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──星は常に夜空に浮かび続け、少なくとも二晩に一度、一つは墜ち続ける。
『なんで人間は、この高貴な俺様の美しさが分からないんだっつーの!』
分かるか馬鹿! 今のオマエは不吉なドス黒い赤になっているだろう! ・・・という突っ込みは、いつも通りに飲み込んだ。カタカタとなる銀の桶から轟く罵声の大きさに、飲み込まずとも聞こえることはないだろうと分かっていたけれど、それでもどうにか、飲み込んだ。もしかして、僕は知らず知らずのうちに、星拾いとして大きく成長しつつあるのかもしれない、なんて本当は欠片も思ってない事を思ってみながら、ひたすら歩く。勿論、湶に向かって。
今夜墜ちたのは、蠍座の鋏星だった。
一昨日までは尾星に付きっきりだったけど、三日目までの経過がいつも通りだったので、あとはもうひたすら水につけておくだけで良くなり、今夜はまた、新たに墜ちた星を拾う作業から始めた。代わりにお師匠様は、昨日、拾ってきた星の面倒を見ているけど、流石に僕と違って、とても落ち着いていた。つまり落ち着いて、星達の暴言を聞き流していた、という事だけど。
昔話に出てくる仙人のようだ、と思ったのは一度や二度じゃない。あのまま星より高い空、雲の向こうとかに浮かんでいってもちっとも違和感を感じない空気を醸し出しているお師匠様を、偉大な仙人のように尊敬しているけど、地面から足が常に数センチは浮いていそうな人の後釜としての心構えは、その広大で偉大な空気感を目の当たりにする度に、構えようとする端から崩れ落ちていく。それはもう、ぼろぼろと。景気良く、ばりばりと。
・・・無理、真面目に自信がない。だって僕、まだぴちぴちの十八才だもん。仙人には遠すぎるって。
仙人みたいに悟りを得るどころか、一般的な人生経験すら浅い自分がどうして仙人の後釜なんだろう、なんて何度目か数えることすら飽きてくる疑問を再び抱いたところで、湶に到着。広大な湶の向こう岸には、どれほど距離があろうとその偉大な空気が伝わるお師匠様が居て、そのお師匠様と僕の間に広がる湶の底では、落ち着きを取り戻した星々と、まだぐちぐちと愚痴を吐き続けている星が一つ、それに僕の手元、桶の中には、その湶の中で垂れ流されている愚痴なんて比べものにならない程でかい雄叫びが上がっている。耳より、振動の所為で手が痛いくらいの絶叫が。
これに寛大な態度を取れるお師匠様は、やっぱり人の領域を完全に突破しているだろう。凄いと思う。本当に尊敬する。・・・けど、正直な話、僕はその域まで到達したいとは思えない。まだまだ人間である事に未練が大有りだからだ。
自分の今後と現在と、現在の自分と今後の自分、似ているようで多少違う複数の事を考えながら、手はそろそろ慣れ始めている作業を勝手に進めている。傍に置かれる柄杓、地面に着く膝、差し出す両手。出来る限り湶に向かって伸ばし、それから静かに沈む桶と、桶の淵から湶の底へと沈んでいく鋏星。もう少し丁寧に扱え、敬いの精神が足りない・・・、等々の罵倒に耐えるのも、そろそろ慣れ始めている自分が少し悲しい。
水を通して聞こえているとは思えないほど景気の良い罵倒は、今は心清らかな星に戻りつつある尾星を軽く越える。ついでに聞こえてくる罵倒のバリエーションも遙かに多い。まぁ、それも当然と言えば当然なのかもしれないと、取ってきた星履歴を眺めながら思う。なんせ、この鋏星の前回の記録の文字は、あまりにも見慣れた・・・、僕の字なのだから。
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『蠍座、第一鋏星』
十二月八日、落下確認
落下数、通算八十三回目
色、赤黒
状態、自己顕示欲過多・プライド過剰
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またオマエかよ、と墜ちてきている姿を発見した際、口にしなかった僕はお師匠様ほどではないけど、相当忍耐力がついてきたと思う。だって、本当に『また』なのだ。通算八十三回目って、本当に有り得ないだろう。ってか、有り得たらいけないだろう。つーか、有り得ないでくれ、なんて最早祈りの域に達した思いを胸に抱きながら握るペンは、力が入りすぎて掌に喰い込んでいる。こんな事ばかりしているから、ペンだこなんて欠片も出来る気配がないのに、ペンが喰い込んだ痕だけは掌に徐々に刻まれつつあったりするのが、とても嫌だ。
「はぁ・・・、」
『なに、溜息ついてるんだよっ、この野郎!』
「・・・あ、すみ、ません」
『すまんで済むか、阿呆! 謝って済むなら、警察なんか要らねーんだよっ!』
耐えきれずに溜息を漏らしてしまった僕が悪いんだとは思う。ただ、それは怒り狂う鋏星に対しての気持ちではなく、僕自身へ対する慰めの気持ちから発した後悔で、湖面を波立たせて暴れている、懲りるという概念が一切ない鋏星に対して抱く善良な気持ちは雨一滴の恵みほどもない。土砂降りの雨の如く、恨みがましい気持ちならダムを満杯にするほどあるけど。
大体、どうして墜ちてきた星の愚痴や暴言は人間の、しかも腹立たしいタイプの人間の愚痴や暴言とよく似ているのだろう? 毎晩毎晩、何処かで聞いたような罵詈雑言が耳に押し寄せてくる度に抱く現実逃避めいた疑問を、今夜も全力で思う。そう、全力でだ。そんな事ぐらい思ってないと、もうやっていられないぐらいの心境なのだ。鋏星の口が今晩閉ざされる事なんて絶対ないし、今夜を乗り切って、明日も過ぎ去って、その後の数日が過ぎ去って夜空に還ったとしても、絶対また墜ちてくると確信してしまうから、遣り切れない。
だって、二度あった程度の事ですら、次回があるのだ。八十三回繰り返してしまった以上、八十四回目がないなんて、それこそ有り得ない。しかも絶対、拾うの僕だよ、僕!
