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無口な大騒ぎ  作者: 東東
3/8

『海蛇座、第三尾星』


 十二月三日、落下確認

 落下数、通算三十五回目

 色、青黒

 状態、怒り・不満


 *******



 青黒い尾星を沈めた淵に座り、取ってきた星履歴を膝に広げながら『海蛇座、第三尾星』の欄に、今回の履歴を記載する。墜ちたばかりの星を湶に沈めて、塩分を抜き始めながらその星の履歴を記載するのも、僕が殆ど完全に任されるようになった仕事の一つだった。湶に晒し始めたばかりの星はまだ限界まで感情が塩分として詰まった状態なので、目を離すと暴力的に周りの星に不満をぶつけてしまう事がある。

 その為、どうしてもひと晩はつきっきりになるし、その間の初期の様子を観察し、記載する事にもなる。つまり、それが最近、僕が任せられるようになったメインの仕事と言ってもいい。お師匠様はその間、他の星々を確認したりしているが、もうお年になるので、一通り見て回ったら小屋に戻って明け方、星の戻りまで仮眠を取られる。僕は勿論、徹夜というわけ。

 お師匠様は仮眠を取るのに、僕は徹夜。でも、別にその事には不満はない。だってお師匠様のお年を考えたら当然の事だし、それなのに明け方の星の戻りには起きてお役目を行って下さるのだから、責任感あるその行動は尊敬に値するし、僕が目指すべき姿だとも思う。・・・僕が、本当に星拾いという役目に納得しているかどうかはまた別としてだけど。

 だから、そう、不満はない。星拾いという役目を本当に引き継げるのか、引き継ぎたいのかを二の次にすれば、お師匠様の存在自体は尊敬するものだし、敬うべきだし、僕に出来る事は是非するべきだし、だから、そう、だから・・・、不満はない、ほぼない、たぶんない、はず、で・・・、そう、つまり、僕はひたむきに僕が出来る事を果たしていくべきであって、そういう、わけであって、不満は、ない、はずで・・・、


『大体、振られたから死んでやるとか、殺してやるとか、出来るもんならやってみろってんだ、マジ、馬鹿にしやがって!』


 ひと晩、眠らずにその姿を見守っているだけなら、本当に何の不満もなかったとは思う。でも実際はきらきらと輝かんばかりに放たれる罵詈雑言、悪態を聞き流しながらひと晩を耐えしのぐので、不満を漏らすことはなくとも、眉間に皺がよった状態にはなっていた。そもそも存在自体が物凄く目を引くものがそういった姿を晒すのは殊の外堪えるのだが、そんな事、当然のようにお構いなしだ。

 星拾いの仕事さえしていなければ、星のこんな姿に接する事はなかったのに。誰に話しても実際に目にしなければ信じてくれそうにない姿を目前にしながらも、今日も今日とて、左手をさらさら動かしていく。墜ちた星の履歴なんかつけてどうするんだろうとか、回数が増えていく様に落胆するばかりなのにとか、色々思うところはあるが、これが仕事だから仕方がない。そんな諦めを必死で言い聞かせて、どうにかさらさら、動かし続ける。

 ・・・が、勿論その間も、青黒い尾星の力強い罵倒は続く。


『大体な、オマエ等、人間は丸一日休みなんて日もあるわ、好きな時に好きな事が出来て、好きな場所に行けて、好きな所で立ち止まれるくせに、夜空見上げちゃ、愚痴だの不満だの垂れやがって! 毎晩、聞きたくもねーのにそんな愚痴聞かされている俺の身になってみろってんだ!』

 ・・・いや、今まさにその聞きたくもない愚痴を聞かされる身になってみてますが、なんて愚痴、当然我慢だ、我慢。

『おまけに愚痴る時も酒片手に愚痴りやがって! 自分は気持ち良くリフレッシュしながら他のヤツに不愉快な思いを押しつけるなんて、みっともないと思わねーのかよっ!』

 ・・・うん、是非思ってほしいです、今すぐに、なんて愚痴も、当然舌で喉の奥に押し戻す。

『ってか、夜は寝ろ! 何もせずに寝ろ! 一言だって喋るんじゃねー!』

 ・・・あ、物凄い同感、是非今すぐ沈黙してほしいです、なんて愚痴も、心頭滅却して頭の隅に追いやる。

『ったく、どいつもこいつもっ、人間ときたら・・・、』


 ──恋人に振られたとか、アイツの方が美人でムカツクとか、俺が知るかっつーの!


