今日から僕は 165
「あの、もう一度いいですか?」
誠は確かめるために嵯峨に頼む。
「ああ何度でも言うよ。神前誠曹長」
『曹長』と聞こえる。
「あのソウチョウですか?」
「まあそれ以外の読み方は俺も知らないが」
そう言うと嵯峨はにんまりと笑う。
「張り出してあったろ?掲示板見ていなかったのか?」
そこで通用門から続いていた微妙な視線の意味が分かった。
「確かにお前さんは幹部候補で入った訳だけど、一応適性とか配属部隊で見るわけよ。まあ、お前さんには似合うんじゃないの?鬼の下士官殿」
ガタガタとドアのあたりで音がするのも誠には聞こえない。聞こえないと思い込みたかった。
「でもまあ曹長は便利だぞ。まず下士官寮の激安な家賃。さらに朝食、夕食付き。士官になるとそこ出て下宿探さにゃならんからな」
「でもシュペルター中尉もいますよ?」
「ああ、エンゲルバーグね。アイツは食事制限のためにあそこに閉じ込めてるんだよ。ほっとくと、どんだけ太るか分からんからな」
誠は足元が覚束なくなってきているのを感じた。幹部候補で入った同期は例外なく少尉で任官を済ませている。しかし誠は候補生資格を剥奪されての曹長待遇。ただ頭の中が白くなった。
「ああ、今回の実戦で法術兵器適応Sランクの判定が出たから給料は逆に上がるんじゃないかな」
そう言うと嵯峨は掃除の続きを始める。
「でも原因は?」
「心当たりないか?」
嵯峨が困ったような顔をして誠を睨む。その瞬間、誠は初日の出来事を思いだした。
「もしかして、ナンバルゲニア中尉に銃を向けた事ですか?」
「正解。頭に血が上りやすいのは要だけで十分だ」
ゴトリとドアの向こうから音がした。嵯峨は誠にしゃべらないよう手で合図するとドアを開く。
要、カウラ、アイシャ、シャム、パーラ、サラ、そして菰田がばたばたと部屋の中に倒れこむ。
「盗み聞きとは感心しないねえ」
五人を見下ろして嵯峨が嘆く。
「叔父貴。そりゃねえだろ?銃をバカスカ撃つのはアタシだってやってるじゃないか!」
「そうなんだ。じゃあ今回の降格取り消しの再考を上申するか?上申書の台紙ならあるぞ?」
「そうじゃねえ!」
「無駄だ、西園寺。上層部の決定はそう簡単には覆らない」
「カウラちゃん薄情ねえ。もう少し庇ってあげないとフラグ立たないわよ」
要、カウラ、アイシャがよたよたと立ち上がる。
複雑な表情の彼らの中で、菰田だけは顔に『ざまあみろ』と書いてある。
「神前軍曹!これからもよろしく」
「西園寺さん、曹長なんですが」
「バーカ。知ってていってるんだ!」
要がニヤリと笑った。




