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巻きぞえアリスの異世界冒険記。  作者: 冬野夏野
始まりの章
9/53

お転婆姫と秘密の地下迷宮

「……フォルカさん今何時です?」


「さぁ?夕方くらいじゃないの。てかさっきから同じこと何回言わせるのさ、ウザい」


薄暗い牢屋の中、無気力な私はベットに寝そべりながら時たまこうしてフォルカさんに声をかけていた。

いい加減鬱陶しいと言いたげな顔をしつつも、さっさと1人で帰らないフォルカさんに密かに熱い友情を感じた。

しかし投獄されてから結構な時間が経った頃だと思うのだが、私が牢屋から解放される兆しが全くない。

お人好しのカミルが何もしてくれないとは思わないが、先ほどちょっとした失態も重ねたこともあり、今日解放されるのは難しいのかもしれない。

主な罪に関しては全くの冤罪だから危機感は薄いし、ないとは思うがもしも冤罪のまま処刑とかされたらたまったもんじゃない。


「…でも冤罪事件って結構あるよね…」


思い返せば元いた世界のニュースでたまに見るが、何十年も投獄されるなんてそんなルートには絶対入りたくない。

ただでさえ家に帰れないのにその上異世界で異世界要素ゼロの牢獄ライフなんて夢のない生活は送りたくない。


「ブツブツうるさい!」


自然と口の端から漏れていた独り言に痺れを切らしたフォルカさんがパチンと指を鳴らすと、まるで口を縫い付けられた様に強制的に口を閉じさせられた。

これ以上怒らせると鼻すら塞がれそうな危機を感じ、大人しくする。

物静かな空間に、時に扉前で監視している兵士の他愛ない話が聞こえたり、フォルカさんの欠伸がよく響く。

そんな静かな空間を裂く軽快な足音が近づいて来る。

コツコツと小気味よい靴音がこの階層まで下って来るのを感じ取るなり、扉前の兵士が酷く狼狽えたような声がした。


「ひ、姫様!?なぜこの様な場所に…!?」


「ちょっと城内を散歩してるだけよ。ベルの家なんだからどこ行ったって良いでしょ別に」


「ここにはカミル王子を誘拐した凶悪犯がいるのです!流石に危険ですぞ!!」


「そう、それよ!ベルはカミルお兄様を誘拐した人を見にきたのよ」



「そんな危険なことさせられません!ダメですよ!絶対ダメですからね!」


何やらこのお城のお姫様がこんな地下牢獄までやってきて兵士は大変に慌てている様子だ。

しかしここに来るまでも他の兵士をやり過ごして来るなんてすごいお姫様だと感心していると『うっ』と短いうめき声がしたと同時にどしゃっと何かが崩れ落ちる音がする。


「ほーんと皆過保護で嫌になっちゃうわ。悪いけどあなた達もちょっと寝ててよね」


何だか不穏な空気を感じて身体を起こすと、がちゃがちゃと錠前をいじる金属音がする。

ガチャリと鍵を開いた音と共に臆せず牢屋に入ってきたのは小さく可憐な花のような少女。

背の低い可憐な少女は小脇に可愛らしい黒猫のぬいぐるみを抱え、カミルと同じ夕陽のように鮮やかなオレンジ色の長い髪を右手でかき上げ、強い光を宿した淡い薄紫色の瞳で私を捉えて微笑んだ。





