解放
「男子高校生集団失踪事件に関して、生存している24名を保護致しました」
4月13日午前10時。警視庁の会見場で、刑事部長がマスコミに対して発表した。総勢50人以上のマスコミ関係者に対し、刑事部長は説明を続ける。
「本日の午前5時頃のことです。突然警視庁にラブと名乗る人物からの電話がありました。電話でラブは、自分が全国各地で男子高校生を拉致した犯人だという自供をしました。それで逆探知に成功し半信半疑の中、電波が示す廃墟となった学校の校舎に向かった所、人質となっていた24名の男子高校生を発見。無事に保護し、警察病院に搬送されました。また、先日解放された3名の男子高校生に関しても、意識が回復したという報告を受けています」
記者会見の会場で、疑問に感じた新聞記者は挙手して刑事部長に尋ねる。
「犯人はどうなったのですか?」
「監禁場所の校舎内から、身元不明の全身黒ずくめの男の遺体が10人発見されました。遺体は何れも拳銃で射殺されており、現場には額にハートマークが印刷された覆面が落ちていました。今後は生存した27名の男子高校生から聴取して、事件の真相を導きだします」
「つまり被疑者死亡で事件を終わらせるという解釈でしょうか?」
「また同様の事件が発生する可能性はありますか?」
会見場に飛び交う質問に、刑事部長は咳払いする。
「静粛に。同様の事件が発生する可能性はゼロに近いと、我々警視庁は考えています」
この記者会見を皮切りに、ネットにも男子高校生たちが保護されたと言うニュースが流れた。
4月20日。忌まわしき恋愛シミュレーションデスゲームが集結して1週間が経過した頃、警察病院に入院中の赤城恵一は、看護師から今日から家族や友人の面会が解禁されると知らされた。
そのことを彼が知ったのは、早朝のこと。現在彼が過ごしている病室には、朝のバイタルチェックのために看護師が訪れていた。
やっと美緒と再会できると心から喜ぶ恵一は、血圧を図ろうとしている看護師に目を丸くして尋ねる。
「無菌室に隔離されている12人の高校生はどうなった?」
「昨日、研究所からワクチンが届いて、彼らも普通病棟に転院しましたよ」
「そうか」
看護師から聞かされた事実を聞き、恵一は自分のことのように喜ぶ。
午後1時。警察病院での検査を済ませた赤城恵一は病室に戻った。横にスライドするドアを開けると、彼の病室の中には珍客がいた。
赤城恵一の病室で、彼の帰りを待っていたのは、椎名真紀だった。
「えっと」
何と呼べばいいのか、恵一が戸惑っていると、彼女は微笑む。
「真紀でいいよ。その方が馴染み深くて呼びやすいから」
「じゃあ、真紀。何でお前がここにいるんだ? 学校はどうした?」
「仮病で休んだわ。あんなことがあったから、授業に集中できそうにないし、赤城君に謝りたいこともあるから」
「謝ること?」
「あんな結末になってしまって、ごめんなさい」
恵一は治りかけた右肩の傷跡を軽く触れながら、当時のことを思い出す。
あの時、東郷深雪は椎名真紀を殺すために、銃口を真紀に向けた。
真紀は最後の力を振り絞り、自分を殺そうとしている東郷深雪の顔を見上げる。
「不思議な感覚。まるで私が私を殺しているみたい」
冷酷非道な顔付きとなった東郷深雪は、拳銃に引き金に手を掛けた。
「やめろ!」
恵一は大声で叫び、銃口と真紀の間に割って入った。咄嗟の行動に対応できなかった深雪は、拳銃の引き金を引いてしまい、銃弾が恵一の右肩を撃ち抜いた。
「えっ」
思いがけない出来事に、東郷深雪は拳銃を床に落とした。そして深雪は恵一に疑問を投げかける。
「どうしてラブを庇ったの?」
「島田夏海にも同じことを聞かれた。その問題の答えと一緒だよ。目の前で人が死んでいくのを、黙って見過ごすことができないだけだ。シニガミヒロインじゃあ、嫌という程目の前で同い年くらいの高校生が死んでいくのを見てきたが、何もできなかった。今では、こうやって誰かを庇うことができるんだ。できることをやらないわけにはいかない」
