59 『恐怖に立ち向かう』
「ふっ」
「ギッ!?」
「はっ」
「ギャ!?」
グラムガンドとの戦いは、一瞬たりとも気が抜けなかった。
「ギギャーーッッ!!?」
暴れ回る巨大な両腕をすれすれで避けながら、同時に斬りつける。
グラムガンドの血が辺りに飛び散っていく。
だが、決定打にならない。
「ッ……」
ラキシアは無意識に奥歯を噛みしめていた。
何度斬りつけても、グラムガンドの勢いは弱まらない。
むしろ、怒りで強まっている気さえする。
あの腕に、一度でも当たれば致命傷になるだろう。
でも、足を止めるわけにはいかない。
今、アサヒとカサネを守れるのは自分しかいないのだから。
……少しでもッ、お二人から距離をッ!!
避けるときも、できる限りアサヒたちから距離を取るように立ち回る。
グラムガンドの攻撃の余波だけでも、戦えない者にとっては命に関わる。
グラムガンドの視線や腕の動き、アサヒたちとの距離、折れた木が二人の方に飛んでいかないかなど。
それらに全力で意識を集中させながら、ひたすらに避け続けた。
「グギャッ!!」
ドオンッッ!!!
「くっ!!」
グラムガンドが両腕を地面に叩きつけ、土煙が舞う。
咄嗟にグラムガンドから距離を取った。
……な、なにをッ……!?
ギョロリ。
グラムガンドがアサヒたちの方を向いた。
……まさかッ!!
その瞬間、背筋が凍りそうになった。
グラムガンドは折れた木を鷲掴みにして、アサヒたちに——
「させませんッ!!」
咄嗟に手を向けて魔法を発動。
何本もの木の根がアサヒたちの目の前にそそり立つ。
ズドォォンッ!!!
轟音とともに、グラムガンドに投げられた木をなんとか防ぐ。
……お二人はッ——
木の根の向こうにいる二人の無事な姿がちらっと見えた。
アサヒたちを守れたことに安堵した。
だが、それ以上にさらなる恐怖を感じた。
グラムガンドは、たしかに凶暴な魔物だ。
戦えない者なら絶対に生息域に近づいてはいけないし、腕に覚えのある者でも一人で挑むのは危険すぎる。
だからこそ、まったく油断ができない相手だと、ラキシア自身も理解している。
理解しているのだが……。
……なにかが……おかしいッ……。
背中に嫌な汗が流れる。
グラムガンドが目の前のラキシアに襲いかかってくる。
それは理解できる。
だが、そのさなかに別の相手を狙うことなんて、今までなかった。
良くも悪くも、目の前の相手を蹂躙しようとする。
あまりにも真っ直ぐで、直情的な害意。
それがグラムガンドの生態のはずなのに。
このグラムガンドからは、それとはまったく別のものを感じる。
相手を意図的に苦しめようとする、嗜虐的で邪悪な何か……。
……私は今、何と戦ってるんですか……?
「狙うなら、私を狙ってください!」
そんな嫌な想像を振り払うように、ラキシアは声を張り上げる。
……時間をかけすぎたら、次は何をするかわかりませんッ……! 早くお姉ちゃんたちに助けを——いえ……。
一瞬、姉や先生に助けを求めることを考えた。
だが、仮に今呼んだとしても、二人が助けに来るまでにアサヒたちを守り切れる自信はない。
さっきの木を防げたのも、ほとんどギリギリだ。
もし、少しでも魔法の発動が遅れていたら、アサヒたちは今ごろ——
「グギャーーーーーーッッ!!!」
ドンッ!! ドンッ!! ドンッ!!
グラムガンドが癇癪を起こしたように、急に地面を叩き始める。
「ッッ!?…………ここまでしても、まだ……」
おもわず言葉が漏れた。
「ギャーーーーーーッッ!!!」
ドンッ!! ドンッ!! ドンッ!!
何度も何度も斬られ、大量に血を流しているはずなのに、グラムガンドはまったく衰える気配がない。
「やっぱり、この剣じゃ……」
グラムガンドには届かない。
……ほかに方法があるとすればッ…………でも——
「ギャァーーーッッ!!!」
叫び声を上げながらラキシアに向かってくる。
ヒュッ!
グラムガンドに手を向けて、再び魔法を発動。
植物の蔓がグラムガンドの両腕両脚に絡みつき、その体を拘束する。
「ギャ!? グギャ!? ギャッ!?」
「仕方ありません…………これで、終わりにします」
ラキシアは剣を構えて呟いた。
「私に力を貸してください」
光り輝くラキシアの剣。
剣の周囲に無数の光の輪が現れ、そこから伸びてきた植物の蔓が剣に集まっていき、一体化していく。
剣に魔法を纏わせ、威力を極限まで高める技。
今できる最大の攻撃。
だが——
……耐えてッ、くださいッ……!
武器への負担もかなり大きい。
ミシミシと、不快な感触が手に伝わってくる。
まるで剣が悲鳴を上げているようだ。
……お願いッ……もう少し、ですッ!
剣に魔法を纏わせながら、ラキシアは覚悟を固める。
この剣では、二回もこの技を使うことはできない。
きっとそんなことをしたら、刀身が砕けてしまう。
だから、この一撃で決める。
でないと、グラムガンドには勝てない。
アサヒとカサネを守り切れない。
……そんなのだめですッ!!
「ありがとうございます」
その言葉に応えるように、剣が一瞬だけ強く輝く。
そして次の瞬間には、淡く輝く大きな剣が握られていた。
「ギャッ!!? ギャ! ギャ! ギャーー!!」
グラムガンドが今まで以上に暴れ出す。
「グギャーーーーーーッッ!!!」
だが、どれだけ暴れても蔓の拘束からは逃れられない。
……この技で、あなたを倒します。
「いきます」
地面を強く蹴り、グラムガンドへ向かっていく。
そのまま、剣を左胸へ——
「やあッッ!!!」
ズドンッ!!
「ガギャッッ!!?」
轟音が鳴り響き、土煙が舞う。
そして……
ドオン!
グラムガンドがゆっくりと倒れる。
……や、やりましたかッ……!?
恐る恐るグラムガンドを見下ろす。
左胸に風穴が開いていて、動く気配もなかった。
「よ、よかったぁ……」
おもわずへたり込みそうになったが、ぐっと我慢する。
手に握られていた剣は元の大きさに戻っていた。
ラキシアは剣を見つめながら、静かに呟く。
「無茶をさせてごめんなさい。ゆっくり休んでくださいね」
そのまま土煙の向こうにいる二人の元へ向かった。
「はっ!! こんなことしてる場合じゃないッ! ラキシアは……」
「アサヒさ〜ん! カサネちゃ〜ん!」
笑顔のカサネと、ぽかんとした顔のアサヒ。
二人に手を振りながら歩いていく。
…………??
なにやらアサヒが呟いたように見えたが……。
まぁ気のせいだろう。
……それにしても、本当によかったですッ!
アサヒたちを守り切れたことに、ほっと胸を撫で下ろした。
「お二人ともお怪我はありませんか?」