「こんにちは、誘拐犯さん!カミルお兄様の妹にしてこの国の王女、ベルティナ・リーゼンフェルト12歳ですのよ!」


腰に手を当てて発達途中の可愛らしい胸を張って高らかに自己紹介をしたお姫様はひたすら呆気に取られる私を意に介さずにズカズカ近づいてくる。

冤罪とは言え、一応犯罪者にこんな堂々と近づける姫様肝座りすぎだろう。





「早速ですけど誘拐犯さんに依頼があるの!今すぐベルのことを連れ去って下さる?」



すっと差し出された小さな右手は私に選択肢を与えているようで、現状倒れふす兵士や一国の姫様と2人きりの状況から選択肢は元からあってないようなものだった。

私がソッと彼女の手を取ると、ベルティナ姫はニッコリと花のように可愛らしい笑顔を咲かせた。












ー巻きぞえアリスの異世界冒険記9ー












「さぁ!行きますわよ、付いて来て誘拐犯さん!」


「あ、ハイ…あのーこの足枷と手枷も何とかしてもらえたらなぁって」


「それ魔法道具だから鍵なんてないわよ。鍵穴付いてないでしょ」


姫様の言う通り手枷足枷には鍵穴はなくツルツルしてる。

これで逃げるのは無茶だぁ…チラッとフォルカさんを見上げるがまるで目を合わせてくれない。

せめて足枷だけでもと思ったが、またあの銃を渡されて自力でどうにかするよう言われたら下半身ごと吹き飛ぶ未来しか見えない。

走りづらいし重いけどもとりあえず頑張ってみようと手招きする小さなお姫様の後を追って、私は牢屋から飛び出した。


「あのー…ベルティナ様?」


「何かしら?誘拐犯さん」


「…和です。何か兵士の方沢山倒れてるのですが…襲撃でもされたんですか?」


「皆邪魔をするから眠ってもらってるだけ、ベルの安眠ミストは超強力だから朝までスヤスヤよ!」


彼女が牢屋に来るまでに止めに入った兵士達は姫が自慢げに揺らす小瓶スプレーの犠牲となり、全てが眠る屍と化したらしい。

しかしこのお姫様自分とこの兵士を眠らせてまでわざわざ私に会いに来るし、カミルとは似つかない豪胆さの持ち主だ。

またネガティブという言葉が似合わない勝気な笑顔と迷いない足取りが頼もしすぎる。


「あのー…ベルティナ様」


「何かしら!?」


「いや、どうしてわざわざ私を逃してくれるのかなーって」


「カミルお兄様があなたのことを友達だって言ってたのよ。皆は信じてないけど、カミルお兄様が嘘をつかないことくらいベルは知ってるもん」


カミルは私のことを友達だと言ってるのか…その事実を知っただけで脱獄中だが胸がほっこりした。


「でもカミルお兄様がたまに町へ出かけてることもバレて、お父様も怒っちゃって大変なの。お兄様はしばらく城から出してもらえないわ」


「うぅ…ごめんね…」


誘拐には関与してないが、あの時私がぶつかったりしたせいでカミルの秘密が明かされてしまったことは本当に申し訳ない。

彼はこれからどうなるかの方が心配だ。


「別に誘拐犯さんのせいじゃないでしょ」


「まぁ…私は誘拐犯じゃないし」


「わかってるわ。でも今日はベルを誘拐して欲しいの!」


「!?」


ちょっと姫様が何を言っているか理解できない。

私が誘拐犯じゃないとわかっていながら、今本当の犯罪者になれと仰るとは中々ぶっ飛んでいるお方だ。

一体何を考えてこんなことを言うのかと聞こうとすると地上に上がる階段の踊り場で彼女は立ち止まった。


「あなたを逃してあげるのはカミルお兄様のこともあるけど、ベルにも目的があるの。後で話すけど、まぁ逃してあげるんだから協力してくれるでしょ?」


「あっハイ」


拒否することを許さない少女の笑顔の圧力で私はすかさず頷いてしまう。フォルカさんにも通じる押しの強さについ…。

私の従順な態度に満足した姫様は踊り場の壁を軽く小突く。

何をしているのかと見ていると、ズゴゴゴと謎のギミックで壁があった場所に細い通路が現れる。


「マジかよ…すげーわ…」


いわゆる隠し通路と言う奴だろうが、初めて見て驚く私は姫様に手枷の鎖を引っ張られながら隠された通路に誘われる。


「ふふーんっ♪ベルのお城だもの、どこに何があるかも全部知ってるわ!」


ちゃっかり壁を元の状態に戻して歩き出すお姫様は本当に行動力がある。