「もう一度言うわ。椎名真紀がやったことは、死刑に値する行為。だけど少年法がある限り、絶対に死刑にならない!」
暗い顔付きとなった東郷深雪に対し、恵一は彼女の頭を優しく触れた。
「お前とラブは、入れ替わりながら椎名真紀として高校に通っていたんだよな? だったらラブもお前も美緒と俺の友達だ。その友達が罪を犯そうとしているんだったら、積極的に止めるのが友達ってヤツだろう。だから、自分の手を汚さないでくれ」
恵一の説得を受け、東郷深雪は頬を緩めた。
「優しいね。応急処置するわ。その前に……」
東郷深雪はラブの着ているスーツのポケットからスマートフォンを取り出し、それを恵一に手渡す。
「このスマホで今も囚われている23名の男子高校生を強制的にログアウトできる。強制ログアウトっていうアプリをタッチするだけでいいから。それで彼らを助けて」
「分かった」
恵一は首を縦に振り、ラブのスマートフォンを操作し始めた。そして画面の中から強制ログアウトというアプリを見つけ、タッチした。
その間、東郷深雪は、ラブのワイシャツを脱がせ、包帯を傷口に巻く。適格な応急処置を済ませ、真紀の体を床に仰向けに寝かせると、深雪はポケットからスタンガン型圧迫注射器を取り出し、それを握った右手を彼に差し出す。
「スマホと注射器を交換して。そして赤城君はコンピュータ室へ向かってよ。そこに23名の男子高校生が倒れているから。それとこれを使って解毒剤を投与させて。残り11人分しかないから、あなたの手では残りの12人を助けることができないけど」
「分かった」」
「お前はどうするんだ?」
「まだやることがあるから、先に行って」
深雪に促され恵一は、数分前に目覚めたコンピュータ室へ戻る。その部屋には、確かに23名の男子高校生たちがうつ伏せに倒れていた。
不意に壁に埋め込まれたコンピュータを恵一が見ると、コンピュータの光は消えていた。現状では11人しか救えない命。軽いはずのスタンガンを重たく感じた恵一は、このタイミングで誰を救えばいいのかと悩み苦しむ。自分の周りで一緒になってゲーム攻略を目指した岩田波留達か。それとも自分達と何故か敵対していた桐谷凛太朗達か。これまで同じデスゲームに参加していながら、恵一とは一度も言葉を交わさなかった誰かを助けるために使うのか。3通りの考え方の中で、恵一は唸った。
悩み続ける中でも時間が流れ、防護服を着た警察官が監禁場所に到着する。そうして恵一は結論を見出すことができず、意識を取り戻しかけている男子高校生と共に警察病院に搬送されたのだった。
「何だよ。謝りたいことって。あの時のことを思い出しても、真紀が謝るようなことはなかったが」
恵一はあの時のことを思い出しても尚、椎名真紀と名乗る少女が何を謝ろうとしているのか、分からなかった。
「続きがあるの。赤城君がコンピュータ室に向かった直後……」
そうして彼女は、裏話を語り始めた。
赤城恵一が真紀たちの元を去り、コンピュータ室に向かい走っていた時、仰向けに倒れていた椎名真紀は体を起こし、東郷深雪の顔を見て頬を緩めた。
「やっぱり、深雪の手を汚すわけにはいかないわ」
「えっ」
東郷深雪が驚いたのも束の間、椎名真紀は床に転がっている拳銃を手にした。そして真紀はその銃口を、自身の頭に近づける。
「これからは、あなたが椎名真紀として生きるのよ。あなたは私のように、心が汚れていない。あの震災がなかったら、私は今頃あなたのように楽しい高校生活を送っていたはず。だから、私は東郷深雪として死ぬ。声紋や指紋、DNAまで一緒なんだから、あなたが椎名真紀でもいいよね。私が東郷深雪でもいいよね」
「やめて。自殺したら赤城君があなたを庇って負傷した行為が無駄になる」
東郷深雪は焦りながら、椎名真紀を説得する。しかし、椎名真紀は自身のコピーの声を聞きいれなかった。
