今日から僕は 116
「よく見ると殺風景な部屋だねえ。お前の好きなアニメのポスターの一枚も貼ればいいのに」
グビリと嵯峨は酒を口に含む。
「お前、あれだろ。アニメのディスクとかに付いてきたポスターとか、きっちり保存用に溜め込む口だろ?まあシャムやアイシャもそんなこと言ってたからなあ。アイシャなんかは保存用、布教用、観賞用って三つも同じディスク買い込んでるみたいだからな」
確かにそうなので誠は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「せめてカレンダーくらい貼っといた方が気が休まるんじゃないか?こんなに殺風景だと……おい、誰か来てるみたいだぞ」
入り口の所を指差し、嵯峨はそう言った。
誠は指示されるままに扉を開く。
「よう!元気か!って、なんだ、叔父貴もいたのかよ」
少しばかり上機嫌になっている要がそこにいた。
自分も酔ってはいるものの、要の息は明らかに大量の蒸留酒を飲んでアルコールに満ち溢れたそれだ。
「おいおい、一応待機中なんだぜ、もうちょっと自重してもいいんじゃないのか?」
「かてえこと言うなよ!おい神前!」
直立不動の態勢をとった誠だが、先ほどのシャムの『タレ眼』と言う指摘を思い出し、じっと要の顔を見ていた。
「どうした?アタシのあまりの美しさに言葉もねえのか?」
確かにタレ眼だった。
笑顔を浮かべるとさらにタレ眼になる。
「虐めんなよ、要坊。それよりこいつ飲むか?」
嵯峨は一升瓶を掲げた。
ぬらりと視線を一升瓶に移した要だったが、すぐそのタレ眼が輝きだした。
「これって銀鶴の純米大吟醸じゃないか!胡州でも手に入れるの大変なんだぜ!叔父貴!どこで売ってた」
「ああ、ここの店主とは西園寺家に養子に入ってからの付き合いでね。まあ年に5本くらいは贈ってもらってるよ。兄貴の所にゃあもっと送ってると思うけど。飲んだ事ないのか?」
「オヤジの野郎がそんな親切な人間に見えるか?ほとんど客が来た時、さしで飲むのがこれだから。アタシはめったに飲ませてもらえねえよ」
そう言いながら酒瓶を嘗め回すように見つめる要を気にすることなく、嵯峨は悠々とコップに酒を注いだ。
「いくら頼んでも無駄だぞ、こいつは俺と誠で飲もうと思って持ってきたんだ。そんだけ出来上がってりゃあ味も何も関係ねえだろ?消毒用のエチルでも飲んでな」
まったく取り付く島が無いとでも言うように、要の羨望の視線を尻目に悠然と酒をあおる嵯峨。
「ちょっと待て叔父貴。神前!ちょっとここに座らせろ!」
要はそう言ってベッドに腰掛ける。
しばらく眼を瞑り、手のひらを閉じたり開いたり始めた。
「神前少尉、何をして……隊長!」
開けっ放しの入り口、今度はカウラが顔をのぞかせた。
「千客万来だなあ、誠。まあカウラもこっち来いや。それで要坊。アルコールは抜けたか?」
「まあな、この状態なら飲んでもいいだろ?」
体内のプラントをフル回転させてアルコールを分解させ、すっかりしらふに戻った要がまた目じりを下げながらじっと酒瓶を見つめていた。
「そうだ、要とカウラ。それに……カウラ、ちょっと後ろ見てみ」
入り口で立ち止まっているカウラが言われるとおりに後ろを見た。
そして誠達からも分かるような驚きの表情を見せた。
「アイシャ!なんで貴様がいる」
「それは無いんじゃない?カウラちゃん。こんな狭い艦だもの、暇つぶしに歩いてたらたまたまここを通っただけよ。それよりなんでカウラちゃんがこんなとこに……って要や隊長まで!」
長い紺色の髪をなびかせてアイシャがカウラに付き添うようにして誠の私室に入る。
「こりゃちょっとコップとか足りねえな。要坊、コップあと三つ、それにカウラ用にジュースでも買って来いや」
「何でアタシなんだ!」
「お前もこれ飲むんだろ?それにここは誠の部屋だ。つまりこいつがここの主人だ。そして階級は俺は大佐、ベルガーとクラウゼは大尉。お前は中尉。つまり上官命令って奴だ」
「分かったよ!」
そう言うと仕方ないと言ったように要は部屋を出て行った。