彼女はお姫様でも相当なレベルのおてんば姫様だと出会って数分の私でも確信した。




「このまま町へ出るわ!」


黒猫のぬいぐるみは実はリュックだったようで彼女はそれを背負い、取り出したランタンを掲げると細い通路を慣れているのか、迷いなく歩き出した。


「町って…姫様もよく町に行くんですか?」


「ベルはそこまで行ったことないわ。でもこの隠し通路が町の水路と繋がってるみたいなの…まぁ戻れなくなるのが怖かったから途中で引き返したけど」


そりゃお姫様が1人で行くような場所じゃないというか、普通の人も立ち寄るような場所じゃないんだろうよ。

水路と言えば城周りの大きな堀の他に町に大きな川や小さな水路が結構あったような気がする。橋の下がトンネルみたいになっていた所もあったし、その辺りに繋がっているかもしれない。

姫様に手枷の鎖を引かれたまま薄暗い通路を歩きながら、背後で一応ついてくるフォルカさんを見る。

姫様が何も突っ込まないから、フォルカさんの姿が見えてないんだろうが、無言な上真顔でついてくるのはなんか怖い。


(フォルカさん…手枷足枷取っ払ったりできません…?)


小声でフォルカさんとコミュニケーションを取ろうと声をかけると彼はパーマがかった髪を退屈そうにクルクルいじりながら一度頷く。


(そしたら解いてもらえませんかね…ね…?)


「めんどくさいからヤダ。それに今急にそれ取ったらそこの小娘に怪しまれるんじゃないの」


理由は至ってシンプルなのに、後々の言い訳が割と確かにと思えてそれ以上何も言えなかった。

……やっぱりフォルカさんに頼るのはやめよう、うん。


お姫様の見事な外巻きロール髪が歩く度に揺れ動くのを眺めながら歩くこと数分、彼女はとある行き止まりに辿り着くとまた壁を探り出した。


ガラガラ音を立ててスライドする石壁の向こうには石造りの大きいドーム状の空間に真ん中には水路が通っていて、左右には人が通るための通路がある。

ちょうど通路と隣接する位置の抜け道を出て水路に入ると、水の流れる音に加えて私達の足音や鎖が地面に擦れる音がトンネル内に響き渡る。

そして水路に出たらちょっとお風呂場の懐かしい感じの臭いがして何だか落ち着く。



「さて、ここからはベルも知らない道だからちょっとした探検になるわね。まぁ、とりあえず上を目指せば地上に出るわよ!」


「あはは…頑張りましょうね!」


不安を感じながらもお姫様のポジティブさに当てられた私も何とかなる気がして来て、地下水路探索が始まったのだった。














地下水路探索と言う初体験に浮かれていたのがいけなかった。

私もベルティナ様も浮かれに浮かれて、脱獄中であることも忘れ、何か意味深な地下に続く怪しい階段があるから行ってみた結果







「うわぁああ!!!ベルティナ様!何々何なのあれはーっ!??」


「べ、ベベベルにもわからないわ!!こんな地下空間にあんなのが住んでるなんて…!!」



グォオオオーッ!!と背筋が凍るような咆哮をあげたワニのような水竜のような巨大な怪物に追いかけられていた。


数分前、調子乗ってやって来た私達は先ほどとは明らかに雰囲気の違う綺麗な水が流れる大きい地下空間に出た。

地下空間の真ん中に湖のような水たまりが広がっていて、中々幻想的な雰囲気だなと歩き回っていたら如何にも何かありそうな大きな扉を見つけた。

その瞬間、背後の道を塞ぐように水の中からこの怪獣が現れて現在に至る。


元来た階段への通路を完全に塞がれた私達は揃って壁沿いの狭い通路を駆け抜けながら逃げていた。

手枷足枷と言う大きなハンデを背負いながら姫様と同じ速度で逃げられる私は中々器用だと、どうでもいいことに関心し始める始末で恐怖で頭がわいてきた。


「ねぇ」


「何ですぅっ!?今忙しいんですがぁっっ!??」


余裕そうに怪物を眺めながらフワフワ飛んでいるフォルカさんがこんな時だというのに急に声をかけてくる。

彼の透明化はあのワニもどきの怪物にも効いているのか、狙われているのは明らかに通路を走る私と姫様でドカドカとわざわざ通路を走ってくるから背後にすぐ迫っているのもわかってすごいスリル満点である。


