないよ!」
立ち竦む空を庇うように、勇敢にも前に出る陸と海。
そして__
「〈エクス・ブラスター〉」
容赦のない攻撃が、3人を襲った。




