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今日から僕は 164

 実働部隊詰め所の先に人垣があるが、誠は無視して通り過ぎようとした。

「あ!神前君だ!」 

 肉球グローブをしたシャムが手を振っているが、すぐに吉田に引きずられて詰め所の中に消える。

 他の隊員達はそれぞれささやき合いながら誠の方を見ていた。気になるところだが誠は隊長に呼ばれているとあって焦りながらロッカールームに駆け込む。

 誰も居ないロッカールーム。

 いつものようにまだ階級章のついていない尉官と下士官で共通の勤務服に袖を通す。

 まだ辞令を受け取っていないので、当然階級章は無い。

「今回の件で出世した人多いなあ」 

 誠が独り言を言いながらネクタイを締めて廊下に出た。先程の掲示板の前の人だかりは消え、静かな雰囲気の中、誠は隊長室をノックした。

「空いてるぞ」 

 間抜けな嵯峨の声が響いたのを聞くと、誠はそのまま隊長室に入った。

「おう、すまんな。何処でもいいから座れや」 

 机の上の片づけをしている嵯峨。ソファーの上に置かれた寝袋をどけると誠はそのまま座った。

「やっぱ整理整頓は重要だねえ。俺はまるっきり駄目でさ、ときどき茜が来てやってくれるんだけど、それでもまあいつの間にかこんなに散らかっちまって」 

 愚痴りながら嵯峨は書類を束ねて紐でまとめていた。

「そう言えば今度、同盟機構で法術捜査班が設立されるらしいですね」 

「ああ、茜の奴を上級捜査官にしようってあれだろ?ここだけの話だが、相談受けてね。本人は結構乗り気みたいだからできるだろうが、まあこれまでは『無かった』ことになってた話だ。そうそう簡単に軌道に乗るとは思えないがな」 

 嵯峨茜。保安隊隊長、つまり今、誠の目の前で週刊誌の女優のスキャンダル記事を眺めて暇をつぶしている嵯峨惟基の長女である。誠も何度か実家の道場で顔を合わせたことはあった。同い年のはずだが、物腰は柔らかい落ち着いた女性で、弁護士と言う職業柄かきついところのある人と言う印象と、父親譲りの剣の腕前に感心する事仕切りな女性である。

 今回の事件。『近藤事件』と名づけられた胡州軍の分派活動に対する保安隊の急襲作戦により、法術と言うこれまで存在しない事にされてきた力が表ざたにされた。

 遼州同盟は加盟国国民や地球などの他勢力の不安感払拭のために、特務公安、保安隊に続く法術犯罪専門の特殊司法機関機動部隊の発足を決めた。そしてその筆頭捜査官に茜の名前が挙がっていることは誠も知っていた。

「それにしても良くここまで汚しますねえ」 

 誠がそう言いたくなったのはソファーの上の鉄粉が手にまとわりつくのが分かったからだ。

 隊長室の机の端に大きな万力が置かれ、嵯峨の愛銃VZ52のスライドががっちりと固定されている。

「ああ、そう言えばすっかり辞令の事忘れてたな。今渡すよ」 

 そう言うと嵯峨は埃にまみれた一枚の書類を取り出した。

 誠は立ち上がって、じっと辞令の内容が読み上げられるのを待った。

「神前誠曹長は保安隊実働部隊での勤務を命ず」 

 嵯峨はそう言った。

『曹長?』 

 誠は聞きなれないその言葉に、体の力が抜けていくのを感じた。



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