第九章 僕らは未来へ歩き出す
ランの演説を聞き終えた椋介、アトル、サガ、マーガレットは、人々がごった返す中を騎士団学校へ向かった。
騎士団学校の玄関、薄茶色の扉の前に四人は立った。
「さて、行きますか。」
アトルが拳を作った右手を左の掌に叩きつけ、ニッと不敵に笑う。
「全力を出すだけだ。」
サガが決意を込めた表情で、扉を見る。
「決めてやるわ!」
マーガレットは敵に挑むようなぎらついた光を瞳にちらつかせ、力強く宣言する。
「ここで終わらせるつもりはない。」
椋介は、背筋を伸ばし、扉を見据える。
そして、四人は足並みを揃えて、騎士団学校の扉へ歩き出した。
騎士になるための試験は、筆記試験と実践―隊長との一対一の剣術試合と、複数の人間と班を組み、敵側の班を知恵と工夫で攻略する集団試合だった。
午前中に筆記試験、午後に試合がある。そして、その日の内に合否が決まる。合格した者には、その場で騎士の制服と剣が与えられ、所属する隊が告げられるのだ。
騎士団学校の玄関前には、騎士となった若者達が集まっていた。
灰色のコートに、黒のロングブーツ。腰には剣を挿している。首元まで覆うシャツは白、黒、臙脂と様々だ。
集まった皆は、合格したことへの安堵と騎士となれた喜びで溢れていた。
「これからだな・・・。」
椋介は、浮かべた表情はそのどちらでもなかった。厳しさを含んだ顔で、夕日に照らされたアルモニアの街並みを見つめる。
椋介のシャツの色は白、第三隊トゥリアだ。王都以外の町、村全ての警護を担当する。
トゥリア隊に属する新米の騎士は、町や村の警護をしている班に振り分けられ、班長の下について警護のいろはを叩きつけられる。
総じて、優秀な者は班長となり、実力と運があれば、総勢五百人を束ねる隊長になれる。
隊長は、自分の隊以外の二つの隊の隊長や騎士達とも交流を持つ。
そのため、三つの隊を統率する団長となる資格は隊長にしか与えられていない。
班長、隊長になるのに五年。団長となるのに五年。
何とも無謀な計画だが、それでもやらなくてはいけない。時間は待ってくれないのだから。
首元に下げた首飾りを取り出す。夕日を受けて光輝く青い石を見つめ、椋介が決意を新たにしていると、背後からアトルの声がした。
「おーい。リョウスケ!」
振り返れば、騎士の制服を着たアトルの姿があった。シャツは椋介と同様の白。
隣には、サガ、マーガレットが並んで歩いていた。サガのシャツの色は黒。マーガレットは臙脂だ。
「合格おめでとうだな!そんでもって、これからもよろしく!」
にかっと笑い、アトルが手を差し出す。椋介も手を出そうとして、止めた。ふっと小さく息を吐き、アトルの目を見る。
「慣れあいはしない。たとえお前だろうと、隊長になる可能性があるなら、俺の敵だからな。」
「隊長って、お前・・・。」
椋介の思わぬ言葉に、アトルは絶句したように目を見開く。
「リョウスケ、お前も隊長を目指しているのか?」
サガが驚いたような表情を浮かべ、椋介に聞いてくる。
「そんなの初耳よ?あんた、上には興味ないって言ってたじゃない。」
腰に手を当て、マーガレットは憤慨したように言う。
マーガレットは、騎士団学校に入った当初から、女性騎士初の隊長になると宣言していた。誇り高い彼女は、いきなり趣旨を変えた椋介が理解できないのだろう。
「誰もお前みたいに最初から目的があって、自分の道を進めるわけじゃない。ただ、俺にはやることがある。そのために隊長を目指す。最も、それすら通過点だがな。」
「通過点?」
眉を寄せ、不快な表情を崩さないマーガレット。アトルとサガは唖然としたように椋介を見ていた。
「俺は、団長を(オーザ)になって、大公を目指す。」
椋介は、三人にそう宣言した。
「た、たいこおぉぉぉぉぉっ!!??」
次の瞬間、周囲に響き渡るような大声でアトルが叫んだ。
「声がでかい!」
椋介の叱責に、慌ててアトルは自分の口を両手で塞いだ。
「嘘でしょ・・・。」
信じられないといった様子で、マーガレットは呟く。
