今日から僕は 112
「奴は楽しんでんだよ。オメエみたいに物事悪く考える癖のある奴にゃあ、さぞとんでもないバケモンに見えるかも知れねえがな」
そう言いつつ黒いタンクトップの上に乗っかった顔は笑みを浮かべている。
「西園寺さんは気にならないんですか?」
頬のところで切りそろえられた髪を揺らしているその姿に一瞬心が揺らいだが、誠は確かめるようにして切り出した。
「気になるって?アタシは元々要人略取とか破壊工作とか、まあまともな兵隊さんがやりたがらないような仕事しかしたことねえしな。隠密活動じゃ情報が命だ。それに標的が予定外の行動をとることもざらにある。作戦開始前まで作戦内容が伏せられているなんてのも日常茶飯事だ」
「そうなんですか」
何かをあきらめるべきなのだろう。
そう誠は思いなおした。
「で、このチビは何してるんだ?」
要はいつもどおり珍獣を見るような視線をシャムに送った。
誠も要との間に突っ立っているシャムを見つめる。
服務規程に有るとおり、ちゃんとどう見ても特注品だと思われるサイズの深い緑色の作業服を着ている。
「どうしたの?二人とも」
「いやあ、オメエがいつもどおりチビで安心したなあ、と思ってただけだよ」
「要ちゃん!酷いんだ!せっかくいいこと教えてあげようと思ってたのに!」
「あのなあシャム。オメエにモノ教わるくらいアタシは落ちぶれちゃいないんだ。分かったらさっさとション便して寝ちまえ」
「誠ちゃんも何とか言ってよ!」
子供とそれをあやす気のいい姐さんだな。
誠はそんな感じで二人を見ていた。
そして少しばかり気にはしていた疑問をぶつける事にした。
「シャムちゃん」
「なあに誠ちゃん!」
いつもと変わらずシャムは元気である。
「何でコスプレしないんですか?」
誠が気にしていたのはその一点だった。
駐屯地では軽く済んで猫耳。ひどい時は着ぐるみで隊内を歩き回るシャム。
それが『高雄』に乗り込んでからはまったくそんなそぶりは見せない。
吉田と一緒に私室に大量のそれらしい荷物を積み込んでいた割にはまったくそれを着るそぶりも無い。
シャムの表情が曇った。
誠を見上げるその目はこれまで見た事がないほど鈍い光を放っている。
「それはね。誠ちゃんもこれから何が起こるか知ってるんでしょ?」
「とりあえず騒乱準備罪での近藤中佐の捕縛作戦ですが」
特にその目つき以外に何が変わったと言うわけではない。
しかし、その目の色のかげり具合から誠は恐怖のようなものを感じた。
「それだけじゃないの。たくさんの人がまた死ぬんだよ。そしてアタシも、たぶん誠ちゃんもたくさんの人を殺すんだよ。そんなところでふざけてなんていられないでしょ。だから、と言う事でわかってもらえるかな」
シャムの視線が痛い。
実戦は殺し合いだと言う事を知り尽くした目。
あえてその視線の変化を理解しようとすればそんなことだけが浮かんでは消えた。




