02.恋に落ちた王太子
それはある日の夜会での出来事だった。
いつものように、王太子とその婚約者として夜会へ参加していた二人の元へ、デビュタントを迎えたばかりの、一人の令嬢がやってきた。
メイベル・クラレイン伯爵令嬢(十七歳)
マロンブラウンの柔らかな髪色に、藍色の少し垂れた瞳。華奢な身体にはデビュタントの真っ白なドレスがよく似合っていた。
王太子を前に緊張気味のメイベルは、練習してきたであろうカーテーシーを披露する。
その初々しい振るまいを、ダリウスとソフィアは微笑みながら見守った。
メイベルがゆっくりと顔を上げ、ダリウスへと視線を向けると、ダリウスもまた、顔を上げるメイベルへと視線を動かした。
そして、目が合った瞬間に、二人は恋に落ちた。
そのことに、ソフィアは誰よりも早く気が付いた。
八年もの長い間、婚約者としてダリウスの隣に立ち、一挙一動を一番近くで見てきたのだ。ダリウスの心の動きが、手に取るように分かった。
ダリウスは、熱を孕んだ目でメイベルを見つめている。隣にいるソフィアの存在など、すっかり忘れてしまったように。
熱い視線の先にいるメイベルもまた、戸惑いながらも、潤んだ瞳でダリウスを見つめ返していた。
どのくらい時間が経っただろうか。
ソフィアには、とても長い時間に感じられたが、実際には数秒の出来事だったのかもしれない。
「行こう、ソフィア」
声を掛けられて、現実に引き戻されたソフィアが顔を向けると、そこにはいつもと変わらぬ優しい表情で手を差し伸べるダリウスがいた。
その顔からは、先程までの熱を孕んだような表情は消えていて、婚約者を大切にする王太子がいるだけだった。
「はい、ダリウス様」
ソフィアもまた、王太子を慕う婚約者としての笑顔で、その手を取った。
婚約者を大切にする王太子と、王太子を慕う婚約者。周囲の貴族たちの目には、いつものように仲睦まじい二人に見えていただろう。




