甘い恋の始まりに気をつけて 9
読んで頂きありがとうございます。最終話です。
刑事さん達に助けてもらった後、私と愛梨ちゃんは病院に運ばれた。
私はハーブの吸引時間が短かったおかげで回復も早く次の日の朝には退院して、警察で事情聴取を受けることになった。
あのハーブの煙は吸い続けると高揚感が高まり幻覚が見えたり中毒になる脱法ハーブだったらしい。
愛梨ちゃんは中毒症状もあり、当分退院出来ないと聞いて、私の代わりにこんなことに巻き込んで心が痛い。
事情聴取が終わると手荷物が返され、帰りは水吉刑事が送ると言って破れたベストの代わりに自分のスーツの上着を貸してくれた。
覆面パトカーに案内され水吉刑事は運転席、私は後部座席に乗り込んだ。
「何で私が連れ拐われたってわかったの?」
私が不思議そうに聞くと水吉刑事は運転をしながら答えてくれた。
「スマホ着信だけでキレてたし、黒田さんから連絡があったんだ。青山が怪しい事と矢野さんの様子がおかしいとね」
黒田マネージャーも青山君が怪しいと気が付いていたのか……だから必要以上に私に絡んできてたのかな?
考え過ぎかな……
「最初、令状をとって青山の家に行ったけど、もの家の空で焦ったよ。次に佐々木さんのアパートに踏み込むのは実はフライングだったんだ」
ハハハッと笑っている水吉刑事の後ろ姿を見て、愛梨ちゃんの部屋が2階だった事を思い出し、きっと水吉刑事は真っ暗な中あのベランダを登ったのだろう。
2階とはいえ、そこそこの高さでしたよ……
「お目当ての薬も佐々木さんの部屋にあったし、何とか金城を起訴出来そうだ。矢野さん、ご協力感謝します」
運転中なので前を見たまま右手で敬礼のポーズをとる水吉刑事に私はぷっと笑った。
物凄く怖かったけど、事件解決によって水吉刑事と会う機会が無くなる事が少し寂しく思えた。
私は無意識に水吉刑事に借りたスーツの上着を少し強く握りシワを作ってしまった……
場所を教えなくても私が住むアパートの前まで着くと覆面パトカーが停まる。
私は重たい腰を動かし車から降りようとした。
「水吉さん、送って頂きありがとうございました。スーツの上着はクリーニングして返しますね」
運転席の水吉刑事にお礼を言って小さく微笑むと水吉刑事はしばらく黙ったまま動かなかった。
すると突然、水吉刑事は振り向かず運転席を降りて後部座席のドアを開けて乗り込んできた。
私は何かあるのかとその一部始終を黙って見ていると、隣に座った水吉刑事が私をジッと見つめる。
その真っ直ぐ綺麗な瞳に私は吸い込まれ、次の瞬間、温かい腕の中に包まれた。
「本当に無事で良かった……」
静かに呟く水吉刑事の声に私はドキドキと心臓が煩く響き、頭に血が集まっていく。
私と水吉刑事の仲は抱き締められる様な関係じゃなかったと思う。
でも、私は全く嫌ではなく寧ろ心地良さを感じてしまった。
私がずっと忘れていた甘く熱い感情が溢れてくる。
段々と抱きしめる腕がぎゅっと強くなり少し息苦しくなってきた。
「あ、あの水吉さん?」
「……」
なんと声をかけていいのかわからず、水吉刑事の顔を覗き込むと頬を赤くして細長い瞳は潤んでいた。
な、泣いてる?
私の顔を見ると照れたように微笑むその笑顔に私は遠い過去の彼の瞳を思い出す。
ああ、どことなく似てるのか
だからこんなに胸が苦しくなる。
水吉刑事が抱き締めていた腕をゆっくり離し、私との間に少し距離を開けた。
少し前の抱擁がまるで何もなかったような自然な態度に戻り
「スーツはクリーニング出さなくても良いですよ。またすぐにシワになるし。捜査が落ち着いたら、また飲みに行きましょう」
私はほんのちょっと期待していた分、ガッカリしたがその言葉だけで、また逢える期待をしても良いのだと感じて不覚にも嬉しかった。
「そうね、今度はじゃんけん負けないわよ」
「俺も負ける気がしません」
そう笑い合っている彼へ芽生えた思いはまだ言えない。
自分に自信もないし、年上の女性が嫌かもしれない。
今回だって、たまたま事件に巻き込まれた私を助けて心配してくれただけかもしれないし、吊り橋効果でお互いドキドキ度が増しているだけかもしれない。
ただ、おそらく……
私の片思いはこうして始まった。
⭐ ⭐ ⭐
[お・ま・け]
あの事件から休みを挟んで次の日、職場に青山君と愛梨ちゃんの姿はなかった。
店長は朝礼で青山君が一身上の都合で急きょ退社したことを告げていた。
朝礼が終わり、いつものように仕事をしていると黒田マネージャーから声をかけられた。
「矢野、ちょっと来い!」
休憩室の扉を開き、私に中に入れと言っているので私は周りの視線を気にしながら渋々と黒田マネージャーの後ろについて休憩室に入った。
扉が閉まると黒田マネージャーは私の方を振り向き、スーツの上に着ていた会社支給のジャンパーのポケットからスマホを取り出し私に差し出した。
その黒いスマホは画面や側面が少し傷ついていたが、間違いなく私のスマホだ。
「拾っておいた」
警察から返してもらったカバンの中にスマホが入っていなかったので仕事が終わったら携帯ショップに行こうと思っていた。
「ありがとうございます。なくなって困ってました」
黒田マネージャーの手にあるスマホを受け取ろうとすると、嫌がらせのようにスッと手を引かれ私の手は空を切る。
「……」
私は目を細め黒田マネージャーを睨む
「お前が助かったのは俺のおかげだよな?」
「……そうですね……」
「一回ぐらい食事を奢ってくれてもいいと思うが」
確かに黒田マネージャーが警察に連絡するのが遅かったら私は無事ではなかったかもしれない。
しかし、その事でお礼をねだられても……
「お昼ご飯奢ります」
「ダメだ。夜がいい」
「……それはちょっと……」
私は顔を引き攣らせて視線を逸らすと黒田マネージャーは小さくため息をついて私の手を取りスマホを手の上に置いた。
「俺のアドレスを登録してある。気が向いたら連絡しろ」
そう言って休憩室を出て行く。
勝手に人のスマホいじったのか? 相変わらずの上から目線とスマートな誘いに私は苦笑いを浮かべた。
最後までお付き合い頂きありがとうございました!趣味で投稿している小説ですが、自分の表現力文章力?の乏しさが悔やまれます(泣)実は『ココと風花の物語』の再会シーンを描くだけで書き始めた小説でした。なのでまた違う話を書くつもりです。今度は推理ものやめておこうかな……凹