10 信じる事
「久しぶりに買い取りに来たら、窯を閉じたというではないか。『藍銅鉱』。どういうつもりだ」
男の声は青年だった。青年に『藍銅鉱』は平然と応える。
「アンタには連絡不備で悪かった。あれの所為で精霊が怒っているらしい。今後の取引はなしにしてくれ」
「……まぁ、それはよい。それよりも」
青年はフードの奥でため息をつく。
「『にがよもぎ』が我らを裏切って、
ドワーフどもに混じってこのような村を作って暮らしていたのは知っていたが。
……『霧雨』をここに隠していたのか」
「?!!」
「貴様っ??!妖魔かっ??!」
妖魔?『にがよもぎ』さんはエルフとかなんとか言ってなかったっけ。
「もう一度言う。其の剣は貴様らには過ぎた品だ。私に寄越せ」
「断る」「この剣は世を乱しかねない」「お断りします。今は水の乙女達のものです」
「ぼくは、いやなのの」
「すまんな。今度おれっちが細工作ってやるから、砒毒の件含めて勘弁してくれ」
「ふむ。ならば……死ね」
青年は物騒なことを言う。ぱちんと指を鳴らすと、骸骨の剣士が飛び出した。
また骸骨かよ。俺は骸骨を蹴ろうとしたが。
「下がれっ??!チーアッ!!!」
吹き飛ばされる。
鋭い剣をロー・アースが銀の剣で受け止める。
「剣が折れないっ??!」彼の銀の小剣は剣を砕くために作られた剣だった筈だ。
しかもせり負けている。
「くっ?!」
左手の長剣を攻撃に使うのを諦めた彼は十字に剣を使って必死で受け止める。
……空いている骸骨の左手の盾がロー・アースを襲う。「ぐはっ??!」
???!骸骨なのになんでこんなにパワーがあるんだよっ??!
「竜牙兵だっ!!近寄るなっ!殺されるっ!!」
な、なんじゃそれ??
「……まさか、竜族の牙の力を宿す、魔の騎士ですか?!」『孔雀石』が叫ぶ。
「詳しいなっ?『にがよもぎ』の娘っ?!」青年は哂う。
ロー・アースと村長はたちまち追い詰められていく。
この骸骨、恐ろしく強い。力が強い。動きが早い。剣の腕が明らかに違う。
そして。
ガキィ!!
「かっ?硬いっ!!」「なんて分厚い鎧なんだ」
村長が自ら作った自慢の斧ですら防がれた。
「さて」青年はおれと『孔雀石』に向き直る。
「お友達が殺されるのが嫌なら、『霧雨』と共に来い。『あかねのそら』」
俺は『孔雀石』の前で両手を広げて立ちふさがった。
彼女のほうがずっと背が高いのだが、ここは男の子なんだから下がってはいけない。本当は女だけど。
足元でファルコが俺のすねにかじりついている。何をしている。
「……ほう黒髪黒目の半妖精か」
ローブの青年がニヤリと笑う。「貴様も来るか?そうすれば助けてやろう」
俺の返答は一つ。「断る。竜牙兵だかなんだか知らんが、俺達を舐めるな」
肩をすくめる青年。「なら、君の愛しい人は死ぬな。『あかねのそら』」
竜牙兵の猛攻に耐えるのが精一杯のロー・アースと村長、そして『藍銅鉱』。
三人とも耐えるだけで精一杯。
「チーアッ!」?
「何をしているんじゃっ?!」
「弓を取るんだっ!おれっちたちに任せろっ!」
俺は言われたとおり弓を引き絞る。が。
「狩人か?……言葉を喋る存在を撃った事は無いな。手が震えているぞ」
……。
……たしかに、獲物を狙うときとは違う嫌な汗が流れている。
俺は人を殺したことが無い。親父や兄貴は知らないが。
矢が震えている。狙いが定まらない。
「敵に情けか。仲間が死に掛けているのにな。神の子」
ローブが厭らしく手を振って嫌味を放つ。
「……『竜牙兵』を止めろ。『霧雨』はさておき、『孔雀石』は渡さん」
肩をすくめる黒ローブ。「子供だな。話にならん」
「……ちいや。いい事を教えてあげる。
ぼくが『今』っていったらあのローブのおっちゃんの頭を狙うの」?!
