初めての異世界友達
「町でスリ被害にあって、王子様の誘拐事件に巻き込まれて、スリ犯により脱出その後に誘拐犯に襲われて死にかけてフォルカさんとリシェットさんの助けがあって今に至る感じですッッ!!」
「うーーーん、何一つわかんない」
事の経緯をジルベルトさんに説明するも、ニッコリ笑みを浮かべつつも彼は怪訝そうに首を傾げた。
仕方なくまた始めから説明しようとすると、控えめに服の袖をちょんちょんと引かれる。
振り返ると袖を摘まんだまま、気だるげにソファーに座るフォルカさんと胡散臭い笑みを浮かべるジルベルトさんを見ているカミルが不安そうな面持ちで何か言いたげだ。
借りてきた猫状態のカミルと彼よりは落ち着いてはいるが、ソワソワしてるニールにそう言えば何も説明してないなと思い出す。
「この人がお世話になってる大魔法使いのジルベルトさん。多分魔女に当たる人じゃないかな…」
そう説明すると2人は納得するどころか、大層驚き余計に不安を煽ってしまったようで誤解を解くのと落ち着かせるのにめちゃくちゃ苦労した。
とりあえず今日はもう夜も遅いので、疲れているだろうからとジルベルトさんに休むように勧められたのでその言葉に甘え、2人を浴室と寝室に案内してから私もさっさと風呂に入って汗と汚れを落として綺麗さっぱりスッキリしたのだった。
ー巻きぞえアリスの異世界冒険記7ー
寝巻きとして使っている体操服に着替えてタオルを頭に巻いたまま、再度ジルベルトさんに説明をするために彼の執務室へと赴いた。
「うん、まぁ大体わかったよ。まさか王子様を連れ帰って来るとはたまげたなぁー…」
私の長い説明を聞いたジルベルトさんは相変わらず胡散臭い笑顔のままで、言うほど驚いてもなさそうだ。
「私もジルベルトさんが言い伝えになるくらい存在感のある人だとわかってたまげましたよ」
「そうかー。まぁその言い伝えは半分くらい合ってるよ。伊達に数百年も大魔法使いやってないからねぇ」
「大魔法使いとは認識されてないみたいなんですけど」
自慢げにフフンと鼻を鳴らすジルベルトさんだったが、世間はあなたの思い通りに回ってませんよ。
しかし不老不死だから長生きしてるとは思っていたが、もう500歳は軽く超えてるらしいジルベルトさんは私が思うよりもずっとお爺ちゃんだった。
「ちなみにフォルカと契約したのがざっと900年前くらいかな」
「900年前っ…!?」
お爺ちゃん どころの話じゃなく、もう仙人レベルだった。
「あんなに若くて綺麗なフォルカさんが900歳以上…たまげたなぁ…ぴちぴちなのに…」
「何?何が言いたいの?死にたいの?」
「滅相も無いです!すいませんでした!」
「まぁ、フォルカは悪魔だしね。不老不死の効果がなくても彼は歳をとらないんだよ」
夢みたいな話だなと思いながら、ノワール君もそうだとするとあのワルツさんも…!?
「あぁ、ワルツとはフォルカと契約する前からの腐れ縁だよ」
何ということだ。今まで会ってきた人皆見た目が若々しいから騙されたが、実質ジジイばかりだったというのか…全体的に平均年齢が高すぎる。
そりゃ言い伝えにもなるレベルだわと納得しつつ、穏やかにくつろぐ2人を見ながらなんで伝説になるほどに恐れられているか疑問だ。
魔女がラビニアという国を滅ぼしたのが事実だとすれば、ジルベルトさんが国を滅ぼしたことになるだろう。
いつも胡散臭そうではあるが面倒見いいし、日常的に様々な魔法で喜ばせくれる彼が悪人とは到底思えない。
しかし踏み込んで欲しく無い空気感というか、彼にその話の真相を聞いても曖昧にはぐらかされるだけだろう。
今は壁があって踏み込めない彼の話をいつか聞ける日がくればいいとそう思う。
ただ今目の前にいる胡散臭くて優しいジルベルトさんが私にとっての彼を印象付ける全てだ。
「ふぁああ〜…それじゃ、おやすみなさーい」
軽く執務室で談笑した後、眠気に誘われるまま私は自室に向かう。
その途中で客間としてカミル達が使っている部屋のドアがわずかに開いていることに気づく。
閉めておこうと思いながら2人の様子が気になり覗いてみると、ベットの上で豪快に眠りこけるニールと窓辺に座って夜空を眺めているカミルが物音に気付いたのかこちらに振り返る。
「カミル、まだ起きてたんだ」
「…ああ。今日は色々ありすぎて何だか眠れないんだ」
そりゃ誘拐されたり、大怪我した挙句に今まで魔女だと思ってたのが胡散臭い大魔法使いだったりと彼らにとっては私より大変な1日だったろうな。
ニールは性格的に私に近いものがあるから、結構図太く今日の一件もすんなり受け入れられるからこそこの安眠っぷりなんだろうが、繊細なカミルはそうもいかないみたいだ。
眠れない彼のためにどうにかしてあげたいところ…。
「そうだ、ちょっと待っててね」
客間を後にして台所に向かう。
ちょうど片付けを終えたリシェットさんを捕まえて、私は温かいホットミルク入りのマグカップを2つ持って客間に入る。
「じゃーん!リシェットさん特製ホットミルクです!はい、どうぞ」
「あぁ…」
「美味しいよ。これで温まればよく眠れるよ」
「…ありがと」