『恋愛ごとで騒ぐなら、修羅場話にしろってんだ!』

 ・・・いやいや、そういう下世話な雄叫びはたとえ思っていても声に出さずに飲み込もうよ、なんて注意も、左手に持ったペンを限界まで握り締めて耐え抜いて。


 青黒い尾星は、それからも延々と雄叫びを上げていた。一応、その雄叫びも大筋は記載していたけれど、徐々に記載しておくには流石にあんまりな内容になり始めて、前回の記述と同じレベルの雄叫びを書き留めたところで、ペンをそっと手放した。勿論、僕がペンを手放しても雄叫びが止むわけじゃない。そして僕がこの場を離れられるわけでもない。湶が星の塩分を、重みを抜いてくれるまで・・・、いや、少なくとも星が活動出来なくなる明け方が訪れるまでは、ここで星を見守るしかない。見守って、星の雄叫びを聞き続けるしかない。


 ・・・早く朝にならないかなぁ。


 そっと見上げた夜空には、無数の星とその星に傅かれるように中央に君臨する、月の姿。母が語った姿ではなく、半分までしか満ちていない姿だけど、墜ちることなく夜空に君臨し続ける姿に、洩れる溜息は感嘆の色。あの月の尤も甘く、美しい姿に近づきたくて、気がつけば微妙に納得がいかない星拾いになったのに、今は毎晩、夜明けを願う日々だ。

 世の中、理不尽な事が多すぎる。ついでに言えば、当事者なのに経緯がさっぱり分からない、分かっているのに飲み込めない事も多すぎる。誰か僕に説明プリーズ、なんて胸の内だけでの呟きは、一体何度目になった事か。いつか胸の中が疑問符で埋め尽くされるんじゃないかという心配をこっそりしながら、今日も今日とて、星が自身を重くしている原因を吐き出すのを、ただひたすら見守っていた。


 ──湶へ晒し始めてからの星の変移は、不思議なくらい皆、同じだ。


 まず、最初の晩はひたすら罵詈雑言。他は一切ない。でも、たぶんそのひと晩の間に溜め込んだ重みの基本的な部分を吐き出してしまうのだと思う。そのおかげで、変化はふた晩目から劇的に訪れる。物凄い勢いだったはずの罵詈雑言は勢いを失い、惰性のような動きで吐き出される愚痴に変わって、夜の半分くらいはそのまま低速飛行を行う。でも、それも夜半を半分くらい過ぎたところで、再び変化が訪れる。続いていた惰性が突如、消え去るのだ。

 つまり、沈黙。全くの、沈黙。

 水面は波一つ立たず、沈められた星は一切の意思表示を放棄する。覗き込めば、先にそこに沈んでいた星の写しのように沈黙している星は、拾った当初に纏っている暗色が必ず、薄れている。そして夜が完全に去るまでの間に始まったその色の変化はどんどん進んでいき、あと少しで透明感を取り戻せるというところで、二回目の夜は終わりを迎えるのだ。

 そして、三度目の夜。

 訪れる三度目の夜は、始まりの夜になる。もう何回目かの、始まりに。


『・・・そういや、あの喧嘩していた夫婦、どうなったのかな?』


 続いていた沈黙を破った三度目の夜、星はまるで目が覚めたみたいに、ふと呟いた。聞こえてきた声にそっと湶を見下ろせば、青黒かった星はいつの間にか纏っていた暗色を完全に脱ぎ捨てて、清らかな深みのある青一色に変わっていた。否、戻っていた。夜空に同化しそうでありながら、はっきりと見分けがつく青。失っていた輝きを思い出した青。