「ふぁ……」ファルコ?「しゃべっちゃだめなの。ばれるの」
膝に噛み付いているファルコの瞳が「信じて」と言っていた。
「……死ぬぞ。小さいが複合弓なんだぜ。俺の弓は」
「外していい。でも頭を正確に狙って」……死ぬじゃん。
「何度もローや村長は合図してくれてたんだよ?」??
……見てみると苦戦している筈なのにローと村長だけに動きがおかしい。
明らかに無駄な動きを感じる。『藍銅鉱』とは別の意味で。まさか。
「今なの」
ファルコは言うが早いが、俺のすねを思いっきり噛んだ。
「いでっ?!」
指から矢がすっ飛び、青年に飛んでいく。「あっ?」「!!」
青年は表情一つ動かさず俺の矢をかわした。……よかった。いや、違う。悪かったんだ。
「……やるな。ガキ。お前は殺す」「……無理なの」ファルコは俺のすねに暖かい息を何度もかけている。
「いたいのいたいのとんでけ~♪」……お前、俺より緊張感がない。
俺の心臓がバクバクいっている。正直眩暈が酷い。
「貴方の負けですね」
沈黙を護っていた『孔雀石』が微笑む。「?!」後ろを振り返る青年。
俺の放った矢は一直線に竜牙兵のむき出しの頭蓋骨にぶち当たった。
至近距離から大型獣を撃つための矢は飛距離は足りないが、充分な威力と速度がある。
その一撃を基点に、首筋と腰骨の上に村長と『藍銅鉱』の大斧が炸裂。
吹き飛んだ骸骨にロー・アースが体当たりをかまし、鎧の中の骨を砕いた。
そのまま骸骨に取り付いて関節を決めて骸骨を壊していく。
村長と『藍銅鉱』が大斧でそれを手伝った。
本当に、本当に、一瞬の出来事だった。
「ふん。高価な駒を壊してくれたな。
だが、『血塗れの短剣』の名前は伊達ではないぞ?」
彼はローブを脱ぎ捨てて短剣を構える。160センチもない小柄な身体だが、動きは早そうだ。
ファルコは俺から離れ、短剣を構える。
ロー・アースや村長や『藍銅鉱』は竜牙兵を倒して力尽きたらしい。『孔雀石』が駆け寄っていく。
「まだだっ!?『孔雀石』。アイツは短剣に毒を塗っている!!」
完全な癒しを思い留まった『孔雀石』。毒を消せるのは彼女しかいない。
「……毒なのね」「しかも、特製のな」
ファルコは盾と短剣。『ちぬれのたんけん』は短剣一振り。
「……ぼくの盾」??お前の盾がなんだって?
そう思う前に彼は駆け出した。早いっ?目で追いきれないっ??!