「椎名真紀。闇堕ちした私が言うのも、おかしな話だけど、あの娘たちの分まで精一杯恋して。それと、あなたに迷惑をかけたくないから、シニガミヒロインのコンピュータに蓄積されたデータを全て削除するわ」
「削除?」
深雪が首を傾げると、真紀はスーツの裾を上げ、腕時計を見せた。
「この時計は私のバイタルをコンピュータに送受信しているの。それが途絶えればコンピュータは停止する。つまり、ラブが死ねばシニガミヒロインは終わる。これで証拠は全て消えるから、完全犯罪ね」
椎名真紀は最後に深雪に対し、笑顔を見せ、引き金に手を掛けた。
「真紀。さようなら」
銃声が部屋に響き、真紀の頭を銃弾が撃ち抜いた。そうして椎名真紀は、頭から血を流し、自ら命を絶った。
目の前にある自分と同じ顔の遺体を東郷深雪は抱きかかえ、涙を流した。
「ラブは私の目の前で自殺した」
少女の口から語られる真実を聞き、赤城恵一は悔しそうに握り拳を作った。
「結局誰も救えなかったのかよ」
「そんなことはないよ。赤城君があのゲームをクリアしなかったら、もっと多くの人が殺されたはず。だから赤城君は、不特定多数の男子高校生の命を救ったんだよ」
東郷深雪が慰めの言葉を恵一にかけると、彼は首を縦に振る。
「そうだな」
恵一が納得を示すと、彼女は病室から立ち去った。
太陽が沈もうとした頃、赤城恵一がベッド上で休んでいる。すると、病室のドアが再び開き、白井美緒がドアの隙間から顔を覗かせた。
「本当に恵一だ!」
「それが第一声かよ」
白井美緒の言葉に恵一が呆れた。その反応に、美緒はクスっと笑う。
「良かった。いつもの恵一で。それで、いつになったら退院できるの?」
「ああ、2日くらいしたら退院できる。そうしたら、また一緒に高校へ行こう」
「うん。それだけ?」
「それだけって」
「恵一がいなくなって、寂しかったから。だから、退院したらどこかに一緒に行こうよ」
「それってデートか?」
恵一からの問いに、美緒は赤面し彼と視線を反らした。
「勘違いしないで。寂しかった時間を忘れるためだから」
「分かった」
恵一は、久しぶりに2人で遊びに出かけることができると思い、可愛らしく赤面する幼馴染の顔を見て、笑顔になった。
同じ頃、椎名真紀と名乗る少女が自宅に戻ると、その駐車場に見かけない黒塗りの自動車が停車しているのが見えた。
彼女は警戒することなく、その自動車の後部座席のドアを開け、車に乗り込んだ。
「公安調査庁長官、自らお出ましとは想定外でした」
深雪が最もなことを語る。
「ニュースは観たの?」
深雪の隣に座っていた黒い髪を腰の高さまで伸ばした40代の女が視線を合わせずに尋ねると、深雪は首を縦に振った。
「はい。やっぱり、あなたの入れ知恵だったの?」
「そうなのよ。あれとあなたのような存在が公になったら、厄介よね。だから隠蔽したわ」
「私の遺体を消してまで」
「あなたは椎名真紀。あそこで発見された遺体は身元不明の若い女性の遺体。それだけのことでしょ」
「そこまでサポートしてくれて、嬉しいけれど仲間を殺したのは聞き捨てなりませんね。男子高校生を攫ったラブの部下の人数は12人。その内1人はゲーム中にラブが殺したんだから、現場から11人の遺体が発見されないとおかしい。もちろん私は部下11人を殺していない。だから1人足りないのよ」
「そのこと」
女は瞳を閉じ、短く答えた。
「これは私の憶測だけど、ラブの部下の1人は生きている。そいつが部下10人を殺して、事件を迷宮入りさせたってわけ。彼がラブの指示で仲間を殺害したのか。それとも警察の指示で真相を隠蔽するために、仲間を殺したのか。はたまた自らの意志で仲間を皆殺しにしたのか。1番怪しいのは、私の協力者として派遣された、あなたの組織の人間」
深雪が推理を口にすると、女は瞳を開け深雪と顔を合わせた。
「全ての真相は闇の中。それが遺言でしょう」
「そうでしたね」
東郷深雪が答えると、自動車のエンジン音が鳴り、深雪を乗せた自動車は夕日が照らす摩天楼へ向かい走り始めた。