「・・・何とも大きく出たな。」
驚いた表情こそ隠さないものの、幾分冷静な口調のサガ。
三者三様の驚き方を見ながら、椋介は告げた。
「班長、隊長になるのに五年。団長になるのに五年。少なくとも十年はかけようと思ってる。」
「そ、そんなの無茶苦茶よ!あんただって知ってるでしょ?新しく隊長になれる人間は、前任の隊長が病か急な事故でいなくなる場合を除いて、十年に一度くらいだって!それを五年でやろうっての!?」
「団長ともなれば、さらになれる確率は低い。三つの隊、およそ千五百人、多くて二千人の人間を束ねる長となる。彼らに認められ、尊敬される必要がある。そうでなければ、騎士団は瓦解する。」
「お前の親父・・・、リオネスさんだって、ドゥーエ隊のなかでは一、二を争うくらい強いのに、隊長じゃないんだぜ?」
マーガレット、サガ、アトルが、順々に椋介を諭すような言葉を発する。
だが、椋介は折れなかった。折れるつもりもなかった。
「分かってる。お前らが言った事は、俺だって考えた。さらに大公になるなんて、愚の骨頂だろうな。女王の相手は、アルモニアの貴族か、女王の補佐を務める宰相の一族から選ばれるのが常だ。例外として四大国もあるけど。俺はただの一般市民。血をひいてはいても、この惑星の生まれですらない。」
「・・・・・・。」
困惑したように押し黙る三人に、椋介は苦笑する。
友として心配してくれているのだということは、よく分かる。だが、椋介にも譲れないものがあった。
「でも、今ここでやめたら、俺は一生後悔する。やらなくて後悔するのは、地球が崩壊したときで十分だ。」
「・・・それって、ランのため?」
マーガレットが神妙な顔で聞いてきた。女王と言わずに彼女の名を呼んだのは、大事な事だと理解したからなのか。
「そうだな。あいつのためもあるかのしれないけど、大半は俺のためだな。」
椋介は、口の端を上げて笑う。
「たとえ、この惑星の人間だろうと、俺はあいつを渡したくないんだよ。」
椋介がそう言った途端、三人の頬が一様に赤くなった。
「愛の力ってすげーな。」
アトルが感心するように呟く中、サガとマーガレットの二人は疲れたように息を吐いた。
「大真面目に言っている辺り、本気だろうがな。」
「聞いたほうはたまったもんじゃないわよ。分かってるのかしらね、あいつ。」
椋介は、三人が何か話しているのは分かったが、内容のほうはさっぱり要領を掴めなかった。
「どうした?お前ら。」
様子が変わった三人を見て、不思議に思った椋介が言葉をかける。
「何でもない。」
そんな椋介を一刀両断するように、サガとマーガレットが即答した。
不意に、アトルが椋介の手をがしっと掴んだ。
「お前の気持ちはよく分かった!決めたぜ!俺はお前を応援する!」
「お、おう。ありがとな、アトル。」
アトルの勢いに若干引きながらも、椋介は礼を言った。
「あ、さっきの話だけど。俺、隊長になる気ないから、安心しろ。でも、隊で最強の騎士になるってのは変わってないからな!」
「あ、あぁ。」
こくりと椋介は頷く。
「おそらく、辛く険しい道になるだろうが。王都で何かあったら、真っ先にお前に知らせよう。」
肩をポンと叩かれ、サガが労わるような表情で微笑む。
「頼む。サガ。」
つられて、椋介も微笑んだ。
「あー、もう、しょうがないわね!王宮内でランに何かあったら、手紙でも送るわよ!それでいいでしょ!」
腕を組み、マーガレットはふんっと鼻を鳴らす。投げやりな態度であったが、それが気恥かしさからくるものだと椋介は知っていた。
「恩にきる。マーガレット。」
椋介の言葉に、マーガレットはそっぽを向いた。
翌日、マーガレットは王城のスフィア・パレスに、サガはアルモニアを警備する騎士達が集まる騎士庁に向かった。
椋介とアトルは、偶然か、同じ班となり、アルモニアから五十キロ離れた小さな村、イニオ村に派遣されることとなった。
栗毛の馬に揺られながら、椋介は頭上の空を仰いだ。
雲ひとつない青空を背景に、一羽のクリムゾ―赤い羽をもつ鷹―が風に乗り、悠々と飛んでいた。