「この先行き止まりだけど、いいわけ?」


「よくなぁああーいっ!!!」


唐突な絶望にしかし対応策がなく私達は行き止まりまで追い詰められる。

未だに聞こえるドカドカとうるさい足音に血の気が引いていくのを感じる。あぁもうダメだ。



「こっちよ!!」


グイッと真横に引かれて丸く窪んだ小さい横穴に引っ張られた瞬間、先ほどまでいた場所には大きな口を開けて勢いよく飛び込んだ怪獣の頭が横切っていく、そしてその鋭い牙にギリギリ引っかかった足枷の鎖は豆腐のように噛み砕かれた。



「あ、後一歩遅かったら足がなくなってた…あ、ああありがとう…姫様!」


「あ、ああ安心するのはまだ早いわ!早く奥へ…」


一瞬の出来事で身体中のすべての感覚がなくなるような恐怖にガタガタ怯えながら小さなお姫様に縋り付いた。

荒い息を整えながらお姫様が奥へと進もうとするが、所詮何の意味があるかもわからない均等に壁に空いた小さな窪み、ちょっとしか詰められずに私達は顔を見合わせて背後を見る。


大きく丸く赤い瞳の中で縦長の瞳孔がギョロリと動いた。



「ヒィーッ!!」


「うぅううっ〜…助けてマクシムぅう…」


ガタガタ震えながら私達はお互いを抱きしめながら後ずさるが、壁があって退がれない!そして姫様はとうとう泣き出してしまう。


いくら勇ましいお転婆姫と言えど、こんな状況じゃ泣くよね…仕方ないね…私も漏らしそうだ。

私は泣きじゃくる姫様を抱えながら、捕食しようと大きな口を広げて怪物が伸ばした舌を蹴り落としながら頼みのフォルカさんに懇願する。


「フォルカさん助けてー!このままじゃ死んでしまいますっっ!」


「小娘はともかくお前は大丈夫でしょ…多分」


「何で自信ないの!?不安だ!!」


「僕もジルも足とか腕とか取れたことないもん…そーだよ。いい機会だし、今ちょっと試してみてよ。そしたら助けてあげる」


「そんな確証もないのに試せないよ!ちょっとどころかガッツリ喰われちゃうよーっ!!」


そろそろ足で退けるのも限界だ。

しかしこの悪魔完全に私が捕食されるのを楽しみにしっかり腰を据えて見守る態勢に移行してしまった。

何かないか何かないかと考えを巡らせていると、震える姫様の黒猫リュックが目に入る。

そう言えばさっき兵士に使っていた安眠ミスト!

効果あるかは別としてもう打開策はこれくらいしかない。


「ベルティナ様!ちょっとカバン失礼しますね!」


即座に黒猫のぬいぐるみに腕を突っ込み、先ほど見た小瓶スプレーを丸ごと大きく口を開いた怪獣目掛けて力任せに投げつける。

一度口を閉じてゴクリと喉を鳴らした怪物と暫し見つめ合う。一気に辺りが静まり返って緊張が走る。

せめて少しの間でいいから効いてくれ!

まるで私の願いを効いたようにこちらを睨みつけていた有鱗目が静かに閉じられ、怪物が地に伏すとズズーンと地震のような大きな揺れに襲われる。


「う…うぅっ…ぐすっ…倒したの…?」


「倒せてはいないですが、姫様の安眠ミストが効いたみたいですよ…」


涙でぐしゃぐしゃな顔をする姫様の涙や鼻水やらを袖で拭って、笑ってグッと親指を立ててサムズアップすると彼女は泣きながらも笑ってくれた。





「ベルの安眠ミストは超強力だもん!当然よ!」



キリッとまた自信たっぷりのドヤ顔に戻ったお姫様は立ち上がり、牢屋に飛び込んできた時と同じように胸を張り、優雅に長い髪をバサリとかきあげて見せた。


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