 声にもあの攻撃的な刺々しさが消え、円い星に相応しい丸みが戻っている。上から人を見守る存在に相応しい声に。人の眠りを輝かすのに相応しい、穏やかさに。『本当はさ、凄い仲が良い夫婦なのに、ちょっとした事で喧嘩して・・・、でもあれって、もしかしてじゃれ合っているだけなのかな?』小さな含み笑いを滲ませた声は、子供の他愛なさを微笑む大人の包容力を感じさせた。

 実際、大人なのだ、星は。少なくとも、人の命なんて瞬くほどだと感じる程度は長く存在しているはず。だから今のこの姿こそ相応しいとは思うけど・・・、毎度の事ながら、少し前までの荒ぶる姿とのギャップが激しすぎて、結構な脱力感を覚える。夫婦喧嘩をやるならいっそ殴り合え、まで言い放っていたというのに、この変わりよう。

 本当に、毎回の事とはいえ、同じ星の言葉だとは思えない。ちょっと水に晒しただけで、よくもここまで変われるものだと思う。・・・いや、逆か? ちょっと水に晒しただけで元に戻ると感心するより、人間のちょっとした愚痴程度で、よくもあそこまで粗暴な姿に変われるものだと呆れるべきなのだろうか? 聞き流せよそれくらい、と突っ込むべきなのか?


『人間の言葉で、喧嘩するほど仲が良いって言うもんなぁ・・・、良いな、夫婦ってさ。喧嘩してても、それすら微笑ましくなるよ』


 ・・・嘘つけ! と星に突っ込む事は、人間には許されないのだろうか? もしその突っ込みが許されないのだとしたら、他の全ての人に許さなくてもいいから、星拾いにだけは許してほしいと思う。だって、あんな、散々星拾いを振り回しておいて、まるでハッピーエンドかのような微笑ましい口調で総括されたって、納得なんかいくわけがない。大体、殴り合え、まで言い放っていたくせに、自分の気分が治ってきたからってよく平気で真逆の事を言えるもんだと思う。

 心の底からの、全力の突っ込み。迸りそうになっていたそれを必死で飲み込み、深呼吸を繰り返しているうちに、ふと、これと同じような体験をした事があるような気がした。理不尽さを目の当たりにし、必死で飲み込んだかつての記憶。頭の真後ろに貼りついているかのような記憶の残り香を必死で呼び寄せると、数ヶ月前まで通っていた学校生活が広がり始めた。

 あの、理不尽な、感情のまま言動が一瞬ごとに変わる、女子達の甲高い声。

 似ているのは、あの声だった。僕自身はあの声に直接振り回されたわけではなかったけど、振り回されている同級の男を良く見かけたのを覚えている。虫の居所が悪いと突然些細な事を切っ掛けに、まるで犯罪者のように責め立てられ、そうかと思えば舌の根も乾かぬうちに笑い出す。掌を簡単に変えるかのような機嫌や態度の変化を、ひと欠片だって悪びれない。自分の当然の権利かのように、行使する。

 機嫌が悪いと他者を攻撃し、機嫌が良いと祝福する、その言動の変化がよく似ていた。


『早く夜空に戻って・・・、空からあの夫婦に、喧嘩なんか止めなよ、って言ってあげたいな』


 思い出に埋もれている僕の耳に届くのは、慈悲深い神にも似た、星の声。下々に許しを与えるのも、祝福を与えるのも自分だけだと言わんばかりの穏やかで優しげな傲慢さに、空を見上げる気力すら失せそうだ。かといって、湶の底を見下ろす気力もない。あるのは零れる溜息を口の中に抑え込む程度の気力だけ。

 そうして、言いたい事も言えない、半強制的な無口状態にさせられる度に、思わずにはいられないのだ。


 ──機嫌が直ったなら、とりあえずもう黙れ、と。


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