『おいっ! 聞いているのかよっ、人間!』
「・・・聞いてますよ、勿論」
聞きたくなくても、聞こえてます・・・、という後半部分の感情的な台詞は飲み込んで返した、平坦な声での返事。でもその平坦さは気にならないのか、あるいは自分の感情以外には気が向かないのか、鋏星は僕がとりあえずは話を聞いている、という一点だけに焦点を当て、一瞬の沈黙、いわゆる『溜め』を蓄えた後、一気にその力を解放した。勿論、唯一の標的である、僕に向かってだ。
『いいかっ? 人間はな、もっと俺を見るべきなんだよっ! この美しい俺が夜空に浮かんでやってるんだぞ? 毎晩悦びの溜息吐き散らしながら朝がくるまで見てるべきだろ?』
・・・いや、それだとその人、寝不足で最悪死んじゃうんで、無理ですけど。
『それなのに、どいつもこいつも、俺を見ずに自分のくっだらない事情愚痴ったり、大して美しくもない面、眺めやがって!』
・・・いや、それ、人間だろうとなんだろうと、誰だって自分が一番大事だから、仕方ないと思うんですけど。
『大体なっ、他の星達が、自分の方が美しいみたいな顔して澄ましてるのも気にいらねーんだよ! 俺が一番だろっ、俺が!』
・・・いや、他の周りの星と大きさも輝きも、大差ないんですけど。
『人間も星も、どいつもこいつも見る目がない馬鹿ばっかりで、生きているのが嫌になるわっ!』
・・・いや、それ、どいつもこいつも我が侭ばっかり言う星で、嫌気が差している僕の方が言いたい台詞なんですけど。
『おっ、れっ、がっ! 俺が一番なんだっ、俺が!』
だからもっと俺を評価しろっ! 俺に注目しろ! 俺を褒め称えろっ!
『俺をっ、俺をっ、俺をー・・・!』
・・・最早、最後の方は何の雄叫びを上げているのか、意味不明となっていた。とにかく『俺』という単語を繰り返すばかりで、他の細かな主張が消し飛ぶほどのインパクトだ。それでいて、つまりは何を主張したがっているのかだけはしっかり伝わってくる叫びとも言える。要は、誰よりも何よりも自分を評価しろ、自分を好きになれ、という主張。この上ない傲慢な主張。
こんな主張を八十三回も繰り返し、おそらく八十四回目も繰り返すのだろう星に、何を言えると言うのか? というか、一言だって言いたい事はないけど・・・、つーか、言っても聞いてもらないどころか罵倒が返ってくるだけだから、もう全てを諦めるしかないけど。
溜息を飲み込むのは、一体今夜で何回目だろう? しかも僕は溜息と共に諸々の感情を飲み込んだはずなのに、そのすぐ後にも『つーか、どうしてアイツの方が注目されてるんだよっ!』とか、『あんな奴、ただの八等星じゃねーかっ!』とか、聞くに堪えない台詞が出るわ、出るわ、出まくるわ、我慢して諸々を飲み込んでいる自分が馬鹿に思えてくるというか、空しくなってくるというか、とにかく、色んな意味でガッカリする状態。がっつりガッカリする状態、なんて自分で自分にくだらない冗談でも言わないとやっていられない状態。
これ以上持っていると自分で自分をうっかり突き刺してしまいそうな予感に、力が入りすぎている手をそっと開き、ペンを置いて開いていた星履歴もそっと閉じる。それから絶え間なく聞こえる暴言をバックミュージックに、そっと見上げた夜空は雲一つなく、嫌みなくらいの数の星々が浮かび、競うように輝いている。
浮かぶ星は綺麗だと、今でも純粋に思うのだ。ただ、聞こえてくるバックミュージックの所為で感じる虚しさで、どうしてもその美しさを素直に受け入れる事が出来なくなっているだけで。そして、その広がる星々を女王のように従え、優雅に君臨する月を見る度に、どうして僕はあの月に傅くのではなく、暴言を巻き散らかす星に傅く羽目になっているのだろうと、もう振り返っても手遅れな人生を再び、振り返ってしまう。
でも本当に、気がつけば不毛な人生になっているのは、一体何故なんだろう?
『だからっ、おーれーを、みろぉー!』
・・・だから、夜空に浮かんで綺麗に輝いてくれるなら、見るってば。