「ふん」一瞬、意識が飛ぶ。眠りの雲か……頭を振って耐えた。
「やっぱり、短剣はブラフだったねぇ」「……魔法が効かないのは厄介だな。グラスランナー」
「それは、君もいっしょみたいなのの」「ふふふ。だが、今の一撃で俺を倒せなかった。貴様も終わりだ」
そうだねえ。とファルコは呟くと唐突に彼の盾を腕に固定するベルトが切れた。
そのままファルコは青年に盾を投げる。あ。
たたっ!!!ファルコの姿が掻き消える。青年は落ち着いた様子で迎撃する。
「くっ??!」俺の放った矢が彼の肩口に突き刺さり、貫通して岩に刺さる。利き手だ。
「半妖精??!!」「……いい。『合図』だったぜ」ファルコ。よくやった。
「どうする?お前も手負いになったぜ」本命は俺の弓。ファルコはおとり。
心臓が早鐘のように鳴っている。正直五月蝿い。眩暈も酷い。
だが、奴は余裕を崩さなかった。
「ふん。短剣だけと思ったか?」轟音が俺達を貫く。
……全身に力が入らない。そして音で崩れた岩の破片が俺の身体を打ち砕く。な、なんだよ。これ。
「これが『雷撃』だ。神の子」青年は冷たく言い放つ。凄い衝撃。体中が麻痺している。
ファルコもロー・アースも体中が麻痺して動けないらしい。村長も『藍銅鉱』もだ。
魔導の雷の一撃は俺達の身体を容易に焼き、動けなくした。
尖った耳と黒い肌。整った顔立ちの青年は楽しそうに哂う。
「エルフだからといって魔導が使えないわけではない」そして。と続ける。
「『あかねのそら』。貴様の完全なる癒しの力は。身体を触れなければ他人には使えない」
そして黒髪黒目の半妖精。良い土産だと『ちぬれのたんけん』は哂う。
短剣を構える『孔雀石』。素手のまま厭らしい笑いを浮かべる『ちぬれのたんけん』。
「ふん。『にがよもぎ』の娘と聞いたがその構えでは」片手であっさり取り押さえられる『孔雀石』。
「……うん?」もがく『孔雀石』の首筋に鼻を近づける『ちぬれのたんけん』。
「貴様。『女になっている』な。それも極上の処女だ」「??!」
「お、お嬢に近づくなっ?!!」『藍銅鉱』がかろうじて声をあげる。
ふ。ふははっ!と『ちぬれのたんけん』は哂う。
「まさかあの『にがよもぎ』がひ弱なエルフなどと情を交わしたかと思ったら。
……蛆虫臭いドワーフが其の娘の相手とはなっ??!血は争えんなっ!」
「てめえっ?『孔雀石』に触れんなっ!」俺も声を出すだけで精一杯だ。
どうも『雷撃』が俺の身体を動かす機能の殆どを焼ききったらしい。
「ゆっくりと、『本当の女』にしてやる」彼は『孔雀石』の首筋に手をかける。
くそっ?!くそっ?!!
「なんだ。ダイヤモンドかと思ったらクズ石か」
そういって『孔雀石』の首のネックレスを引き千切る。
暴れる『孔雀石』を押さえ込み、押し倒す。村長の呪詛が響く。
「ッ『藍銅鉱』ッ!!」「お嬢!!!『孔雀石』ッ!!」
クズ石?
「くずじゃないの」
「ああ。そうだな。希望を護る」
「『本当のダイヤを護る』石だ」
ーーー……『夢を追う者』になってみませんかーーー
「ロー。何でも言うことを聞く。あいつをやっつける手は無いか」意外と、声は簡単に出た。
「……キスより。簡単さ」「だねぇ」
『孔雀石』の抵抗を愉しみながらその唇を奪おうとする『ちぬれのたんけん』。
俺達の不審な会話に奴が動きを止めた。奴は知らない。俺達の切り札を。
「慈愛の女神ッ!!!!!!!!我らに加護をっ!!!!!!!!」
暖かい力、柔らかな光が俺達に降り注がれる。
見る見る傷は癒え、力が体中からあふれる。萎えていた闘志が膨れ上がる。
ロー・アースの投げた銀の剣が稲妻の速さで飛び出し、『ちぬれのたんけん』の首を狙う。
『孔雀石』を組み伏せたまま、其の必殺の一撃を避ける『ちぬれのたんけん』。
「其の手を離せ」クソヤロウ。
「ぼくは。みかたなの」「……女の相手なんてつまらないぜ?俺達とやらないか?」
「俺達はクズ石じゃねぇ」
「ぼくらは」
「希望を護る者」
「「「夢を追う者達だっ!!」」」




