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ソラノカケラ  作者: 空野 翔


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青いマグカップ

 最初の持ち主は、陶芸家だった。自分で作ったわけではなかった。若い頃、まだ何者でもなかった頃、師匠からもらった。「これを使い続けると、手が覚える」と師匠は言った。意味はよく分からなかった。でも、毎朝コーヒーを飲むときに使い続けた。青い釉薬(ゆうやく)で、少し厚みがあって、持ちやすかった。

十五年使った。陶芸家として名前が出始めた頃、弟子ができた。若い女性で、不器用だったが、熱心だった。


 ある日、弟子が工房のマグカップを割った。陶芸家は青いマグカップを渡した。

「これを使いなさい」

「でも、師匠の——」

「手が覚える。そういうものだから」

 弟子は、七年使った。その間に、少しうまくなった。まだ名前は出なかったが、少しずつ、自分の形が出てきた。


 結婚した。相手は、陶芸とは関係のない仕事をしている男だった。新居に、青いマグカップを持っていった。夫は、毎朝そのマグカップでコーヒーを飲んだ。

「これ、いいな」と夫が言った。「温かい感じがする」

「師匠からもらったの」

「大事にしないと」

「あなたが使っていいよ」

 夫は少し驚いた顔をして、それから笑った。毎朝、夫がコーヒーを飲んだ。


 夫が単身赴任になったのは、三年後だった。別の街で、一人暮らしをすることになった。荷物をまとめるとき、青いマグカップをバッグに入れた。

「持っていくの?」と妻が言った。

「これがないと、朝が始まらない気がして」

 妻は何も言わなかった。


 単身赴任の部屋は、狭かった。殺風景だった。でも毎朝、青いマグカップでコーヒーを飲むと少しだけ、部屋が場所になった気がした。


 二年後、夫が倒れた。急なことだった。病院で意識が戻ったとき、妻が来ていた。青いマグカップも、持ってきていた。

「病院に、これ持ってきてどうするの」と夫は笑った。

「なんとなく」と妻は言った。

 退院するまで、病室に置いてあった。夫は回復した。家に帰る日、夫は青いマグカップを持って帰った。


 それから十年、青いマグカップは夫婦の家にあった。どちらが使うでもなく、食器棚の前に置いてあって、気が向いた方が使った。子供が生まれた。子供が大きくなった。


 子供が家を出る日、荷物を詰めながら、台所を見た。食器棚の前に、青いマグカップがあった。

「これ、もらっていい?」と子供が言った。

 夫婦は顔を見合わせた。

「どうして?」と母が言った。

「なんか、好きだから。ずっと前からある感じが」

 父が言った。

「持っていきなさい」

「でも——」

「手が覚える。そういうものだから」

 子供には意味が分からなかった。でも、もらっていった。


 青いマグカップは、今もどこかの台所にある。誰かが、毎朝コーヒーを飲んでいる。少し厚みがあって、持ちやすい。温かい感じがする。

 それだけのことが、続いている。


―終わり―


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