マグカップを渡して落ち着いた彼の様子を見て、私も自室に帰ろうかと踵を返すとまたちょいと体操服の裾を摘んで引かれる。
「少しだけ…話し相手になってくないか…?」
遠慮がちに私を見るカミルの誘いに自室に戻る選択肢など吹き飛びグッと親指を立ててサムズアップして見せる。
彼は安堵したように少し笑うと窓辺に座ったまま、直ぐそばのベットに座るように促す。
私は遠慮なく柔らかいベットに座り、リシェットさんの作ってくれた甘いホットミルクを飲む。う〜ん、あったかくてホッとする味だ。
「伝説上の魔女が本当に存在するとは思わなかった…しかも男だったとはな」
「まぁ、噂って尾ひれ背びれつくものだからね。でも悪魔と魔獣はまんまだったね」
「そうだな…悪魔も魔獣も俺は初めて見たな」
窓の直ぐ下に咲くイリアンを見ながらカミルは顔を青くする。
ファンタジーな世界観ながら、一般的なスライムみたいな魔物はともかくイリアンみたいないかにもヤバそうなのは珍しいようだ。
きっとワルツさんとこの三つ首のワンちゃんもそうだろう。
フォルカさんやノワール君も普通の人からすれば遠いおとぎ話の登場人物といった認識なのだろう。
私はスタート地点がここだったため色々と認識がズレているから少しずつ修正して行こう。
「…今日お前と誘拐された時はとんだ厄日だと思ってたんだ」
「……誘拐されたんだから厄日には違いないんじゃ?」
「それにすげー痛い思いもしたしな」
「その節は守っていただいて本当にありがとうございました…足手まといですいませんでした」
あの時の私は本当にカカシ以外の何者でもなかった。弁解の余地もない。
根に持たれているのかなとカミルの様子を伺うと、何とも穏やかな眼差しで今まで一番王子様だと再認識した瞬間だった。
「そんなこと思ってない」
何てことない一言なのに、気遣いとも取れるが彼の本心からの言葉に感じて、私の負い目を吹き飛ばすには十分すぎた。
今思えば彼には救われる場面が多くて、たった1日共に過ごしただけだと言うのに随分世話になった気がする。
「それでもいっぱい助けてもらったし…ありがとう」
実を言えばあのお姫様抱っこも、すっ転んだ時も見捨てていいと言ったものの、本当は怖かったからずっと一緒にいてくれたことも全部嬉しかった。
『そんなの大したことない』と、カミルは言うだろうけれど彼の優しさに触れた今は巻きぞえで誘拐されて良かったとすら思えてしまう。
「私、カミルのお兄さんのことは知らないけどさ。カミルは今のままでいい王子様だよ!今日確信したからね」
彼の兄がどれだけ優れているか私にはわからないが、王国民でもない得体の知れない私なんかのために必死に身体を張って守ってくれたカミルは誰よりもヒーローだった。
「まぁ普段のカミルがどんなんかも知らないけど、あんま無理しなくてもいいと思うよ。王子様!」
いつの間にか、話が大分逸れて落ち込んでもいないカミルを何故か励ます。
彼もぽかーんと唖然としているし、お礼から話が飛躍してしまったと後悔する。
しかしカミルが不意に笑い出してまた困っているのか、照れているのかよくわからない表情を浮かべる。
言葉は無くとも何となく、喜んでくれているように見えて私も何だか嬉しく思う。
沈黙の中でニールのいびき声だけが響く。そんな時間でもまるで昔からの友人といるかのように居心地がいい。
「こんなのおかしいとは思うんだけどね…私は今日何だかんだ結構楽しかったなぁて思ったりして」
危ない場面も多々あったが、カミルとニールの成り行きパーティーとの初めて冒険は心が踊った。
「……俺も」
「…誘拐はもういいんだけどさ、また冒険したいなぁ」
「うん…俺も」
ニールはともかくとしてカミルは王子様だから一緒に冒険と言うのは無茶かもと思いつつも、今日のパーティーでまた遊びたいなとしみじみ思う。
「…和は何でこんなところで暮らしてるんだ?」
「それは色々あったから結構話長くなるんだけど聞く?」
「面白そうだから聞く」
「これが意外と不憫で泣ける話だから…まず私はそもそもこの世界の住人じゃなくて、別の世界から来たんだよ」
「もう笑えるぞ」
何かもう普通に笑う様になったカミルに私はここに落ちて来た時のことや、ワルツさんとこでの殺人事件、そしてジルベルトさん達のことを私が知る限りで沢山話した。
カミルも次第に自分の話を少しづつ語ってくれた。学校でのこと、城の家族のことなど彼も沢山話してくれた。
こうして友達の様に色々と語り合うのは元の世界の友人を思い出して懐かしくて切なくて、でもとても楽しくて私とカミルはいつまでも何気ない会話に花を咲かせ続けた。
一体何をどこまで話したか、逆にどんな話を聞いたか、曖昧なまま記憶は途切れて眩しい陽の光で私はようやく目を覚ました。
「ふっあぁ〜っ…朝だ」
寝ぼけ眼で見慣れない部屋を見回すと、ベットとベットの隙間にうんうん唸りながらも目覚めないニールが挟まってる。
そして彼が元いたベットにはカミルがすやすやと気持ちよさそうに安らかに眠っていた。
「………」
結局お喋りしたまま寝落ちしてしまった様で私は頭をぽりぽりかいて、かけた覚えのない布団を再び被り、誘われるまま眠りに身を任せたのだった。